2011年06月23日

2011年06月08日「ものづくりと介護」のコメントへの返答。一年生の社会福祉概論受講者へのメッセージ。

 まず、コメントへの返答が遅れたことについてお詫びいたします。体調不良などでなかなか時間が取れなくなっているという言い訳でしかない言葉しか出ません。

 実は介護は利用者の生活を作る一種のものづくりだ、と言う事について割と好意的な意見が多かったのは意外でした。もっと「いや、ものづくりじゃないよ」と言う意見が出ているのかな、と思っていたのですけどね。よく考えてコメントされているなぁ、と。同年代の自分ならこんな意見は出なかったと思う。授業中普通に寝ている悪い生徒だったもんなぁ、19の頃は。

 「介護はものづくり」と言うのは、実は自分が介護福祉士養成校にいたときに教科書の中の一文に出て来る言葉の一つなんですよね。更に「介護はアートである」と言う事もそこで語られていた記憶があります。

 そりゃそうでしょ。簡単に言うのであれば、一人の人間の出来る面を伸ばして生活環境を整え、寿命尽きる寸前まで満足する生活を提供するのが本来の我々介護従事者の役目であり、介護従事者が最も得意とすべきことです。命尽きるまで輝ける事についての手伝いがものづくりやアートでなくて何なんだろうね?と言う話です。

 それともう一つ。

「たかが介護士風情が」
「おむつ交換だけの介護ドカタじゃないかよ、オマエらの仕事は」
「オマエらみたいな奴らが何話しても介護の待遇改善には繋がらないよwww」

...これ、実際に私がネット上や、直接言われた介護従事者への貶し言葉です。ただ、これらの言葉は「介護がものづくりである」という事を念頭に置いて考えるのならばどうでしょう?ただの悪口以下じゃないですか?言う人間の品格を疑うし、彼らの本職は明らかにプロとして誇れることをしていない。だからこういった声が出るのでしょう。

 この仕事初めてもう15年近く経ちますが、こういう言葉や上司からのいじめなどに負け、本当は去りたくないはずなのに、また自分より才能のある人間が泣く泣く介護の世界から消えて行ってしまっているのが現状です。

 こんな本質も何も見ていないくだらねぇ言葉に負けて欲しくない。プロとしてしっかりした考え方さえ持てれば去りゆく介護従事者が一人でも少なくなるのかな、と思うのです。

 自分自身も目の前から「本当は介護の仕事が楽しかったはずなのになぁ、もう少し自分に力があって、守れていたらなぁ...」と思う従事者が何人も消え、転職していきました。才能も資格もあるのに、です。悔やんでも悔やみきれないケースもあります。

 まだ皆さんは一年生で、色んな本やネットや経験などでしっかりした考え方を持てるだけの時間もあるはずです。この授業を通してまだまだ色んなものを見て欲しいし、ものの考え方、とらえ方を固定しないで欲しい。そうすれば5年後には知識とプライドを兼ね備え、逆風にも負けない良い福祉従事者が世に出て来るとおもいます。あなたたち、と言う。

 最後に。出来ればこの機会にFacebookやtwitterなどに参加してみて下さい。経験豊富な介護従事者がそのあたりにゴロゴロしてますよ。そう言う先輩方から話を直接聞ける機会はなかなかこれまではなかったのですが、ネットの発展で気軽に聞けるようになってます。この授業の受講者二人とはFacebookでは既に友達になっています。

 お兄さんのあほなつぶやきや話が聞けますよwww。


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2011年06月17日

「塩素系殺菌剤を使った殺菌、消毒についての知識」

 昨日うちの施設で行われた研修で、弱酸性次亜塩素酸水を消毒液として使う事と、その活用法について勉強する機会がありました。福祉業界では結構常識の範囲なのかもしれませんが、あえて載せてみようと思います。
 〜塩素系殺菌剤を科学的根拠に基づき、正しく、より効果的に使うために!!〜

講師:日通商事株式会社社員

※最も、今回はセールスを兼ねて、と言う事ではあったことは念頭に置いてください。

・環境衛生リスクマネジメント
...全ての業界にて存在するリスクを把握し、管理することは必要。管理できなかったり、管理が不充分な企業は存在すら危ぶまれる時代。この間の焼肉酒家えびすのO111の事件を見てもそれは明らかである。

・衛生面を考えることがサービスの向上にも繋がる、と言える。

・存在する環境衛生リスク
*食品関連...O157、O111、サルモネラなどの食中毒。製造臭、腐敗臭などの臭気問題
*医療福祉...ノロウイルス、MRSA、インフルエンザなどの感染症。加齢臭、排泄介助後の臭いなどの臭気問題
*サービス業...レジオネラ菌などの感染症。タバコ、ペット、生活臭などの臭気問題。

・どのような殺菌剤を使うのが正しいのか?
1.目的に対して必ず効果があること
2.使いやすさ...人体に安全であること、環境に害がないこと、法的に対応できるもの
3.安価なもの

・殺菌剤としてよく使われる「アルコール」の特徴は?
1.ブドウ球菌、非発酵菌の一部、一般細菌には効果があるが、真菌、ウイルス、芽胞細菌には効果が期待できない。
2.空間噴霧が不可能
3.噴霧場所に水分があると効果がなくなる
4.意外と高価(リッター1000円ぐらい?)

・ノロウイルスはアルコールでの殺菌は不可能。厚労省の通達や鹿児島県の通達でも、「ノロウイルスには塩素次亜塩素酸ナトリウムを使用すること」と明示されています。

・クレゾール、フェノールもそう強い効果はない

・学校などでおなじみだった逆性石けん液やアクリノールも弱い細菌のみにしか効果がない。

・次亜塩素酸イオン、つまりハイター(OCl-)なら全ての細菌に効果はあるが、臭いなどの問題があり扱いにくい。

・「ソリューション・ウォーター」なら?
ソリューション・ウォーターも塩素系ではあるが、「次亜塩素酸(HOCl)」、いわば「弱酸性次亜塩素酸水」である。

・次亜塩素酸ソーダは、その希釈濃度により、性質を変える
*次亜塩素酸イオン...塩素による酸化反応大きい。残留性高い。殺菌能力は薄い。
*次亜塩素酸...殺菌効果高い。残留性低い。
*塩素ガス...腐食性大。人体に危険、と言うか第一次世界大戦では兵器であった。

・実は体内でも次亜塩素酸は発生している。白血球内に含まれる酵素が次亜塩素酸を作り、体内の細菌を攻撃している。



・弱酸性次亜塩素酸水の特徴として
1.強力な殺菌力と消臭効果が期待できる
2.殺菌力は強力でも、人体に優しい
3.食品の洗浄・殺菌にも使用できる
4.噴霧による殺菌が可能である

・導入例として
*病院...感染予防のため噴霧、食材・機材・廊下・床・浴室の殺菌など。また、待合室に噴霧して感染予防
*介護施設...ノロウイルス、風邪ウイルス、インフルエンザウイルス対策
*飲食業...定期的な噴霧による衛生管理と消臭。回転寿司屋で調理場の除菌、消臭で使う例を提示。

・勿論、その他のサービス業でも使う機会は探せばあるのかもしれない、と言う事。
 実はうちの施設ではこれを採用していたのですが、まだ使い方が良くわかっていないのではないか、と言う事もあり、今回説明に来られています。

 今日掃除の際にフロア全体に噴霧し、ワイパーで拭く、と言う作業を掃除の時に行っていますが、確かに臭いはだいぶ取れるようです。殺菌されたかどうかは流石に分かりませんが。

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2011年06月10日

東日本大震災チャリティー特別講演会inかごしま 〜第二部〜

施設における災害対策、被災時の行動と要支援者への効果的な支援とは?
〜災害体験から学んだこと、今後のの支援に必要なこと〜

講師:小山 剛氏(高齢者総合ケアセンターこぶし 総合施設長・NPO法人災害福祉広域支援ネットワーク サンダーバード代表)

※この講演は話が面白く、資料丸写しよりメモしたことを加えて紹介した方が面白いと思うので、メモした中と資料から。

 ちなみにこの講演会のニュースがこちらで見られます。


・日本という国は自然災害(地震、津波、台風、洪水等)、人為災害(火災、飛行機や列車の大事故)、特殊災害(NBC災害、N=核汚染、C=化学剤、B=生物剤)を経験している、世界的にも珍しい先進国である(化学、生物はオウム真理教一連の事件)。


・毎年の北陸の雪は災害じゃないの?と思うんですけど...


・災害弱者。CWAPと言われている。
C:子供
W:女性
A:高齢者
P:病人、障害者
二次的な災害弱者は、以上の条件からかけ離れている中高年の男性かもしれない。


・今回の東日本大震災の特徴として・・・
1.地震、津波、核汚染が一緒にやってきた
2.明確に被災した県が9県。このような広範囲の災害は前代未聞。想定外。
3.それ故に、援助に対しての差が大きいことも特徴。岩手、仙台には援助がかなり来ているが、未だに福島は放っておかれている。援助が殆ど来ていない現状(核汚染の影響もあるにせよ、格差があることもまた事実)。


・普通に町があり、生活もあったはずなのに・・・原爆も大空襲も経験はしてないけれど、こんな状況だったのでは、と想像してしまいます。


・海岸沿いにある家...液状化や屋根からの崩れ落ちの危険性。


・○○台、と名の付いたところが地震でやられる傾向にあった。少なくとも新潟県ではそうです。


・自施設「こぶし園」が中越大震災で被災したケースの紹介。そこで痛感したことについて。
1.火災対応の緊急連絡網は、この時は全く役には立たなかった。連絡網というのは既に過去の遺物でしかない。それよりメールでの一斉配信の方がよほど役に立つ。昔からやっていたから、でそのまま惰性で行っていることも見直すべきであろう。
2.防災訓練も確かに行っていたが、これも全然役に立っていない。防災訓練というのは、一種の「運動会」に過ぎない。
3.結局役に立ったのは「防災マニュアル」とかいうものではなく、「介護従事者としての職業倫理」であった。スタッフが集まり、法人全体を50名の夜勤スタッフで支えた。
4.災害発生時には、今そのときの人間で何が何処まで出来るのか、しかありません。


・デイサービス休んで避難支援したとしても、その間の収入は全くない。補填する事も出来ない。もし収入のことを考えるのであれば、福祉避難所協定を結ばなければならない。

・被災して学んだこと
☆広域連携の必要性...給水車や消防車などの救援隊が地震と同時に広域から動き出すように、介護においても行政間の広域連携が不可欠。具体的な施設間の事前協定。小規模施設は認可時に緊急の受け入れ施設協定を確認、指導しておく。
☆協力者の拠点整備...大手企業からのスポンサー。ユニット住宅やプレハブ、キャンピングカーなどを用意し、そこに支援者が暮らしつつ支援していく。手弁当で自己完結できる、自衛隊のような体制。
☆施設の意識転換...元の生活に戻るための支援。災害は介護の崩壊ではなく、生活環境の崩壊である。前の状態に戻す視点が重要。福祉従事者は抱え込む救済には慣れているが、自立生活を側面から支える、と言う視点が不足している。地域社会の支援センターとして、避難所や個々の住宅、そして仮設住宅生活者の支援にも責任を持つべし。
☆避難所のあり方...避難所で認知症の方が暮らすのは無理。そもそも健常者でさえ早く自宅に戻ろうとするのに。認知症の方の環境が激変すれば精神的なダメージを受けることも考えられる。早く元の生活に、と言うのはそういうことも含めて考えるべし。
☆福祉避難所
☆町の復興も同じ仕組み


・介護の基本は人の生活支援にあり、災害にはリンクしていない。つまり平時の介護体制が24時間365日体制でないと役に立たない!


・共助、互助>>>公助、であったことは震災で証明されている。


・いかに早く避難時期を知るか、そしていかに早くその場から離れられるか?がキーワード。つまり、地域社会が支えなければ助からない。


・公的な支援体制は広域連携が必要ですが、自主避難・自主防災は小地域単位であることが重要なポイント。いつでも知っている人が近くにいないと役に立ちません。


・発災直後の生活は隣近所で2〜3日待てば何とかなります。支え合うことは知り合いであるか無いかではなく、住民としての責任である。


・サンダーバードが「サポートセンター」を作った理由
...緊急的な避難所である体育館などから、自宅復帰までの間生活拠点となる仮設住宅においても、24時間365日連続するケア体制が保証されないと、関連性のない場所に移動させられてしまう(阪神大震災でもこのケースが非常に多く見られた)ため、これを防ぐこと。また、復帰までの意欲を支え続け、健康状態を維持するために「集まる場所」において「専門職が関わり続ける」事は必要である。


・特に今回被災地では、医療福祉関係の従事者が失職している現状がある(廃止した社会福祉法人も多く存在)。技術を持った方々が仮設のサポートセンターで働いていただき、復興した際には引き続き働いて貰う、と言う体制が出来る。


・負担を背負った理由は社会福祉法人の使命(MISSION)。
☆一般社会の事業目標:Costomer Satisfaction(顧客満足)
☆社会法人は上に加えて、Community Satisfaction(地域社会の満足)を目指さなければならない。


・何のために社会福祉法人という所は非課税なんでしょうか?


・専門職の支援、外部支援体制


・介護災害を防ぐ...既存の施設自体が介護災害者を収容する避難所だあったと言うことで、当然それまでの暮らしに戻ること、またこれを支える仕組みを地域社会の中に作ることが私たちの仕事だ、と考えていましたので、24時間365日連続する支援体制を構築してきました。災害時もその体制が必要だと言うことでサポートセンターを設置し、地域社会の再生時にも同様の仕組みが必要だ、と言う事です。


・NPO法人 災害福祉広域支援ネットワーク サンダーバードの目的
1.災害現場に状況確認と支援指示を行う支援センターを送り込むこと(サンダーバード1号)
2.災害と同時に介護スタッフを派遣すること
3.派遣した人の食と住居を確保すること(サンダーバード2号)
4.活動拠点をパッケージで送り込むこと(サンダーバード3号)


・BCP(Business Continuity Plan)とは?...自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急措置に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。


・BCPの必要資源と課題
1.職員...指揮体制の確保、職員の確保と外部支援
2.施設・設備・資機材...事前チェック、備蓄と補填方法
3.情報・通信...連絡体制の整備.連絡障害への対応
4.外部事業者...既存使用量のチェック、物品の補填方法
5.財務...収入減への対応
 さすがに午前中よりも面白く(小山さんのキャラも結構良かった)、興味ある話でした。ただ、どうしても言葉の端々に本来こういうシステム作りをしなければならないであろう行政に対しての憤りや不満、と言うものを感じましたね。「災害が起こるとまず行政から保健婦が出て来るんだけど、保健婦ってそんなに暇なん?」とか言われてました。やはり行政への働きかけについては苦労されているようです。これは何処の介護事業所も変わらないと思いますけどね。介護は施設や法人だけで成り立つものでは無いことは分かってますが、更に地域やボランティアなどの重要性は感じました。

 最後に。ここまで面白い講演は久しぶりでした。今回参加しなかった方々は結構損したのかな、とも思う。

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posted by y-burn at 00:38| 鹿児島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 講演会・研修 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月09日

東日本大震災チャリティー特別講演会inかごしま 〜第一部〜

「2012年制度改正はこうなる!介護保険制度の行方」

・講師:安田勝紀氏(シルバー産業新聞 編集長)

※総論

来年の法改正のポイントとして

・地域包括ケアの推進

・認知症に関する調査研究の推進

・地域密着型サービスに、定期巡回・随時対応型訪問看護・複合型サービスを加える

・指定都道府県事務受託法人

・地域密着型サービスの市町村独自報酬設定

・指定取り消し要件に、労基法違反による罰金刑

・市町村の都道府県に対する協議と都道府県の指定拒否等

・地域密着型サービスの同意不要の協議

・地域密着型サービスの公募制・公平な選考、有効期限6年以内

・介護予防・日常生活支援総合事業・地域包括支援センターの強化、都道府県による情報の公表の推進、介護保険事業(支援)計画等

関連法も改正あり

・老人福祉法:グループホーム、有料老人ホーム=家賃、敷金、日常生活費用以外、権利金その他の金品受領の禁止、一括前払い金の保全措置、「90日ルール」規定。後見人等の育成、活用

・健康保険法:介護療養病床の保険給付6年間延長

・社会福祉士介護福祉士法:介護福祉士は保健師助産師看護師法の規定にかかわらず、診療の補助として喀痰吸引などを行うことを業出来る

・福祉用具法:テクノエイド協会の指定法人規定を削除する、等
 各論はまた読み込んでからにしましょう。というより、これは今回貰った資料をスキャンした方が早いかもしれません。後日公開かな。

 その他、今回の講演を聞いて思ったことなどを少し。twitter上でもリアルタイムで発言してますが...

・24時間定期巡回・随時対応型サービス。医師の指示書が必要。包括報酬?人員確保とニーズが確保出来るのか?報酬設定。地域密着型サービスの位置付け。

・地域を大きな施設、とみなせるのか否か...?ステイからパトロールなぁ…やはり。

・短時間のサービスとはいえ、移動時間を加味すると時間はおおよそ倍。

・次回改正では小規模多機能+訪看の組み合わせで。やはり在宅は医療の力はどうしても欠かせない。

・地域支援事業+介護予防。保険者ごとの格差が存在していることが問題。

・高齢者の実態調査ねぇ…。在宅ケアマネに丸投げしている保険者は多いと思うんだが。介護保険も病院も使わない高齢者がいる、という可能性は考えてないのかな...?

・ニーズ調査が保険者が高齢者に対してサービスを強要するきっかけになりはしないのかな?しかも努力規定レベル?市町村はサボっても良いわけ?じゃ、市内市町村も出てきかねないわけね。

・地方自治の流れが介護保険の改正にも大きく反映する。介護保険に限らずアイデアの無い市町村はますます寂れていっても自己責任として国は放任か。もちろん国からの従うべき基準はあるけど。

・参酌すべき基準が巧く作り上げられるのかどうか?市町村の公務員や議員のお手並み拝見だな。何か確実にに失敗しそうな市町村がありそうな...。

・公募制。ああ、確かに現状はそういう建て前だよね…。あくまで建て前の話だけど。

・特養待機者42万人。それを解消する為のサービス付き高齢者住宅…。個人的には何か違和感ありあり。

・バリアフリーだけが高齢者の生活に役立つわけじゃないんだが。

・県営・市営住宅を巧く高齢者住宅として転用すればいいのか…高齢者に不便な市営住宅作ろうとして施工主に突っ込まれたら「俺らが住む訳じゃないし〜」と悪態ついた職員がいた恥ずかしい地方自治体があったな、そういや。

・元職が看護か介護か?元職がどうであれ、資格取得後にどう経験し、学んだかによるんだがなぁ。厚労省はこういう意味でも医療職擁護。

・訪看を使え、という厚労省の思想だけでケアマネの質を判断されてはかなわない。自分が在宅ケアマネのときは3割が訪看使う状況だったが…。

・やはり厚労省は保険者というフィルターを通してでしか現場見てないんだ...。

・行き場の無い高齢者の為に介護療養型廃止延期ですか。基本的なことを言うのなら、最初でこうなるリスクを想定してなかった厚労省の負け。

 全体的に思うのは、やはり今回もいかに介護保険のコストを下げるか、と言う事が念頭にあるのでは?と言う危惧がどうも現実のものになりそうで...。あと医療と福祉のパワーバランスをひっくり返すほどのものでもなさそうですね。

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posted by y-burn at 22:28| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月08日

ものづくりと介護

 昔から思っていること。

 どうも自分は、性格的に所謂コンダクターやマネージャー的な作業は苦手なんですね。むしろ職人的なものに憧れるし、またそちらの方が得意だったりします。

 仕事上でも門松作りや畑作りや機械修理の方が介護よりうまかったり・・・いや、いかんだろ、それは。

 最近は趣味もそちらにどんどん近づいてきているような...。リサイクルショップで壊れたギター買ってきて再塗装や修理して使ってみたり、施設で壊れていらなくなった椅子を持ち帰って修理して使ってみたり。

 うちの祖父や親父の影響もあるのかもしれません。彼らもいらなくなったものを貰ってきては改造したりして再利用するタイプですから・・・。

 改造したりものを作ったりすること。この間の梅酒造りでそれについても考えてみた...。

 特に今回の大震災後に「日本はものづくりの国」とよく言われてますが、実際の所どうなんだろうな、とふと考えてみた。

 儒教の浸透している国々では「ものづくりは卑しい人間のやることだ」と蔑まれてきた過去があります。で、それを実践して亡国の憂き目にあった国が実際あります(でも、今の日本もそうなりつつあるようで非常に嫌なんですけどねぇ)。

 与えられた環境でどうにか工夫してそこから様々なものを生み出し、それで人生を豊かにしていく、それが出来るのも少なくとも地球上では人間と言う生き物だけです。 

 うまい下手にかかわらず、どんなものでも「作る、作れる」と言うのは実は結構重要なスキルで、それが出来るか否かによってその人の人生が豊かであるかどうか、まで関わるものだ、と思います。実際、高齢になっても何か作っている人は何か若く見えるんですよね。

 さて。

 我々介護従事者は少なくとも目に見えるものは作っていません(車椅子を改造しました、とかテーブルの高さを変えました、とかそう言うのはまた別の話)。じゃ、作っているものは何なの?と問うならば...こう言えませんか?

 「我々介護従事者は、介護の必要な人の生活・環境を作っているのだ」ってね。

 介護の必要な人の生活や環境は本人ではどうしようもないことが多いものです。介助、すなわちサポートは実際簡単にできるものが多い。その利用者に対してその時々だけの介助なら単なるサポート。でもその現象を客観的に見て、今日はこれで良いけど、明日は?来週は?一週間後は?一ヶ月後は?一年後は?...と考え、生活や環境を整えていくこと。これはただのサポートではないでしょ。これが「作る」と言う事だと思います。

 具体的には設計図が介護計画であるなら、その設計図通りに作成していくのが直接介護をしていく職員でしょう。ある意味立派なものづくりをしているわけです。勿論完璧な設計図なんてものは作れない訳なので、色々途中で修正しなければならないこともある。でもそれもあってこそのものづくり、と思うのでね。

 逆に「単なる介助のための人間だ(そのとき言われたのはもっと酷い言葉だったが)、オマエらは」と仮に言われたとしても、それで落ち込む必要はないと思う。それは何も分かってない人だから。最も世の中の偉そうな人たちの中にはそのような意識で我々を見ている方々もいるようですが、そう言う連中は放っておけばいい。

 介護従事者、またはその卵の皆さんには、我々はサポーターじゃない、クリエイターであり、アーティストである、と言う意識を持って欲しい。

 ...たかが梅干し作りで変なことを考えたなぁ、と。今更ながら思う。

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posted by y-burn at 22:08| 鹿児島 ☁| Comment(12) | TrackBack(0) | 日々の仕事のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

便利が不便を産み、不便が便利を産む。意外と世の中ってそんなものなのかもね。

 梅干しや梅酒の作り方、と言うのをこの前の記事で載せてますが、そこでふと考えたこと。

 実際問題、梅干しにしろ梅酒にしろ、大きめのスーパーとかに行けば普通に売っています。あ、味が云々とか、良いとか悪いとかは別として。これは食品に限った事じゃなくて、実際手作りすれば出来るものが普通に売られていますよね?昔、うちやその周りでは自宅で様々なものを作っていました。また、それを作るための道具やスキル、そう言う「ものづくり」の技術もたいていの人は持っていたはずです。

 ええ、確かに今の世の中は便利になりました。うちを中心に考えれば、20年以上前は歩いて行ける場所に薬屋なんて無かったのに今はある。コンビニもある。お金さえあれば歩いて行って弁当もカップ麺も買える。いざ病気になってもすぐそこに病院もある。

 ただね、便利である、と言う事が果たしてどういうことなのか、と言うのを改めて考えていきたいんです。

 そりゃね、「便利であること」は悪いことではない。でも、それと引き替えに我々は何かを失ったのかな?と言う気もします。

 例えば。うちの甥っ子が今うちの実家に住みこんで鹿児島市内の私立中学校行っているんですが、自分が同時期に得ていた技術を彼は持っていません。具体的には、この間、ライター渡して
「タケノコ茹でないといけないけどね。今自分できないんだ。代わりにやって欲しい。その辺に木も木っ端もあるから、火を付けてごらん」
と奨めてみて、やってもらったのですが、これが出来ないんですよね...。逆にビックリしました。

 便利であることが実は生活上の手段を奪いかねない、というのは一般社会より、むしろ介護施設という小さな社会ではもっと実感することでもあります。介護施設では「自立支援」と言う言葉がよく使われますが、これをもっと簡単に言い換えると「出来ることは自分でやりなさい」ということ。

 その自立支援と言うお題目があるのに、実際問題どうだろう、と考えてみるとね・・・「時間がなかでなぁ」と言いつつ時間さえあれば利用者の出来る事を介助してしまう、なんてのは実際日常茶飯事。過去にはむしろ「早いほうが良いから」ということでその人間の能力を見ないで介護者主導で勝手に色んな事をやり、逆に本人のペースに合わせようとすると「のろい、あなたは仕事が出来ない」なんてのもあったわけですよ。自分もその当時言われてましたが、その当時からそれは違うんじゃないかな?と思ってました。で、結局その考え方は正しかったわけ。

 介護を必要とする方、または福祉を必要とする方は「出来る事を自分でやりなさい」と言われても出来ないことが多い。でも、便利だから、と言って「出来る事」までをサポートする必要はありません。出来ないことをサポートする、でもできることはやっていただく、それが基本だと思います。便利、と言う事は、実は我々健常者の本来あるべき能力も奪う可能性がある、と言う事。これは覚えておくべきでしょうね。

 ...じゃ、具体的に何をすべきか?答えはそう難しくない。色んなものに興味を持ち、やってみればいいんじゃないのかな?実際自分はそうしているし、そうしない自分も考えられない。

 便利が不便を産み、不便が便利を産む。意外と世の中ってそんなものなのかもね。
 

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2011年06月02日

そんなこんなで梅酒も漬けてみた

 昨日の予告通り、今日は梅酒を漬けてみました。今日は半日ぐらい嫁さんと二人でドライブ兼お買い物(ある意味デートだったかな、うん)で、3時過ぎに帰宅して梅を採るところから始めました。

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あまり見栄えは良くありませんが、うちの前にある梅の木。うちの祖母が苗を買う金が無く、知り合いの家から梅の実だけを貰いそれを木に育て上げた、と言う曰く付きの梅の木だったりします。うちの祖母は色んなものを残してくれましたが、これは特に大事にしていきたい、と思ってます。

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梅約2kg。落果した梅はこの中には一個もありません。すべて手摘みです。梅酒の場合は作った後は時間に任せるだけで梅干しのようにあとで何とか出来るものではないので、細心の注意を払うんですよね。

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人によって使うお酒は違いますが、うちはホワイトリカーを使っておりません。今年はハイボール流行だ、と言う事でトリスウイスキーを使いました。値段的にもホワイトリカーとほぼ変わらないのが良いよね。

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梅を洗い、拭いたあとどんどん入れていきます。氷砂糖と交互にね。

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はい、トリス入りました。このまま冷暗所で保管です。このあとはもうやることは殆どなくて、あとは時の流れに任せるのみ。ただ、ある程度の量を作らないといけません。昨日のように梅干し作りに毎年利用してますのでね。ということで一年は寝かせてみる予定。

 梅酒は梅の扱いさえ正しければ問題なくご家庭で簡単に作れるので、是非チャレンジしてみてください。お酒は基本35°以上の蒸留酒なら何使ってもかまわないと思います(つか、個人的にアルコール呑めないのでこだわりがない、とも言える)。

 今日の買い物の最中、某ショッピングセンターのお酒売り場に普通に梅酒が売っているのには違和感感じました。自分で作れるものを作るのすら面倒なんだろうかなぁ?



posted by y-burn at 19:39| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月01日

実際に梅干しを漬けてみた。反省はしてない。

 はい、というわけで予告通り本日梅干しを漬けてみました。

 小雨の中10kg梅採るのは大変でしたが、採り終わってから速攻で漬けました。それでも2時間以上かかりました。今年は当たり年のはずなんですが、うちの場合は年末年始の大雪が影響したのか不作でした。う〜ん、梅林全体で取れて300kgかな、この成り方では。

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梅10kg分です。近所のダイソーでバケツ買ってきました。さすがに一つのバケツで10kg漬けることは不可能なので、二つに分けます。ある実験もしますのでね。

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桜島の灰が降った時期もあったので、結構な汚れです。洗うのに結構時間かかったんですよね・・・

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今回の梅干しの材料です。前説明したとおり、焼酎は欠かせません。それと漬物用の袋も必須。ただのポリ袋だとすぐに破れてしまいます。焼酎以外は全てダイソー。いや〜、便利な世の中になったもんだ。あと、上にある葉っぱ、これがアシタバです。一緒に漬けてしまいます。

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洗った梅の水気を取り、更にふきんで拭いてボールの中に。このボールの中の液体がさつま白波です。消毒の意味と塩を絡めやすくなる、と言う利点があります。

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でもって塩を付けるわけですね。塩を付けた梅はどんどん漬け物袋に入れていきます。ちなみにこのあと、めんどくさくなって塩の中に焼酎入れてしまいました。大丈夫、これでもしっかり漬かります。

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はて?この液体はなんでしょう?実は3年前に漬けておいた梅酒です。この時はホワイトリカーではなく、安物のブランデーで大量に漬けたんですよね。二樽目、と言うか二つ目のバケツは焼酎じゃなくて、これを使おう、と言うもくろみです。嫁に飲ませたところ、完全に梅酒になっており、「相当美味いよ、これ」だと。ただアルコール度数が相当高いので水や炭酸水で割らないと飲めませんが。

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塩+梅ブランデー。

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こういう感じで揉み込み、塩が廻ったら漬け物袋の中に。

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全部漬けきるとこうなるわけですね。アシタバが上にちょこんと乗ってます。で、これはプラのタイで袋を閉めて、上に重しをして冷暗所に起きます。大体二週間で梅酢が上がってくるので、14日に紫蘇入れかな。ちょうど休みだったりして。

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梅干しに使えない割れ梅はより分けて、こうして黒砂糖に漬けました。これを最終的にはシロップとジャムにしよう、と思っています。

 ま、こんな感じで漬けました。自己流ですがこんな感じです。今年は梅が安いらしい(でもキロ当たり300円だった)ので、お試しあれ。特にGHとかでやると、食事にも使えるし利用者の能力が生かせる、と言う意味では企画すべき内容ではないのかな、と思います。

 明日は梅酒を作ろうと思います。これもレポートするのでお楽しみに。

 

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今回の梅漬けとは関係ないけど、この間嫁の誕生日に子供が買ってきたケーキ。可愛いので思わず写メって見た。個人的にはタヌキケーキならもっと良かったのですが。このあと美味しくいただきました。可哀相だったけどね。

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posted by y-burn at 20:48| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 田舎暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月28日

ある意味預言されていたのかもね。

〜ガンジーの言う「七つの社会的罪 (Seven Social Sins)」とは?〜

 マハトマ・ガンジーが1919年から1932年にかけて英語で毎週刊行していた「Young India」というものがあり、この中の1925年10月22日付に掲載されたのが「七つの社会的罪 (Seven Social Sins)」というもので、ガンジーのさまざまな思想や考え方を端的に表しているものとして有名です。

 最近では2011年5月23日に京都大学原子炉実験所助教である小出裕章氏が参議院行政監視委員会にて原発に関わるさまざまなことを批判する一連の発言の最後として「『道徳なき商業』。これは多分、東京電力始めとする電力会社に私は当てはまると思います。そして『人間性なき科学』と。これは私も含めたアカデミズムの世界がこれまで原子力に丸ごと加担してきたと、いうことを私はこれで問いたいと思います」というようにして使用していました。

「七つの社会的罪 (Seven Social Sins)」の中身は以下から。

FAQs - Seven Social Sins

「理念なき政治」(Politics without Principle)

「労働なき富」(Wealth Without Work)

「良心なき快楽」(Pleasure Without Conscience)

「人格なき学識」(Knowledge without Character)

「道徳なき商業」(Commerce without Morality)

「人間性なき科学」(Science without Humanity)

「献身なき信仰」(Worship without Sacrifice)

 この「七つの社会的罪 (Seven Social Sins)」はガンジーが暗殺された後に荼毘に付されて遺灰をガンジス川に流した際、ガンジーの火葬を行ったラージ・ガートにある黒大理石の慰霊碑を囲む壁の外側にも刻まれています。
 最近ニュースサイトとしてGigazineを見ることが多くなってます。ヲタ心をくすぐるニュースも結構ある、と言う事でね。ただこのサイト、舐めてかかれないのはこういった真剣なニュースやコラムもあるが故に、なんですが。

 今の日本、これらが全て当てはまるように思えるのは何なんだろうな?と言うのをまず最初に考えました。

「理念なき政治」...まさに今の民主党政権や労組に入って自分の権利ばっか主張する公務員なんかはまさにこれだよな。
「労働なき富」...どうしても働けない件はともかくとして、偽装してでも生活保護を貰おうとしている輩いますよね。楽して働かないで、というのはまさにこれ。
「良心なき快楽」...麻薬なんかはこれだろう。
「人格なき学識」...法律は詳しく知っているのに、それを自分の気にくわない政治家やその支持者を追い落とす道具にしか使えない可哀相な人がいっぱいいますね。
「道徳なき商業」...O111のユッケの件はこれかな。あと悪徳商法やネズミ講などもね。
「人間性なき科学」...まさに福島第一。事故以後の発表や対応は後手後手だし。科学をおかしな方向に使うな、と言う啓示でもあったのかな?
「献身なき信仰」...鶴がモチーフのある宗教は最たるものだと思う。

 ある意味ガンジーは未来の社会を預言していたのかもな〜、と漠然と考えてしまいます。逆に、こうならないように社会が動けばいいんだろうけどなぁ・・・なかなかです。

 以上の7つの社会的罪は、社会を見るフィルターとして活用していければ、とも思っています。

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posted by y-burn at 21:23| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

武田先生の非常に重い言葉

〜武田邦彦 (中部大学)科学者の日記110517  「福島の胆力」と「乞食集団」〜

自分が日本人だからかも知れない・・・何回もそう思い直してはいるけれど、それを割り引いても日本人というのは立派な民族だ。

それは今度の地震や原発事故でも見事に示された。

世界でこのぐらい大きな災害が起きても、冷静に我慢強く、礼儀正しく自らを律することができる民族は他にないだろう。

2011年5月16日、私は福島にいって福島県の人とお話しをしてきた。そこで多くの立派な日本人とお会いした。

ある人は絶望の中でも毅然として生活を送り、ある人は不安の中でもそれを必死に耐えていた。そして明るさも失っていない。

私は暴言を浴びせられることを覚悟していたが、温かく迎えてくれた。

・・・・・・・・・

福島の人は「政府がやるべきことをしていない。東電は人の庭を汚しておいて掃除にも来ず、それでも年俸2400万円を受け取るという酷い会社だ」ということが判った上で、それを飲み込み、そして自衛している.

教育委員会の視野には「子供」はなく、ただ自分たちの「保身」だけがあることも承知のうえだ。

指導者と言われる人からのこれほどの仕打ち、それなのに、このような立派な態度、謙虚な心・・・私は、これは日本人だけのことか、福島県民だけのことか?

いや、あのロシア民族のそうかも知れない. かつて見た映画の一場面が思い出される. 

・・・・・・・・・

あの広大なロシアの大地の中で、自然と共に人生を送っていた農夫とその連れ合いの妻。

そこに突如としてヨーロッパの軍隊が襲いかかり、家を焼き払い全てを破壊して去った. 

残された老夫婦にロシアの厳しい寒気と雪が襲う.

「ばあさんや・・・」

農夫は瓦礫になった家の壁によりかかり、老妻と共に1枚の毛布を膝に掛けて遠くを見ている。

「ずいぶん、降ってきたわね」

雪は激しくその老夫婦の上に降り、見るみる内に二人は雪の中に没した。

老夫婦はお互いを愛し、共に生きてきた。今、こうして最後を迎え、二人の間にはいたわりも慰めの言葉もいらなかった。

ただ、心一つに大自然の中に消えていく。

・・・・・・・・・

土の上で人生を送る人たちは、高層ビルで仮想的な競争に明け暮れる東京の下等民族とは違うのだろう.

でも、土の上の人は寡黙で謙虚だ。

・・・・・・・・・

21世紀になり、人が人として尊厳ある人生を送ることができるこの社会で私たちは人生を送っているとばかり思っていた。

「その国の政治は、国民のレベルで決まる」

と言う有名な言葉はウソではないだろうか?

首相は毎年、変わり、政権が交代しても公約を守ってはくれない。地震予知にあれだけのお金をかけても1000年に一度という大地震をまったく予知できない。

原発の事故が起こると、国民の待避は遅れる、重要情報は隠す、それに加えて子供を被曝させる文部大臣が登場するという始末だ。

なぜ、これほど「胆力のある国民」と「正義心のない政府」の組み合わせになったのだろうか?

全ての原因は「税金の取りすぎ」だ。

今の政府や官僚、東大、NHKは明確に「乞食の集まり」・・・自ら額に汗して生活をするのではなく、口先で他人の財布からお金を引き抜くことだけに長けた乞食集団・・・であることが、この福島のプリズムを通してみるとハッキリ見える.

人間社会というのは何時になったら一人一人の人間としての尊厳が尊重される時代になるのだろうか?

それは、国民一人一人がどのぐらい「偉く」なったら、実現するのだろうか?

(平成23年5月17日 午前9時 執筆)武田邦彦
 重い言葉で、これにどうコメントしても無理だと思うのでやりません。でも心にはずっしり来たコラムではある。
 
 この東日本大震災でこれからの日本が良い方向に変わるのかおかしな方向に変わるのかの瀬戸際ではある。どうもおかしな方向を望んでいらっしゃるようだな、日本という国の偉い人たちは。それに疑問も持たずついて行っている輩どもまでもいる悲惨な状況だ...。

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posted by y-burn at 15:30| 鹿児島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | お役人の馬鹿 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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