2012年02月22日

ああそうか、Newsweekの編集者は原始時代の生活ができるから言い切っているわけね...

 ここ最近、結構マスコミで取り上げられる事が多くなったfacebookですが...

 昨日のfacebook上で結構話題になったのが、Newsweek2/22号のこのメイン記事。



危ないね! facebook
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2012年2月22日号(2/15発売)

「楽しくて便利」だけでは済まないフェイスブック
利用者はプライバシーをさらけ出すリスクを認識すべきだ


SNS フェイスブックの落とし穴

手紙 偽ザッカーバーグから利用者の皆様へ

プライバシー 君を丸裸にするフェイスブックの世界へようこそ

日本 ユーザーが支払う無警戒の代償

マレーシア SNS中毒が蔓延する国

セキュリティー 安全に使うための9つの鉄則

ライバル 「邪悪」なグーグルの巻き返し戦略

投資 フェイスブックは有望株か


 ...まぁ、よくもここまでぱっと見で欠点が挙げられたもんだなぁ、と言う第一印象。でも、これだけネットの問題を取り上げるなら韓国のオンラインゲーム中毒や日本の携帯ゲームの悪質さがどれだけなのかを記事にした方がまだましだった気がしますが...。

 最初に言わせて頂ければ、「危ないね!Newsweek!あんたらも堕ちたもんだね...」の一言。

 ここに書いてある表題だけを見ると、「facebookは恐ろしい物なんだなぁ」とNetを知らない人間はおそらく感じると思う。それは人の心理として理解出来ないわけじゃない。

 でもね。

 自分もfacebookを311きっかけにしてスタートさせてもうすぐ一年になりますが、この一年を振り返って思うのは、「業界内だけでなく、業界外の方々や有名人などと直接交流出来る事(漫画家のにわのまことさんとかギタリストの山本恭司さんとかとやり取り出来たのは本当に感動した)や、オフラインで出会って色んな話が出来た事など、どう考えてもメリットの方が多かった」ということですかね。

 逆にデメリットを殆ど感じさせない状態。顔出しかつ本名でしか登録出来ない、と言う特徴はある程度発言が丸くなる(おいらはそうでもないんですが)のかな?実名顔出しは、発言に責任を持たせ、精神的にも落ち着いて交流できるというメリットがある、と感じています。

 これはtwitterやmixi、2chのような匿名で交流できるSNSと大きく違う特徴である、と思います。あちらは匿名なりのメリットがある事は否定しませんが、「匿名が故に何でも言える事=自由である(実際はそんな事も無いんだが)」と言う勘違いからか、個人攻撃の道具に使ったり論破厨が蔓延したり、まぁ酷いもんね。ほぼ毎日のように被害にあってますが、最近は「可哀想な連中だな」としか思ってませんので(この間の木滑さんもその一人、と言うかアレは数人いるチャンピオン級ですが)。

 そもそもfacebookがリスクが大きい、と言われても正直「ふ〜ん。で?」としか。

 個人情報云々言うのなら、そもそもネットに繋がっている事自体危うい可能性をはらんでいる。ネットショップやヤフオクやyoutubeやニコニコ動画やFacebook以外のSNSなら大丈夫なのか?そうじゃないでしょ?明らかに各企業に個人情報は”抜かれている”訳ですが、それによる恩恵とを比較すると...どうでしょうか?

 そういう危険性をはらんでいる事は充分承知の上でのネット利用ですし、最低限の危機管理はプロバイダ(10年以上お付き合いさせていただいてます。synapseさん)の危機管理システムやPC上のソフトでやってます。

 ...現状、自分自身Facebookで蒙るリスクより、享受するメリットの方がずっと多いんですね。それは仕事上の情報発信や受信だったり、友達と冗談言いあったり、思いがけない数十年振りの再会があったり、政治や社会談義に花を咲かせたり好きな曲を紹介しあったり、人生に役に立つ言葉貰ったり与えたり...

 Newsweekのあの表題はそういったメリットについては全く話題にせず、ただ「個人情報が〜」と怖がらせているだけのものにしか過ぎません。そういう記事に果たして読む価値があるんだろうかな?と。

 これ言い出したら、究極言えば「この世に生を受けること自体がその人にとっての大きなリスクである」まで行き着きますよね。

 理想はネットにも繋がらず、必要なライフラインや食料はすべて自給自足で賄い、住民登録もせず(最もこの時点で犯罪だがな)山奥や離島で一人暮らしするのが一番良い生活だ、原始的な生活が一番良い、無人島0円生活の濱口さんが理想です、ということになってしまう。

 そんな生活できる人間なんて少なくとも日本にはいない(濱口さんのあれだってテレビ撮影でスタッフと一緒なんだし)わけで、出来るもんならやって見なさい、な世界。

 ああそうか、Newsweekの編集者はこれができるから言い切っているわけね...じゃあ、本当にやって見て世界中にその動画でも流してよ。そしたらこの記事納得するから。

 こういう意図的な貶し記事に騙されてはいけない。何らかの意図があるのも何となく見えているし。むしろ、これに対抗するのであるなら、みんなの手でFacebookにもっと色んな人間を巻き込んでもっと大きな存在にしていきましょう。最後に直接的、間接的にNewsweek誌に「あの記事はまちがいでした」と言わせるまで。

 あと、うちの友達でこの記事で動揺した方へ。

 Facebookを使っていてメリットが多いと感じているなら大丈夫です。こういうネガティブな記事に影響されないようお願いします。だってせっかく繋がった良い関係を切るのはお互い辛いもんね...。
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posted by y-burn at 11:09| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | PC関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ピカソは作品だけでなく、人生訓も芸術だね。

 あえてこれもコメント無しで。Facebookで紹介された文ですが、共感したのでご紹介。個人的には出来ている事出来て無いこと色々ありますけどね...。できるよう頑張りましょ。

〜ピカソから7つの助言〜

1. 必ずできると信じろ

「思いついたことは出来る。思いつかないものは出来ない。これは避けがたく、明白なことだ。」


2. 限界を超えろ

「私はいつも自分の出来ないことをする。どうやればいいのかわかるからだ。」


3. 「その時」を待つな

「インスピレーションは常に存在する。見つけに行くんだ。」


4. 動け

「明日に引き伸ばせば、それは死んでしまう。」
「行動がすべての成功の鍵だ。」

5. 正しく問え

「他の人間はなぜそうなったかを問う。私はいつも何ができるのか、なぜできないのかを問う。」

6. ジャッジせず、隠された美を見ろ
「我々は脳をブン投げて、ただ目だけで見ることができればいいのだが。」

7. 遅すぎるなんてことはない。
「若さと年齢は無関係。」
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posted by y-burn at 10:52| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「健康の為なら命もいらない」と言うロジックも有るぐらいですので。

〜本当は体にいいのに「ダメ」と誤解されていること6つ〜

怒り、アルコール、職場でのうたた寝……。

体に悪い、役立たないと言われていることの筆頭ですね。でも、なんでも我慢するのが体にイイわけでもありません。研究結果から見ても、どうやらその通りのようです。

カナダのニュースサイト『Canada.com』から、誤解されがちな体にいいこと6つをお送りいたします。ちょっとひねりが効いているので、注意してお試しを!

■1:怒りも役立つことがある

「ネガティブな感情は悪いもの」と言われ続けて久しいですが、研究の結果、怒りには役立つ機能が多くあることが判明しました。

心理科学誌の研究によると、気に入らない作業をさっさと済ませることや、必要なものごとを獲得するための競争に強くなることに、怒りが非常に役立つのだそうです。

(例:バーゲン売り場で勝つ!)

この効果は、特に女性に強いとのことです。

また、怒りのようなネガティブな感情を解放することは、ストレスや不安、そして不満を抑圧することから起きる害を減少させます。

気に入らないことをぐっと飲み込んで、ひとり静かに“沸騰”していると、うつ・肥満・免疫力低下に関連するホルモンのコルチゾールが増加します。

怒りのエネルギーを飲み込んでも、そのエネルギーは消えず、別の形に変化するのは、みなさん経験済みだと思います。上手にエネルギーをリリースしてあげると、“仕事の効率にも健康にもいい!”ということですね。

でも、怒りの解放は相手を傷つけることとは別物ということをお忘れなく! 相手を傷つけず怒りをリリースするのは、ちょっとテクがいりそうですね。必要な場合は、カウンセラーやコーチに相談してみるのもいいかもしれません。

■2:赤ワインは心臓の味方

赤ワインはポリフェノールが豊富です。このポリフェノール、いわゆる抗酸化物質なんです。アメリカの名門メイヨー病院によると、赤ワインのポリフェノールは、心臓の血管内壁を保護するのに役立つとのことです。

ポリフェノールの中でも、レスベラトロルという物質は悪玉コレステロールを減らし、血栓を防ぐ効果があります。

(ちなみにレスベラトロルは、ワイン以外にもブドウ、ブルーベリー、クランベリーなどのベリー類にも含まれています。)

ところがネズミを使った調査によると、レスベラトロルの効果が出るには、一日にワイン80ボトル飲む必要があるとのこと。これでは残念ながらおすすめできませんが、ダメかと思うのはまだ早い!

スペインの研究チームが行った、4万1,000人への調査の再考察から、グラス1杯のワインで、心臓病リスクが半分に減るという結果が出ています。ちなみにボトルを全部あけても、グラス1杯分と同じ効果だとのことです。

これなら、いい感じですね。もともとアルコールを飲まない人が、がんばって飲むことはないでしょうが、すでにアルコールと仲よしの人は、上手につき合う目安になりますね。

効果だけ見るならばグラス1杯で充分、それ以上はムダということになりますが、惜しむらくは、スペインは世界最大の赤ワイン生産国。「たくさん飲むほど効果増大!」と言いたいところでしょう。科学的見地からは、そうも言えないでしょうけれど。

■3:体が求める“なまけ方”

ペンシルバニア大学の研究チームがNASAと行った研究によると、短時間の昼寝は、活力や記憶力を高め、機嫌をよく保ち、ストレスの影響を減少させ、その結果心臓病のリスクを下げる効果があるとのことです。

“NASAと昼寝”と聞くと、どうも合わない気がしますが、宇宙飛行士は過酷な環境に生活するわけですから、こういった研究が、生命を守ることにつながるのでしょうね。

ハーバード大学の研究者である、サラ・メドニック氏の研究によると、昼間の短時間の睡眠は、視覚処理作業の効率を高める効果があるそうです。

ただし、本格的に眠った場合の入眠時に現れるノンレム睡眠と、その後に現れるレム睡眠の両方に至る必要があります。ノンレム睡眠では認知と創造性が回復し、レム睡眠では身体的な機能が回復します。

ノンレム睡眠・レム睡眠の両方を伴った1時間の昼寝は、夜の睡眠全体に匹敵するほどの回復力をもたらすとサラ氏は加えています。

ちなみに職場環境革新の帝王であるグーグルや、ナイキ、ブリティッシュエアウェイズといった、先見の明のある企業では、既に午後の昼寝を取り入れています。

それだけではなく、睡眠ルームを作ったり、オフィスに昼寝グッズを常備したりするなど、積極的に昼寝を推奨しています。

“なまけ方”というよりは、人間の生物メカニズムをフル活用するという風情ですね。

■4:チョコレートは心臓を守り“がん”と戦う

ハーバード大学の研究によると、ダークチョコレートには、健康に関連する多数の化学物質が含まれているそうです。例えば、抗炎症、抗アレルギー、抗ガン作用のフラボノイドが、最も多く含まれている食品は、ダークチョコレートなのです。

フラボノイドは、善玉コレステロールを増加させる一方で、ある種のコレステロールの酸化を防いで、体にダメージを与える形状になるのを防ぎます。

またダークチョコレートは血圧を下げ、血小板の活性化を防いで脳卒中や、心臓発作のリスクを下げる効果があります。

この点から言えば、チョコレートはダークであるほど効果的で、純ココアならばなお効果的です。ちなみに専門家によると、ミルクチョコレートは「食べてもムダ」だそうです。
“インカ帝国の王の飲み物”が、チョコレートのはじまりだそうですが、さすが王の飲み物、健康効果抜群ですね!

純度の高いダークチョコをおつまみに、赤ワインをグラスに1杯楽しんでリラックス、なんてどうでしょうか?

■5:赤身の肉は栄養豊富

赤身の肉とは、牛肉や羊肉などの調理前に赤みがかっている肉を指します。(なので白っぽい鶏肉やピンクの豚肉は入りません)

牛肉、バイソンの肉、そして狩猟肉は、菜食では得られない栄養の宝庫です。

赤身の肉には、鉄分、亜鉛、ビタミンD、ビタミンB3、B6、B12が含まれており、カナダ人にとっては、肉以外の食物からは得にくい栄養素です。

(日本人の食生活では、これらの栄養素は、主に魚介類や穀類や大豆などに含まれています。欠乏しがちですが、カナダの食生活よりは摂りやすい環境なのかもしれませんね)

牛肉の脂肪が、いかに健康に悪いかという研究は山のようにあります。心臓病、がんのリスクが高まるという内容が多いのですが、人間50歳を過ぎると、どっちにしろこれらのリスクは日々高まりますが……。

昨年のはじめに、英国栄養学財団が公開した栄養学速報に、赤身の肉の健康リスクに関する大規模調査についての記事が含まれていました。結果は「脂肪分の少ない適量の赤身の肉は健康によい」との内容でした。

牛肉の脂肪は「健康に悪い」といわれる飽和脂肪酸と、「健康にいい」といわれる一価不飽和脂肪酸が混ざっています。脂肪は取り除いた方が、無難かもしれません。

穀物を食べさせている牛の肉よりも、草食動物の肉は、脂肪が少なくオメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸が豊富です。

穀物ではなく草をたべている牛やバイソンの肉、ヘラジカや鹿やカンガルーなどの狩猟肉は、栄養豊富で脂肪が少ない赤身の肉です。

■6:セックスは神経をなだめ免疫力アップさせる

適切に行うと、セックスは30〜60分で200キロカロリーを消費する、よい運動になるとのこと。(ちなみに数値はあなたの熱意で上下します)

加えて、生物学的心理学誌の研究によると、ストレスの多い状況にいる女性は(もちろん事後に)より鎮静し、血圧が下がる傾向があるとのことです。

また、ペンシルバニア州にあるウィルクス大学の研究で、女性の免疫機能の検査をする調査が行われました。

その結果、風邪や感染症を防ぐ免疫機能は、ひんぱんにセックスをしている女性の方が、禁欲的な女性よりも、高いという結果が明らかになりました。

“セックスできれいになる”、“セックスで健康になる”を裏付ける研究は、結構たくさんされているみたいですね。免疫機能までアップするとは驚きです。

いかがでしたか? 赤身の肉を避ける傾向は日本には少ないので、今ひとつ危機感を共有できませんが、牛肉の脂肪は避けた方がベターというところは同じ。そして、選択肢に狩猟肉が入っているところがカナダらしいですね。

ただガマンをするのではなく、上手につきあいながら健康も気づかうのが大人のたしなみです。付き合い方にテクがいるものもありますが、ぜひ上手に楽しんでみてください!

 健康については実際問題まだまだ解らないことが多かったりします。何が健康に良くて何が悪いのか?実際の所、総合的に論じている論文などはありませんよねぇ...。

 ただ、その常識は医学や科学の発達で180度代わる可能性も有るんだよ、と言う意味ではこの記事は興味深くもあります。

 人、と云っても所詮は少し頭が良いと誤解している動物なのだから、健康については意外と動物的に考えてもいいのかもしれませんね。「○○を飲むと効く」とか言う最近の健康食品が氾濫してる状況が実はおかしいのかもしれません。アレはあくまで商売。効くと思えば効く、と言う類の物でしか無い。

 結構長い期間健康状態の違う高齢者を見てますが、正直言うなら肉体的な衰えは介護機器や装具でフォローは可能です。しかし、認知症を含む精神面での衰えのフォローと言うのはなかなか難しい。これから考えるともっと精神面での健康に力を入れるべきではないか、と考えます。だいたい異常だぜ?交通事故死より自殺する人間が三倍以上、って国もさ。

  健康に過ごす事をうじうじ考えるより、むしろ健康に成って何をするのか?や、今何をするのが一番なのか考え、動くこと、そちらの方がよっぽど大事。自分の意思で動いているほうが精神的にも肉体的にも健康ちゃうんかい?

 このブログで健康の話をすると結局こういう結論に落ち着くんだけど、まぁ、現状日本社会は異常ではあるわな、という事。

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posted by y-burn at 10:46| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

悪かった例から学んで介護業界に活かそうシリーズその2 コンパイル

「...って、シリーズ化かよ!」

と、さまーず三村さん風にまず自分に突っ込んでみたいお年頃ですのでご勘弁を。

 Facebookではコンパイルが「ぷよぷよ」の様なキラーコンテンツを持ちつつどうして破産してしまったかを少しだけ語りましたが、ここで改めて考えてみようと思います。我々の業界でも反面教師として学べる事は多い、と思いますので。

 ちなみに。

 その1、とは題名つけてませんが第一弾のHondaF1についてはこちらで。また、それ以前にもチェルノブイリ原発事故について何故事故が拡大したのかと、それで我々介護従事者が学べる事を以前書いていた(この間昔のブログ記事見てたらあったんだよ...)のですが、それはこちらを見て下さい。こちらはその0、ということで。

 まずはwikipediaからの引用になりますが、コンパイルと言う会社について


 株式会社コンパイルは、かつて存在した日本のソフトウェア開発会社。とりわけコンピューターゲームの制作会社として知られ、著名な作品に落ち物パズルゲームである『ぷよぷよ』がある。
 
 ゲームに対して全く知識ない方も、「ぷよぷよ」の名前は聞いた事があると思います。1980年代後半バブル真っ盛りの時代にテトリスで火がついた「落ち物パズルゲーム」ブーム。その中、1992年にアーケードで発表されたこのゲームは、可愛いキャラ設定(元々は「魔道物語」というRPGのサイドストーリーとして設定されていた)と「連鎖」というテトリスには無かった戦略性、それを使った対戦の面白さで、一時期のゲームセンターでは行列が出来るほどのゲームでした。当時の家庭用ゲーム機ではメガドライブとスーパーファミコン(ただスーファミ版の発売元はコンパイルではなく、バンプレスト名義)で発売され、こちらもヒットを飛ばしました。そういやゲームセンターCXでは有野課長、スーファミ版見事攻略失敗しましたね...。

 オールドゲームファンにとっては広島と言えばコンパイルとメサイア、と言う時期もありましたねぇ...。メサイアも会社の形は変わりつつ今でもラングリッサーシリーズやグロウランサーシリーズを出してますが。

 会社の概要についてです



・概略
 仁井谷正充によって1982年に広島市南区に設立され、後に広島県佐伯郡大野町(現・廿日市市)を経て埼玉県所沢市に移転、2002年に解散している。キャッチコピーは「の〜みそ コネコネ コンパイル」であった

・会社設立
 1982年、広島電鉄社員だった仁井谷が、コンピューターソフトの開発・情報誌の企画などを行うベンチャー企業として設立。古くはシューティングゲームやセガの下請け、ゲーム機への移植作品、MSXのディスクステーションで知られた。1983年に『BEE&FLOWER』を開発した際は、「真紅ソフト」という名称を使ったが、以後は使用していない。
1980年代中盤には、『ザナック』『アレスタ』などシューティングゲームで良作を発表した。

・ぷよぷよによる躍進と急激な拡大路線
 その後は、1992年にアーケード版が発表された『ぷよぷよ』シリーズで、一般にも知られる。そのブームが追い風になって、カーバンクルなどゲームに関連したキャラクターグッズや、広島名物のもみじ饅頭を基に作った「ぷよまん」などの販売に手を広げ、一世を風靡した。また、「ぷよマスターズ大会」などユーザーとの親和を図るイベントも積極的に行われた。

 こうした「ぷよぷよシリーズ」の大ヒットを追い風に、1996-1997年にかけて大量の新入社員を採用し、新社屋に移転するなど、会社規模は急激に大きくなっていった。ゲーム会社ということもあり、地元である広島県では注目のITベンチャー企業として頻繁に報道された。また、ビジネスソフト分野への進出も目論んで、グループウェア『パワーアクティ』の開発にも乗り出した。
 

 まさかこの当時、コンパイルと言う企業がこの世から消滅してしまう、と考えた人はいなかったでしょう。

 
 しかし、この時点のコンパイルには『ぷよぷよ』シリーズ以外に目立ったヒット商品が無く、その『ぷよぷよ』も仁井谷が急激に拡大させていた会社の規模を支えられるほどのものではなかった。また、『パワーアクティ』は増大化した開発費用の一方で販売が不振に終わり、他にも数度にわたる本社移転、企業体力を省みない人材の大量採用、広告費への過剰投入など、仁井谷の性急過ぎた事業拡大路線の反動は、1997年に入って急激にコンパイルの経営を圧迫し始め、短期間でコンパイルそのものを行き詰らせてしまった。

・和議による規模縮小
 莫大な開発費を投入した『パワーアクティ』の販売不振の他にも、当初は1997年の年末商戦向けのタイトルとして企画された『わくわくぷよぷよダンジョン』が開発難航により1998年春期に発売延期になったことはコンパイルに大きな打撃を与えた。ついには、1998年3月に入ると資金面で窮し、最終的には3月末決済の約2億円の手形への目処が立てられず、3月18日に広島地方裁判所への和議を申請、事実上の経営破綻となった。負債総額約は75億円。

 和議申請は受理され、大量の新卒者の内定取り消しおよび大々的な社員の解雇を実施した。
 この時期にコンパイルから離れたクリエイターは数多く、コンピュータゲーム業界の内外に幅広く散っていった。コンシューマ・アーケードの分野で再起した人物も多いが、一部には数年を経てアダルトゲームや同人ゲームの分野で知名度を獲得し、ようやくゲーム業界の表舞台に登場する様になった人物もいる。

・経営再建の失敗
 和議成立後のコンパイルは、本社を広島市中心部から郊外部の大野町(現・廿日市市)の食品工場跡地に移転。さらには広島から撤退して埼玉県所沢市小手指町に移転するなどし、再建の道を歩むかに見えた。また、この和議に際して、著作権などがセガなどに売却されていた『ぷよぷよ』シリーズも、コンパイルには2002年8月まで使用期限が与えられた。

 しかし、和議に至るまでの過程での一連の無茶な経営が明らかになったことで、社長である仁井谷の対外的信用が失墜しており、また社内システムの建て直しも不首尾に終わったことから往時の力は戻らなかった。そして最後まで『ぷよぷよ』に代わる新しい作品を生み出すことができなかった。

 2002年8月末で『ぷよぷよ』シリーズの知的財産権の使用権を失い、関連商品の販売ができなくなる[2]。その後、同年12月8日付で会社解散し活動停止。直後の同年12月25日付で本社を東京都台東区に移転した。2003年11月6日には東京地方裁判所より破産を宣告された。負債総額は約54億円。

 2004年2月17日、費用不足のため破産廃止。その旨の登記が同年5月12日付でなされ、株式会社コンパイルなる法人は完全消滅した。
 このニュースは当時ゲームとあまり縁の無いマスコミでも大々的に報道されました。個人的にはここまでの詳しい経緯を知らなかったため、「え?何で潰れるの?」とビックリした覚えが有ります。

 ゲームとしてのぷよぷよは版権がSEGAに移行され、元々のサブキャラクターも変えられて基本的システムそのままに、現在は携帯やスマホやDS、Wii、PSPで遊べるようになっています。20年前のこのゲームで今は自分達の子供が遊んでいるのを見ると、ゲームは既に日本文化なんだなぁ、とほのぼのしつつも、こうしたほうがいいよ、と思わず横から口出しする自分がいたりしてw。

 さて本題。

 コンパイルは何故失敗したか、という事についても、wikipediaでしっかり説明されています。まずはそのまま抜き出してみましょう。

運営時の問題点など
経営状況の悪化の要因や会社組織としての問題点として、以下のような事柄がいわれている。

1.仁井谷による会社の私物化
 コンパイルの急激な拡大に対して社内組織の管理や拡充が追いつかず、実態としては仁井谷の個人商店のままアンバランスに発展していた。また、仁井谷は強力なワンマンタイプの創業オーナー社長であり、周囲に諫言できる人物がおらず、会社の私物化とも取れる行動が度々見られた。仁井谷は周りを補佐する人材にイエスマンしか置かなかったため、不満や反対意見なども出ず、末端の従業員とのコミュニケーションも不十分な企業体質となっていた。その様な状況下で、経営陣の危機意識は乏しく、実際に経営危機に陥った時の対処能力にも乏しかった。

その上、仁井谷には浪費癖があった。例えば『ぷよぷよ通』『ぷよぷよSUN』での販促展開では、社長が自ら「サタンさま」のコスプレをして各地のイベントに出演していたが、この衣装を作成するのに100万円かかっていたと仁井谷自ら明言している。イベント開催時にも「多額の使途不明金」を発生させるなど、経理面も杜撰だった。

2.人材の過剰採用
 現有社員数と同数またはそれ以上の「新入社員の内定」を確定していた年度があり、必要以上に人件費・不動産費・設備費などが増加していた。しかも、それは利益が大幅に増加し続けるならば問題は小さいが、一度売上が鈍るとたちどころに経営を圧迫した。

 1996年に開催した自社主催イベント「全日本ぷよマスターズ」では幕張メッセに18,000人を集めた。1997年3月期には売上高約69億円を計上。この時期が『ぷよぷよ』人気のピークで、その後も人気はそれなりに持続していたにもかかわらず、その僅か1年後の1998年3月に和議申請に追い込まれている。

3.市場動向を軽視した商品開発
 パーソナルコンピュータ向けミニゲーム集ディスクステーションに収録された内容からヒット商品が発生していることから、そのパターンが再度発生することに期待し人材や経費を投入。結果として収益性の高い家庭用ゲーム機向けソフトの開発が軽視されることとなった。ディスクステーションのゲームはアイデア的に優れた作品はあったが、一つ一つのクリア所要時間は短く、最新ゲーム機で目の肥えたゲーマー達を満足させるものではなかった。

 ぷよぷよがヒットした時点では、パソコンゲーム市場と家庭用ゲーム市場でヒットするソフトウェアの内容には共通点があったが、家庭用ゲーム機のスペックが急速に向上したことで傾向が分離し、以前のパターンが適用できない状況に陥った。

 経営方針においてランチェスターの法則に傾倒、特に弱者戦略を重視し、セガ製携帯ゲーム機ゲームギアなど小市場でのシェア獲得を重視したことが、収益性の低下や社員のモチベーション低下を招く一因となった。プレイステーション(PS)・セガサターン(SS)などの「次世代機戦争」時にセガスーパー32X・ゲームギアなど旧ゲーム機への注力を表明したことで次世代機への参入が遅れた。そのため、PS・SS版『ぷよぷよ通』は外注製作となった。

 その後に開発された家庭用ゲーム機用ソフトは、手堅く凡庸な内容で、過去の成功例を反映したものではなかった。

4.常識に欠ける人材育成システム
 全盛期の社員教育において「丁稚制度」なるシステムを導入。「一年間は雑務のみ、雑務の合間に先達から技術を盗み研鑽すべし」として徒弟制度を重視し、これを画一的に運用したため、有望な新入社員を即戦力として生かすことができなかった。

 さらには、新入社員にピンク一色のジャージの着用を出勤時にまで強制するというパワーハラスメントまがいのことを行ったことで、「丁稚制度」の対象となった者たちに相当のモチベーション低下や短期離職率の上昇があったといわれている。丁稚のジャージ姿が目立つため、会社周辺地域(当時の本社は広島駅から駅前大橋を渡った先にあった)から苦情が出た、社員を狙った事件が起きたなどの話もある。

 後に「セクシャルハラスメントに該当する」という指摘を受けて女性社員のみ出勤後の着用義務に変更されたものの、和議申請時まで全面廃止されることはなかった。和議申請以降にようやく廃止され、使わなくなったジャージはファンへ販売されている。

5.過剰な広告展開
ビジネスソフトの宣伝をゲームソフトと同じ方法論で展開。中尾彬、川島なお美などのタレントを起用したテレビコマーシャルを投下し、企業規模に合わない高額の広告費を支出していた。

 他にも、オートバイチーム「コンパイルレーシングYAMAHA」を設立し、全日本ロードレース選手権にプライベーターとして参戦していたこともある。これは1995年結成、1998年和議申請の際に解散した。レースクイーンの衣装が同社のキャラクターである「カーバンクル」を模したもので当時知名度を誇った。しかし、本来、モータースポーツは収益を上げるまでに非常に多額の資金投入を必要とするものであり、サイドビジネスとして行うにしてもよほど経営的に余力のある会社でなければ継続的な参戦は不可能である。

6.ビジネスソフトへの傾注
 ゲームソフト感覚をコンセプトとした上、ビジネスソフトの開発経験者がほとんどいない状態でソフトの開発を強行した結果、開発費が増大し当初予定を大幅に超過した。販売に至っては、一般ユーザ向けでなく中小企業向けにした結果、ソフトがほとんど売れなかった。そもそも、これもまた仁井谷の鶴の一声で始まったプロジェクトとされる。



6つのポイントがありましたが、これを自分なりに分かりやすく解釈して挙げてみて、更に介護業界とつなげて考えてみると、こうなります。

1.トップが傲慢で従事者の言葉を聞かない事。急にヒット商品を出し、傲慢になったトップに他人の忠告を聞く耳は無かった。また、組織が傾きかけてもトップやその取り巻きに危機管理能力や危険予知能力が無かった。経理面も杜撰だった。
→良く「上司が傲慢で」と言う話を聞きますが、基本介護業界は小規模な所が多く、良くも悪くもワンマン経営、ひいてはブラック企業並みになる事が多い。人をお世話する業種なのだから利用者も大事だろうが従事者も大事にする、と言う発想が無いとなかなか上手くいきません。鹿児島の場合、急成長する大規模な法人に限って離職率が妙に高かったりしますがこれはまさに...しかも周りにイエスマンしか、と言うのも全く良く似ているように感じます。失敗した後、社長に信用がなかったというのも...

2.必要以上の人的資源を導入する事で経費がかかりすぎたこと。毎年少しでも成長するのであればかまわないが、ゲームのようなヒットしないと収入が上がらない業種では浪費そのものになりえるといえる。
→介護保険の収入だからあまり関係ない、と思ってはいけない。介護業界はこれとは全く反対で、法で定められた人員以上を採用したがりませんが、入所者や利用者の状況いかんではそれ以上の人員を採用しないとたちいかない事だってある。要は適材適所、また適当な人員配置が出来なかったという事では、共通することでは有ります。

3.時流を読めなかったこと。ライバルが競合しないハードに移植することが結局会社としての利益に繋がらなかった。ある程度社会の動向や業界の流れを掴まないと得てしてこのような間違いを犯す。
→介護業界に於いても、その時々の状況をしっかり掴まないと同じ間違いをしかねない。そこを踏まえてか、ケアマネなどはネットや講演会などで情報を掴もうと躍起になる事が多いのですが、これもまたトップだけでなく同僚や部下が「人いないんだから研修とか行かないでください」と、とんでもない事をいう事例もある。目先の得だけを見ていても、将来は見えないもんです。

4.パワハラモラハラに近い研修制度。新人は新人であり、こいつらから学ぶ事は何もないと断定しての扱い。社員教育法の根本的なミス。
→どういう業種でも新人教育は難しいもの。丁稚制度自体が悪い、とは断言できないが、ゲーム業界にそれは合うものではないでしょう。介護の世界はどうでしょうか?「え?介護の方法?先輩から盗め!」とかやってる施設もさすがに今はそう無いでしょうが、内容としては丁稚制度に毛が生えた程度の教育法を取っている施設や事業所、まさか無いでしょうね?この業界、意外と新人が持っている情報が先輩が知っているものより数段優れていた、ということも珍しい事では無いんです。特にケアマネなどの最近出来た資格などはその傾向が強いですね。お互い持っている知識や方法論を上手くリンクさせる方が、単に一方通行の教育よりももっと素晴らしいことになると思うのですが...

5.実務に関係ない業務に力を入れたこと。企業としてのレベルを遥かに超えたイベントや広告でのPR活動。
→実務に関係ない業務?それって自治ろ...とか言うとまたどっかの掲示板で叩かれそうですが、本業に力を入れず別な事、コンパイルでは広告ですが、おろそかにする行動はさすがに介護業界だけでなく、どの業界でも問題ですね。うちの業界でも施設内政治とか事業所内政治とかだけに力を入れて(色仕掛けで理事をたらしこんでみたりなぁ...)、その結果本業がおろそかになり、結果監査の時に指摘されて500万円市に返納せざるを得なかったケアマネがトップにいる事業所を知っておりますが。更にこういう事に力入れて逆に利用者から苦情が出ていったいどうするのだ。また、介護事業所の場合なかなか広告については個人情報保護の観点から難しくもあるのですが、カタログとしてのWebサイトに加え、双方向の情報交流としてSNSを上手く使えるようにする、と言う方法を取れればいいんですけどねぇ。

6.ノウハウの無い事にチャレンジし、見事に失敗。それを活かして会社の方向性を変えられなかった事。
→そりゃ失敗する時はどんな業種であろうが失敗するもの。ただ、新しいことを行う前提としてそのジャンルをしっかり学び、いざとなったら即対処できるだけの技術や心構えをしておく事は必要なんですが、おそらくそれすらやってなかったんだろうなぁ、と。また、この失敗を活かしてこの後の業務にフィードバック出来たのであればここまで悲惨な状況にもならなかったのでは?とも思うんですよね。施設や事業所も失敗する事で逆に学ぶものがあるはず。それを活かせなかったり見ないものとしたりすると、本当にコンパイルの二の舞になりそうです。また、利用者の意向などを上手く汲み取れないことも失敗の原因に挙げられますね。

 ...以上の理由が挙げられますが、2〜6の原因をたどると殆んどが1の理由に源流があると思われます。「トップを始めとした上司が傲慢でワンマン経営であった」ということ。中小の事業所で、なおかつ成長過程にあるならそういう形態はある意味仕方ない事ではあると思いますがある程度規模が大きくなり、上司が現場を見ないような事業所では...プライドと傲慢は似て非なるもの。傲慢である事は組織にとって全くプラスにならないばかりか害悪ですら有ります。

 まぁ見てないと思うけど、もし介護事業所のトップの方、これを見ているなら自分がいつの間にかコンパイルの社長のように傲慢になっていないかどうか、客観的に自らを見て下さい。さもないと、コンパイルと同じ轍を踏むことになりかねません。

 蛇足ながら。

 コンパイルと言う企業の出したソフトについてはアレスタシリーズもぷよぷよシリーズもリスペクトしております。ファミコン・スーファミの時代は広島のコンパイル・メサイア以外にも札幌のハドソン(ついこの間潰れちゃいましたが...)や福岡のシステムソフト(派生したLEVEL5がイナイレシリーズやニノ国やレイトン教授やダンボール戦記で今とても元気)や大阪のカプコン(ここもまだ元気)やビック東海(ゲームから足を洗い、別業種で頑張っているそうですが)など、こういった地方の企業がどんどんヒット作を出していました。あの頃のゲーム業界の活気が今となっては懐かしくもあり、また思い出として心の中にあります。そう言う事も有り、今回の記事にいたしました。

 第三弾は...そうですねぇ、TOYOTAF1か?それともコムスンか?はたまた全く毛色の違う企業か?

 乞うご期待!

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Facebookは閉鎖的、と言う持論を持つのはかまわんが、世界中から笑われまっせ、そんな戯言。

 ある意味売られた喧嘩を買う状況(そういう性格は直さなきゃいかんのは分かってるんだけど、あまりにも酷くてガマンならん)の話になってしまいますが。

 Twitter上で複数の人間に対して影でこそこそ悪口呟いている方がいらっしゃいましてね。木滑由史 @ww_morと言う方なんですが。元専門学校の教諭で今は普通の会社員、ボランティア大好きでその自慢が鼻持ちならねぇ、そういう人なんですが。

 ネット関係に詳しいと自称されており、確かにそれはそれで...、と言うレベルなんですがこちらが「Facebookは良いよ」と話したら以下の文章で応戦しやがったので...


 
木滑由史 @ww_mor

何度も言うけど、公共団体がFacebookがメインってのはどうなんだろう?所詮SNSだから資料を読むのに適してなくて検索も印刷もやりにくい。サイトを無理に組み込んであるから一部のコンピュータからはうまく見れない。SNSは検索エンジンから除外されつつあるし。閉鎖的すぎる。

流行ってるからって無計画に全部移行とかド素人としか思えない。世界中に公共・民間企業含めて何百万というオフィシャルサイトがあるが、なぜそれらのほとんどがFacebookに全面移行しないのかの理由を少しは考えてみた方がいい。彼らはWWWの研究に研究を重ねている。参考になるはずだ。

言っておくが、世界中の賢い民間企業の多くがオフィシャルサイトをFacebookに全面移行などという馬鹿げたことをしないのにはわけがある。別に技術力の問題でも先進性の問題でもなんでもない。情報発信と情報交換とをきちんと切り分けて整理する能力があるというだけだ。

サブセットだから不向きな用途も抱え込んでしまうというのも理由のひとつなんだけど、もうひとつプロプライエタリの問題もある。WWWというのはW3Cの勧告とか見ればわかる通り当然オープンな規格だからいいんだけど、特定の企業のサービスに公共のオフィシャルを委ねるってのはどうなんだろう?

プロプライエタリってのは様々な理由でそれを利用できない環境が発生してしまう。それは公共サービスとしては論外だと思うんだけど。デファクトスタンダードにまでなってしまえば問題ないんだけど、現状ではまだそれには程遠い。Facebookはシステムとして複雑すぎるのがその一因かもしれない。

 いや〜、ぱっと見最後辺りが意味わけわかめで非常に素敵です。

 じゃ、反論の時間。

「何度も言うけど、公共団体がFacebookがメインってのはどうなんだろう?所詮SNSだから資料を読むのに適してなくて検索も印刷もやりにくい。サイトを無理に組み込んであるから一部のコンピュータからはうまく見れない。SNSは検索エンジンから除外されつつあるし。閉鎖的すぎる。」

 何度語っても、あなたのフォロワーは同じレベルの罵詈雑言大好きな41名しかいないんですが...あ、別アカウント持ってるとかだから、そちらでも語っているのかな?だがそちらのフォロワーにも迷惑な話だ。

 まず、基本的に自治体のWebサイト、いや、全ての企業の形式はWWWで作るように定められているものでもないということ。貴方の大好きな法律のどこにそういったことが定められているのかな?民法の第何条に書かれているのかどうか、まず出してきてみ?

 サイトの形式はその時々の時流にあったものでも充分活用できるだろうと思う。武雄市がFacebookを利用しているのは、欠点を念頭に入れつつもそれを遥かに凌ぐ利点(即応性やコスト面、情報の透明性など色々挙げられますが)が多かったから、とは考えられないんだろうか?

 現にこういった話も有ります。

『武雄市は昨年8月、公式サイトをフェイスブックへ移行した。月5万件だった訪問数は330万件へ激増した。職員のうち101人はすでに実名で利用しており、市 フェイスブック係の山田恭輔係長(43)は昨夏の豪雨の際、増水した川を携帯で撮影して載せた。山田さんは「市民から『状況が分かり助かった』と投稿があった。素早い情報発信ができた」と話す。「イノシシを駆除して」といった陳情を書き込むと担当課が受け付ける。トップダウンで進める総務省出身の樋渡啓祐市長(42)は「市民とのやり取りが可視化され、お役所仕事は通じなくなった」と語る。(中略)佐賀県武雄市が全職員へフェイスブックの登録を義務づけるのは、4月から庁内ネットワークそのものをフェイスブックへ移行するためだった。樋渡市長は「国へ送る重大な個人情報は専用回線で送信するが、年間600万円かかる庁内ネットの大半は移行できる』 

 勿論高齢者のデジタルディバイドの問題もある事は否定しないけど、そこは高齢者にかかわる職種や家族がフォローしあえれば問題は無いだろう、と思いますし、それなりのフォローは行って当然でしょう。

 資料を読む、という事についてはサーバーの中に書類のpdfを保存しておき、リンクで見るようにすれば問題は起こらない(現に我々はファイル交換の際メールのみでなく、フリーのアップローダを介してやり取りを行う事も多い)。印刷すべき資料や様式だって同じ。現に厚労省は介護保険の情報をpdfで配布しているしねぇ。最もあれは時系列で資料探すの結構大変で、三重県の介護保険課のほうを見たりしてますが。

 閉鎖的?おそらく武雄市やその関係者などは武雄市のFacebookのフィードを購読している事でしょう。購読さえしていれば、自分のタイムラインに情報は流れます。メッセージなどで双方向の交流も可能ですしね。閉鎖的になると考えているのは、Facebookのシステム自体を熟知されていないからだ、と思います。


「流行ってるからって無計画に全部移行とかド素人としか思えない。世界中に公共・民間企業含めて何百万というオフィシャルサイトがあるが、なぜそれらのほとんどがFacebookに全面移行しないのかの理由を少しは考えてみた方がいい。彼らはWWWの研究に研究を重ねている。参考になるはずだ。言っておくが、世界中の賢い民間企業の多くがオフィシャルサイトをFacebookに全面移行などという馬鹿げたことをしないのにはわけがある。別に技術力の問題でも先進性の問題でもなんでもない。情報発信と情報交換とをきちんと切り分けて整理する能力があるというだけだ。」

 あの〜、産経新聞の記事を読んでこれ書いているんでしょうか?武雄市長の樋渡さんは「このスピードの時代にこれまでの手段ではやっていけない。フェイスブックだっていつまで続くか分からない。もっといいツールが現れれば、乗り換える」とおっしゃってますけど?それと、基本的なWebとSNSの使い方を良くご存知で無い様子なので....。

 基本的にWWWは会社窓口兼カタログ、SNSはお客様サービスセンターだと思います。と呟いたら意味が解らない、とほざきやがった(マジです。ここで相当酷い事も呟かれてます)ので言い換えましょう。

 WWWはCDやDVD、SNSはコンサートやライブ。CDやDVDでは双方向の交流と言うのはほぼなされないのが一般的ですが、ライブならどうでしょう?アーティストとお客さんとの一体感は双方の交流では無いんでしょうかね?武雄市はCDセールスに重きを置くバンドじゃなくて、ライブに重きを置くバンド、例えるなら1980〜90年代のハウンドドッグとか、70年代から現在まで世界中を熱狂のライブに巻き込んでいるAC/DCみたいなもんだ、と言えばわかりますか?

 CDセールスだけで済むアーティストならそれはそれでいいけど、ライブを大事にしたい、と言うアーティストを否定すべきじゃないし、そんなこと主張するロックファン、ある意味失格です。1966年以降のビートルズのように一時代を築いて後はやりたい事が出来る、そこまでの企業や組織であるなら別にWWWのみでもかまいやしませんが。もっとお客様の声を聞きたい、ユーザーとの交流で新しい物を作りたい、と自らを前向きに考えている企業は現状オフィシャルはともかく、どんどんFacebookに進出しています。小さな田舎の個人商店や企業だけでなく、国際的な大企業でさえもね。

 それにFacebookのお友達の全員(自分だけかも知れんけど)にいえるんだが、基本前向きで明るく、細かい事にこだわりすぎず前を見て自分の道を進んで行こうという方が非常に多い(特にSさん御夫妻とか)。そういう姿勢に感銘を受けてFacebook上では福祉以外の業種の方とも交流を始めています。あの中で貴方みたいな毒ばかり吐いて、ネガティブな事ばかり書き込んでいたら友達は逃げていくだろうね。

 それとオフィシャルサイトが全面移行できない理由は他にもあると思う(仕事の関係とかしがらみとか金の問題とか)し。全面は流石に例としては少ないでしょうが、武雄市に続け、と企業や組織が進出した場合、これはどう説明されるのでしょうかね?貴方の言う所の「ど素人」なんでしょうか?こういう行動を自分なら逆に「良く英断した!」と前向きに評価しますが、貴方のようなネガティブな方にはそうは見えないんでしょうね。自らの冒険心の無さをここで露呈してどうするんだか。


 「サブセットだから不向きな用途も抱え込んでしまうというのも理由のひとつなんだけど、もうひとつプロプライエタリの問題もある。WWWというのはW3Cの勧告とか見ればわかる通り当然オープンな規格だからいいんだけど、特定の企業のサービスに公共のオフィシャルを委ねるってのはどうなんだろう?プロプライエタリってのは様々な理由でそれを利用できない環境が発生してしまう。それは公共サービスとしては論外だと思うんだけど。デファクトスタンダードにまでなってしまえば問題ないんだけど、現状ではまだそれには程遠い。Facebookはシステムとして複雑すぎるのがその一因かもしれない。」

 一般企業でも自社サーバーを持っていない場合はオフィシャルもある特定のサーバー会社に委託し、独自サービスを利用するケースもあるんですが...向き不向きでいえば、即応性と言う意味ではFacebookは企業や公共機関にはむしろ向いているのでは無いのか?と言うのが個人的な考えです。

 クラウドとしても使えるシステムでも有りますしね。このシステム応用すれば幾つも施設を持っている社会福祉法人でも利用者の情報共有(もちろん見れるメンバーを限定した上で、としとかないとあの木滑さんはそこを突っ込んでくるのでwww)使えるよね?と以前福祉関係の友人と話したことありますし、FacebookとSkypeを連携させた研修などもうちらの業界ではまだ小さなレベルながら始めています。これすら「ど素人」の一言で否定でしょうか?

 木滑さん、どんだけ偉いWeb関係者やねん、あんたは。


 全世界8億人が使っている世界最大のSNSに対して「Facebookはシステムとして複雑すぎる」と言い切るところも素敵ですね。複雑すぎるシステムで北アフリカ各国は革命が起きて前政権打破されたのかぁ...ふ〜ん。おいらはそんなこと言うだけの勇気もないし、そもそも使いにくいとも思ってない。Twitter使えれば即移っても使えるレベルですけどね。

 誰でも分からない言葉を羅列して説明するとこなんかも行間に「ぼくってすごいでしょ〜」という高慢な姿が垣間見れます。難しい専門用語で説明したり、意味の取り難い言葉で攪乱し、間違っていたらはしゃいで攻撃するのもあなた方のような論破することにしか自分の存在意義を認められない左向きで赤い人種(自治労や日教組)が良く使う手口でしたっけね?

 Facebookが全世界のSNSのスタンダードになる勢いであることを認めていないこと、それに対してここでは呟いていないけど「MIXIやTwitterの方が将来性があってすばらしいSNSだ」と断言していること...この人本当にWebについて分かっているのかなぁ...?これで元教育者なのかなぁ...?ここまでどぐされた心の持ち主でもボランティアと言う偽善は出来るんだなぁ...?電脳コイル言うほど面白くなかったけどなぁ、個人的にはひだまりスケッチのほうが好きだけどなぁ...?と心配になります。

 あと、Twitterの自己紹介に「毒吐きアカウントです」とあるけど、人としてこれ、どんなもんでしょうか?わざわざそんなアカウント作る事自体理解不能です。

 自分に二面性が有り、片やニコニコして声優さんや同じ趣味をもつ人たちと交流しているけど裏では竹原元市長や武田邦彦教授、さつまさんやおいらに対して「女子高生ならリストカットしている」レベルの罵詈雑言を本人に聞こえないようにこそこそ呟いている...

 身近にこんなんいたら引くわ、正直。

 たぶん社会人としては失格レベルだろうな、と思います。表の顔にこの状況ばれたら果たしてどう釈明するか、と言うのも一度みてみたい気はしますけどね。最もTwitterや2chで同じ事やってる連中も似たようなもんですが...。やるなら堂々とやれよ。直接このブログに反論書き込んでみろよって。でも正体バレが恐いから絶対にやら無いんでしょうけどね。

 最後に。

 他人にWebのこと説教する前にWebpagethatsuck.comを原文で読んでから出直して来い。

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posted by y-burn at 11:09| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | PC関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この後悔の言葉は重い...

〜ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5〜

もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。それはどのようなものですか。

人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、「自分らしく生きれば良かった」という後悔。Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさんあったことに患者たちは気づくのだそう。ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、人は強く無念を感じるようです。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、可もなく不可もない存在で終わってしまった、という無念が最後に訪れるようです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるのだとか。もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多い、と Ware さんは指摘します。旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。
 
以上、どれも重く響く内容でした。これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。
 流石にまだ死ぬことに対しての覚悟とかがない年齢だし健康状態ではあるんですが...

 あえてこの言葉一つ一つにコメントをつけよう、と言う気は無いです。コメントするにはあまりにも重いし、5つの言葉全てが胸に突き刺さる。

 後悔の無い人生を送る方法を、この5つの言葉を通じて、ゆっくり考えていく事にします。死ぬ前にこう思わないように...。

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posted by y-burn at 11:01| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なんか今のネット社会やうちの業界を見ている様で...

〜帰りの会〜

小学生の頃、「帰りの会」なるものが毎日放課後にありました。 その日の授業を全て終え、ランドセルに荷物を詰め込み帰る準備をします。一通り、帰る準備が整うと、日直が前に出て帰りの会を始めます。まあ、帰る前のホームルームですね。通常、帰りの会は、朝の会で立てた「今日の目標」を守れたかどうか確認したり、先生からの注意事項の伝達 ぐらいしか内容はなく、別にあってもなくてもどっちでも良いような存在でし た。

しかし、これはあくまでも平和な日の帰りの会メニューです。 実際は、こんなに滞りなく帰りの会が進行するのは稀でした。原因の一つに、全てのメニューの終了後、司会である日直が、 「他に連絡のある人はいませんか?」 と皆に尋ねることが挙げられます。大抵、でしゃばりな婦女子などが、どーでもいいような連絡事項を伝えるため に手を挙げたりします。

生き物係の女の子が、「みんなで飼っていた亀の太郎が死にました。みんなで黙祷しましょう」 などと、とんでもないことを言い出したりしやがるんです。早く帰って遊びたい僕らはたまったもんじゃありません。しかし、もっと僕らの帰りを遅くする魔のメニューが帰りの会には存在しました。 「今日の困ったこと」というコーナーです。

なんでも、その日困った体験をした人が、皆の前でその体験を赤裸々に告白し、その困った体験がクラスの誰かが原因で引き起こされているならば、皆でその原因である人を告発し、正す。というなんとも有難いやら迷惑やら分からないコーナーでした。誰かが困ったら、皆で議論し誰もが困らないようなクラスを作ろう。そういう趣旨があったようです。

「今日、昼休憩の時に、赤井君と坂本君が廊下を走っていて私にぶつかりそう になりました、とっても困りました」

でしゃばり女子が、待ってましたとばかりに手を挙げて告発します。大抵このコーナーで告発する人物は決まっていました。いつだって告発するのは女子で、告発されるのは男子なんです。女子達は一丸となって赤井君と坂本君を攻めたてます。 違う女子が

「赤井君は昨日も走っていました」

などと追い討ちをかける。 赤井君と坂本君はバツが悪そうに苦笑いである。 それでも女子は止まらない。

「ちゃんと謝ってください!」

とヒステリックにまくしたてる。 それを受けて、赤井君と坂本君は少し照れながら立ち上がり、

「廊下を走ってすいませんでした」

などと頭を下げる。 そこで担任の先生(40代女)の登場である。 先生は廊下を走った彼らに再度注意を促し、告発した女子をそれとなく誉める。 そして、皆も廊下を走らないようにしましょう。 などと言って話をまとめ、終了である。 これで晴れて帰りの会は終了し、家に帰ることができるんです。

さて、少年時代はとにかく暴れん坊だった僕。 この帰りの会でやり玉にあげられないはずがない。 というか、帰りの会の告発コーナーは、ハッキリ言って僕のためにあるような コーナーでした。

「今日、pato君が廊下でプロレスゴッコをしていてとっても困りました」
「今日、pato君が掃除をサボっていて、とても困りました」
「今日、pato君が黒板を引掻いて嫌な音を出していてとても困りました」

確かに僕が悪い。素直に謝って早く帰るに限る。とっとと謝ればそれで終わりなのだ。実際、告発された男子はアッサリと謝ってしまい、なかなか議論まで発展することはありませんでした。 しかし、たった二回だけ、このコーナーで激しく議論が交わされたことがあったのです。 なんとも残忍で、理不尽な思い出です。

「今日、ドッジボールをしているときに、pato君が中山君の顔にボール を当てていました」

とんでもない告発です。 それで俺にどうしろと?といった感じですよ。 中山君とはクラスの女子に大人気のナイスガイで爽やか小学生でした。 確かに僕は中山君の顔にボールを当てました。ええ、バッシリと当てました。 けれども、狙って当てたわけではありません。不可抗力です。大体、その場で中山君にも謝ったんです。それを何故、無関係な女子に帰りの会で告発されなければいけないのでしょうか。中山君以外、誰に迷惑をかけたというのでしょうか。女子一番人気の中山君が被害者ということで女子達もいつも以上にヒートアップしています。このクサレマンコめ。

「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」

もう女子達は謝れの大コールです。ウェーブしそうな勢いなんです。

「ちょっと待て、俺は確かに中山君の顔面にボールを当てた。ああ当てたさ。 けれどもそれでお前らに迷惑かけたか!?」

挙手するのも忘れて立ち上がり、女子達に反論しました。
ざまーみろ、反論できまい。 女子一同は、少し困った表情を見せた。
確かに・・・私達は迷惑してないわ・・・。 勢いでコールに加わっていた大半の女子達は、困惑の表情です。 我ながら説得力満点の反論です。ナイス俺。

「迷惑かけてるわよ!」

告発した女子が再度立ち上がる。

「由美子ちゃんはね、中山君のことが好きなのよ。中山君が顔面に当てられる の見て、由美子泣いちゃったんだから!!由美子ちゃんに迷惑かけてるのよ!!」

そんなこと言われても困る。 完全な逆恨みじゃねーか。
しかし、これで女子達には大義名分ができた。 「そうだ!そうだ!謝れ!謝れ!」 の大合唱である。 由美子ちゃんなんて惨劇を思い出してか、再度泣き出す始末。 このブスめ。もはや手におえる状態じゃない。 謝ってしまって終わりにしたい。でも、中山君には謝っても由美子ちゃんに謝る義務はない。というか、絶対に謝りたくない。僕のプライドが謝罪を拒みつづけた。そして激しく交わされる議論、 もはや収拾がつかなくなった。そこで日直が、

「じゃあ、pato君が由美子さんに謝るかどうか多数決をとります」

バカなこと提案しやがる。多数決で決める問題じゃねえだろ。しかし、「議論が割れた場合は多数決。結果には従うこと」という鉄の掟が帰りの会にはあった。

もはや逆らうことはできない。 結果は41対3の大敗だった。 こうして、僕はわけもわからず由美子ちゃんに謝ることになった。女子達は大喜び。 その他の男子達も「やっと帰れる」とばかりに大喜び。 もはや拒める状況ではなかった。

「中山君の顔面にボールをぶつけてごめんなさい」

なんで僕はコイツに謝っているんだろう・・・。 今思い出しても悔しい、口惜しい思い出である。

もはや帰りの会は、民主的な裁判ではなく、魔女裁判のように機能していた。 告発されたら道理に外れていようが、なにしようが有罪である。 そして、もっともっと残酷な事件が起こるのだった・・・・。あの惨劇が。

  帰りの会、 また、いつもの女子が手を挙げる。告発タイムである。

「最近、松井君(仮名)の周りが臭いです。松井君はちゃんとお風呂に入ってください」

とんでもない告発である。クラス中がざわめいた。こう言ってしまっては失礼かもしれないが、 松井君の家は貧乏だった。 松井君はいつも汚らしい服を着ていた。しかも毎日同じ。確かに風呂にもちゃんと入っていなかっただろう。少し垢っぽい感じがいつもしていたし、髪だってボサボサでフケだらけだった。松井君の住んでいる借家には風呂がなかったのだ。銭湯に行く余裕もあまりなかったようだった。

しかし、いくら松井君が汚なく、臭いとはいえ、 それは人として言ってはならないことである。松井君にだって事情というものがあるのだ。しかも、帰りの会という公の場で声を大にして告発してよい内容ではない。

とはいえこの当時、帰りの会で謝る男子に気を良くした女子達は、暴走気味だった。毎日、なにか告発して、男子をへこましたかったのだ。 しかし、男子かて、帰りの会でやり玉に挙げられるのは嫌である。次第に男子は品行方性になっていき、告発する内容がなくなったのだ。男子が良い子になって困ったのは女子である。告発し謝罪される快感は麻薬のようで、一度味わったらやめられない。

告発したい告発したい、男子に謝らせたい

そして、この非人道的な告発である。何度も言うが、松井君だって家庭の事情があってのことだ、人として言っては いけないことである。しかし、女子達の暴走はとまらない。
「そうよ、くさいわよ!」
「それに汚いし!」
「謝ってよ!」

謝れって・・・。汚くってごめんなさい、とでも言えというのだろうか。なにか間違っている。それを受けた松井君は悲しそうにうつむいているだけだった。僕は松井君が好きだった。彼は無口な方だったが、心優しいし、ギャグセンスは抜群。たまに発する言葉の一つ一つが面白いし貴重だった。それに松井君は絶対に人の悪口を言わなかった。そんな素敵な松井君を「汚い」というだけでここまで攻撃する女子達。 「汚い」だって家庭の事情で仕方ないのだ。 誰だって毎日風呂に入ってお洒落できるほど裕福なわけではないのだ。

お前らの血は何色だ?と彼女達に訊いてやりたい。

松井君は今にも泣き出しそうだった。このままでは松井君が傷つきボロボロになってしまう・・・・。どうすれば松井君を救えるのだろうか・・・。そうだ!先生だ!こんな非人道的な告発を先生が見逃すわけがない。その内、この議論を先生が止めてくれるだろう。その上、女子達を叱りつけてくれるだろう。松井君を救えるのは先生しかいない・・・・。

期待イッパイに先生に目をやる。 「うんうん活発な議論だわ。青春だわ」 とでも言いたそうに微笑みながら議論を見守っていた。

だめだ、このババア。松井君が今こうして傷つけられているというのに、まったく気づいていない。 先生までもが狂っている。ズレている。 こんな先生に何かを期待した僕がバカだった。大体、帰りの会に告発コーナーを設け、密告社会を形成させたのもこのババアだ。 こいつは人間として間違っている。

「早く謝りなさいよ!臭いのよ!」

女子達はもはや集団ヒステリー状態だ。 男子だって、面白半分に「臭い!臭い!」とはやしたてる 「はやく謝っちまえよ、帰れねーじゃん」と言っている奴だっている。もはや松井君に味方はいなかった。この広いクラスに独りぼっちである。その理不尽さ悔しさ悲しさといったら、経験した者しかわからない。松井君はついに泣き出してしまった。僕は心が張り裂けそうだった。

松井君は悪くない、なのに僕には何もしてあげ られない。悔しい、悲しい。こんな道理があるはずがない。みんな狂ってる。

しかし、慣例どおり、無常にも多数決が始まる。

「松井君が不潔過ぎるので、謝るべきだと思う人は手を挙げてください」

一斉に女子達の手が上がった。 男子も手を挙げた。 手を挙げなかったのは僕と松井君の友人、それに松井君だけだった。大敗だった。

松井君は、不潔というだけでクラス中に謝ることになった。教壇に立ち、皆の方を向く松井君。涙が頬を伝う。

やめろ、謝るな。松井君は何も悪くない。悪いのは女子なんだ。みんな狂ってるんだ。
どうしようもない自分がそこにいた。

「僕が不潔で皆に迷惑かけてごめんなさい」

彼がどういう気持ちでこのセリフを言い、頭を下げたかわかるだろうか。

「聞こえません!」 後ろの方で女子が叫ぶ。聞えているはずである。 ワザと聞こえないと言って何度も謝らせるのだ。これを「聞こえません攻撃」という。国語の時間などによく見られる陰湿な攻撃だ。もうやめてくれ、これ以上松井君を傷つけないでくれ。何度も何度も泣きながら「不潔でごめんなさい」と謝る松井君を見て、僕も涙 が出てきた。

「ほんとに臭いよね」 「そうそう、死にそうなぐらいに臭いよね」 戦いに勝った女子達が勝ち誇ったかのように言う。 さぞかし気分の良いことだろう。そこで担任のクソババアが出てくる。

「はい、今日は活発な議論でしたねー。松井君も清潔にしてこなきゃだめよ。 皆もちゃんと清潔にしてくるようにね」

などとまとめる。 コイツはほんとにバカである。

次の日から、松井君は学校に来なくなった。僕は何度も家まで誘いに行ったが、会ってはくれなかった。彼にしてみれば、何もすることができなかった僕も、よってたかって彼を傷つけたクラスメイト達と同罪なのだ。そのうち、僕も松井君を誘いに行くのをやめた。クラス中、担任までもがよってたかって彼を傷つけるのなら、そんな学校行かなくて正解だ。結局、松井君は卒業するまで学校にこなかった。自分の無力さを悔しいと思った出来事だった。 そして、まかり間違った学級民主主義および集団ヒステリーの恐ろしさを知った事件だった。
 うちらの世代だったらこういった形の学級会やってました。自分自身も経験あるし、80年代前半の学級経営の本にこのやり方載っているのを(小学生の癖して親のこの手の本読んでクラスメイトに暴露してた自分も教師にとっては嫌な生徒だったんだろうが...)見てますから良くわかってます。これがいじめの原因にもなったもんでしたが、基本担任は放置。「自分の意見のいえる子供になるのがベスト」と考えていたからでしょうが、その内容まで吟味しないのは問題大ありでしょうね。

 悪い(と思われる)人間を見つけ出して複数で攻撃し、非を認めさせる。これは人にとってカタルシスになりえる行動で、過去の人類の歴史を見ても「魔女裁判」はまさしくそれだし、労働組合が経営陣をつるし上げる行動などもそれに当たりますよね?最も後者に付いては正当な理由で行われたものもあるので状況も読まずに善悪の区別をつけてはなりませんが、人と言うものはそういう生き物である、という事。

 で、その年代の生徒が良い大人になった現在、この「○○くんは××なのでいけないと思います」的な論法、言うなら集団ヒステリーが社会に蔓延しているのがまさに今なのでは無いか、と思うんです。

 例?いくらでも挙げられますよ。

 2chやTwitterでよく見るカキコミをものすごく単純化してみると...

「竹原くんは法律の隙をついて自分に有利な議会運営をしたり、勝手に著作権無視(実際はそうでは無いことが清田先生本人が知り合いの弁護士を通じて確認している)して絵を描かせたのでいけないと思いま〜す!」

「橋下くんは独裁者です。日本のヒトラーです。公務員をいじめているから良くないと思いま〜す!」

...これらには実はしっかりした根拠も何もない。仮にあったとしてもそれは自分で調べた事ではなく、マスコミや周囲の人間の受け売りだけ、もしくはそれをやられることで自分の利益が犯される場合、そのくらいですよね。そこを指摘すると「法的にどうだこうだ」「人権がどうだこうだ」と言い出すわけ。大体集団ヒステリー患者のやり口のパターンは決まってます。

 日本の革新否定論者の言葉がどれも似通っているのは、この時代こういう教育を受け、それが正当である、正しいんだから公に人を攻撃してもかまわない、先生はいないけど自分の言葉を信じる仲間がいるはずだから同意をもらえる(また貰っているのが笑えるんだが)、と思い込んでいるからでしょう。

 ネット上のそういう言葉を選んでFacebookを初めとして色んな場所で公開しているけど、だいたいうちの友達は「こいつおかしいよ」と言う感想(ちなみに思想的には右から左まで色々居ますが)ですからね。

 こういったつるし上げは、実際社会人になってからは通用しません。そこまで甘くない。通用するのはある特定の職種の世界ぐらいじゃなくて?

 そんなことしているぐらいなら銭に繋がるよう動け、または知識を増やせ。普通の会社や企業、事業所はそれだけですからね。

 自分の幼児性を肯定する事や、自分自身の成長を拒否してまで「いけないとおもいます」、こういう言葉を吐くもんじゃないよ。お里が知れます。

 こういった「いけないとおもいます」ヒステリーがネット上だけならいいけど、これが実際の仕事でもあったりするから嫌なんですけどね...

 福祉の仕事の場合、ある程度のマニュアルは存在するし、絶対してはいけないこと(虐待とかそうですよね)も勿論存在します。しかし人相手ですから、マニュアルから逸脱する件だって結構出て来るものです。そうなった場合、さっととっさの思いつきや工夫で対処し場を収め、後で上司に報告するか、その件を放っておいて「報・連・相」だからと言って上司に泣きつく(勿論事態は悪化し続ける...)のか、何とか対処した後「いけないとおもいます、○○さんは謝ってください」と言うのか、どれかに分かれるんですが。

 正直言えば、後者二つの「逃げ」の行動をとる福祉職員は使い物になりません。その場から逃げるのは最悪だし、逃げた後に責任の無い他者に判断をゆだねる、と言うのは自分で物が考えられない、と断言しているのと同じですからね。最後のはもっと悪い事に責任を他者に擦り付けている。こういう人間は成長しません、と思われても仕方ないですし、現に成長してません。

 それに「良くないと思います」と言われた人間の気持ちになって考えられない。これは福祉と言うサービス業以前の問題で、いい大人としていかがなもんだろう?いわれた方は傷ついた心を引きずって生きる、これはつらいだろうし、そのつらさに対して言った自分が責任を取れるのかどうか、考えてからやるべきですね。最もそういう考えの無い人間がこういったことを言うものですけど...。

 これ、戦後教育を語る上では、無視できない話では有ります。洗脳されていると感じるのなら今すぐやめた方が良い。

 旧態の考え方でこれからの世の中、渡っていけるもんじゃないぜ。

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posted by y-burn at 10:51| 鹿児島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

日本の組織の仕組みに負けた第三期HondaF1。

 今、色んな会社や組織の失敗談を少しづつネットや本で読んでます。

 介護というのも今は会社・法人で事業として行っているものですから、組織がどうやって失敗したかを学び、考えるのは組織のありかたや後輩同僚への助言の大きなヒントになると思うんですよね。介護の世界の失敗ではなく、一般企業やプロジェクトでの失敗のほうがまた介護の世界に当てはめると新たな発見があったりして。結構面白いですし、他山の石として自分たちの仕事にも生かすべきだな、とも思います。

 Facebook上ではぷよぷよで有名なコンパイルの破産について話した事がありますが、今回は破産、では無く逆プロジェクトX的なお話を。

 集英社刊、「さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?」を読んでの話になります。F1についての知識が無くても解るようには書くつもりですが、解らなかったらコメント欄に質問書き込んでください。

 〜第三期HondaF1はなぜ失敗したか?〜

 第一期HondaF1は二輪での世界大会での優勝経験があるとはいえ、車は右も左も分からない状態であり、ヨーロッパ至上主義の世界。イエローモンキーの車で何ができる?と貶されつつも日本の技術を世界に知らしめたモンツァでの初優勝。1967〜68の二年間とはいえ、F1の世界に大きなインパクトを与えました。



 第二期HondaF1はコンストラクターとしての地位ではなかったもののスピリッツ、ロータス、ウィリアムズ、マクラーレンにエンジン供給。最強だった88年には16戦中15戦がHondaエンジンのマシンが優勝し(今でもこの記録は破られていない)、87年イギリスGPに至っては1位〜4位がすべてHondaマシン(マンセル、ピケ、セナ、中島)という、まさにHonda黄金時代を築き上げました。



 セナ・プロスト・ピケ・マンセル・ベルガー、中嶋がHondaのマシンで走り、日本でもバブル全盛期でレイトンハウスやフットワーク、Geoなどがチームを持っていた、日本のF1人気全盛時代です。この時代も1992年のHonda撤退と中島悟引退に加え、1994年の悪夢のサンマリノGPでラッツェンバーガーとセナが天に召されることで日本のF1人気も終わりを迎えました。



 その後も実際は無限の名を借りてHonda、Yamahaの名を借りてTOYOTAのエンジンがF1に参戦し続けてはいました(TOYOTAF1については又別の機会で話するかもしれませんが、Hondaの失敗と重なるところが結構あります)が、再びHondaがF1に帰って来る事になります。
 1998年、世間がITバブルで浮かれているその頃。3月9日にHondaは「F1復帰宣言」のプレスリリース(マスコミ向けの告知)を出します。詳細は「オールHondaでの参戦を目指し、2000年参戦を目指す」というものでした。個人的には、このニュースは大歓迎で「再びセナ時代の黄金期のHondaを見る事が出来るのか...」と興奮したのを覚えています。

 で、結果はというと...

BARHonda
2000年 コンストラクターズランク5位 最高位4位
2001年 コンストラクターズランク6位 最高位3位
2002年 コンストラクターズランク8位 最高位6位
2003年 コンストラクターズランク5位 最高位4位
2004年 コンストラクターズランク2位 最高位2位
2005年 コンストラクターズランク6位 最高位3位
→HondaF1チームへ

Jordan Grand Prix
2001年 コンストラクターズランク5位 最高位4位
2002年 コンストラクターズランク6位 最高位5位
→2006年にミッドランドF1(MF1)に変更。 その後も2007年にはスパイカーF1、2008年にはフォース・インディアへと次々に売却。

HondaF1チーム
2006年 コンストラクターズランク4位 最高位1位
2007年 コンストラクターズランク8位 最高位5位
2008年 コンストラクターズランク9位 最高位3位
→チーム代表であったロス・ブラウンに売却され、「ブラウンGP F1チーム」となる。ホンダF1時代に開発されたマシンを引き継いで参戦したブラウンGPは、2009年第一戦で初出場、初優勝を遂げるなどし、最終的にはダブル・タイトルを獲得した。

Super Aguri F1 Team
2006年 コンストラクターズランク11位 最高位10位
2007年 コンストラクターズラン9位 最高6位
2008年 コンストラクターズランク11位 最高位13位
→2008年第4戦スペインGPで撤退。


 第一期で35戦中2勝、第二期で151戦中69勝と華々しい記録を残したHondaが、結局8年間でわずか一勝を上げる(2007年ハンガリーGPでのジェンソン・バトン)のに留まり、2008年のシーズン終了後に突然のF1撤退を余儀なくされる事になりました。

 彼らの言うところの撤退の理由はリーマンショックなどの市場環境の悪化に伴う経営的な資源の再配分、ということでしたが、2009年には知将ロス・ブラウン氏をメインとした強力なチーム体勢で本格的に取り組む予定であったはずなのですけどね...

 で、2009年シーズンはこのHondaから見捨てられ、代わりにメルセデスエンジンを乗せた「ブラウンGP」がジェンソン・バトンをチャンピオンにし、チーム自らもコンストラクターチャンピオンとして君臨。翌年にはこのマシンのポテンシャルを信じてメルセデスがチームを購入、帝王ミハエル・シューマッハが復帰するのですから、世の中とは分らないものです。

 〜最強軍団が泥にまみれる時〜
 今はそう言われる言葉ではなくなりましたが、「モータースポーツはHondaのDNA」と言う表現、使われてきていました。2輪でも4輪でもあくなき技術の意欲、貪欲なまでの勝ちへのこだわりや情熱が優勝を導くだけでなく、世界的な「Hondaブランド」として、また人を「ワクワク」させる会社として見られる事になっていました。それが「Honda」の企業としての成長の根幹たるものでした。

 ところが、この第三期HondaF1の動向はある意味「情熱を捨てたビジネスマン」と表現してもおかしくない物になっていました。

 時系列でこの10年間を簡単に説明すると、こうなります。

1.オールHondaワークスでのF1復帰を発表(1998)
2.ティレル→ブリティッシュ・アメリカンレーシング(以下BAR)とのジョイント。エンジンサプライヤーとしてとりあえず復帰(2000)
3.BARとジョーダンの2チーム体勢(2001)
4.BARの経営陣入れ替え(2004)
5.BARへの一本化(2004)
6.BARへの45%資本参加(2004)
7.100%資本参加によるHondaワークス化(2005)
8.Hondaとスーパーアグリとの2チーム体勢(2006)
9.知将ロス・ブラウンへの全権委任(2007)
10.HondaF1チーム撤退(2008)


 実は既に1〜2の時にワークスとしてレースを戦うと言う軸がぶれているわけで、これ、Hondaの一般スタッフからすれば「俺達は何の為に戦っているんだろうか?」と迷うのは当然と言えば当然です。しかもそれに加え、努力した結果が出ないわけですから、そのモチベーションも下がってもおかしく無い。

 また、指揮するのはいったい誰なのか?と言う問題もありました。Hondaチームと言っても、本社青山の「本田技研工業株式会社」、技術のイニシアチブを取る「本田技術研究所」、イギリスにはレースの指揮を取る「ホンダレーシングF1」「ホンダレーシングディベロプメント」と複数の企業が動いていました。いくつものHondaが、いくつもの異なるビジョンを持ち、プロジェクト全体の責任の所在も明確で無いまま無駄に参戦を重ねて行った...要はマネジメントがお粗末だった、としか言いようが無いわけですね。

 F1に参戦しているHonda社員からの愚痴は「○○が悪い」「いや、××が悪い」が山のようであったし、誰も責任を取ろうともしなかったと言う。たぶん本田宗一郎氏がこれ聞いたら激怒してますよね...。

 「さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?」の著者、川喜田研氏はこの本の最後辺りにこう綴っています。

「何の為に戦うのか」が不明確なまま
責任の所在もあやふやで
勝利に向けた具体的なビジョンも
現代のF1と言う戦場への理解も
自分達の能力への
正確な自己認識も欠いたまま
第二期F1の栄光の記憶と
根拠の無い自信だけで突き進んだ
第三期ホンダF1という
あまりにも悲劇的な戦争は
屈辱にまみれた形で敗戦を迎えた...
(中略)
「サラリーマンにF1をやらせるつもりは無い」
と言った川本信彦(F1復帰発表時の本田技研社長。直後に社長辞任している)の言葉が、空しさの中で強烈なリアリティを持って立ち上がってくる。Hondaに夢を託した多くのファンと共に、おそらく天国の本田宗一郎も大粒の悔し涙をボロボロと流しているに違いない....。


 これが現実でした。以降、Hondaはヨーロッパ主体の国際的なレースから足を洗いました(まだアメリカののフォーミュラからは撤退してはいませんが)。その余波は予想以上に大きく、同じくF1を戦っていたTOYOTAも2009年に撤退、WRC(世界ラリー選手権)からはスバルやスズキ、パリダカの三菱、モトGPのカワサキなど、日本から国際レースに打って出ていた会社が軒並み撤退して、今に至ります。最もこの直後に小林カムイがザウバーからデビューし、センセーショナルな走りで注目され、2012年も期待されてはいますが...。
  
 〜HondaF1惨敗の原因とは?〜
 結論から言えば、「戦う牙をなくした島国的なサラリーマン根性になり下がったHondaではヨーロッパ文化と戦えなかった」ということなんでしょう。もちろん、毎年大きく変わるF1のレギュレーション(ルール)の制約の中で頑張ってきたし、形になって市販車の技術にフィードバックされているものも無いわけではありません。しかし、これがコンストラクターチャンピオンという究極の目的に近づくにはあまりにも...

 F1撤退前からHondaはワクワクさせるような楽しげな車を作るより、家族で楽しむミニバンやエコに配慮した車、一般的な乗用車を得意とする企業になっています。もちろんそう言うのも悪くは無い。でも、昔あったCityとかCR-Xのようなワクワクさせる車を作るのが得意な企業ではなくなってますよね?

 集団や組織が大きくなればなるほどその中から沸き上がってくるのは「安定」と「保身」です。おそらく本田宗一郎氏はこの言葉、大嫌いだったはずです。常にチャレンジし、新しい物を作り、結果を出す。これが「HondaのDNA」なのですから。

 「会社と言うのは実に便利な仕組み。大きな組織で責任の所在を曖昧にするシステムだと思えばいい」...まさにその言葉が今のHonda、と言う企業の体質なのでしょうね。そう言う体質での物作りだから、物はいいんだけどワクワクする何かが無い。

 責任取らないんだからいい加減な仕事でもかまわない、どうせ給料が上がるわけじゃない、何でこんな苦労しないといけないんだ。本社が悪い、開発スタッフが悪い、サーキットが悪い、マシンが悪い、そういってれば問題ない...

 「チャレンジをして大きな失敗をするよりは何もしない事による責任回避」と言う姿勢、これはまさに本田宗一郎の思想ではなく、日本の官僚やお役人の思想です。これはHondaに限った話ではなく、日本全体がバブルやリーマンショック、とどめに東日本大震災を受けた現在の大企業全般に言える事だし、それが中小企業や個人にも伝播している。

 〜じゃ、我々介護従事者としてこの事例を如何考えるか?〜
 いくつか挙げて見ます。

・何か問題が起こった時に「あれは○○さんのせいだ」「いや、××くんのせいだ」「事務方が悪い」「介護保険が悪い」「行政が悪い」などと他人や環境におっかぶせない事。もちろん行政や介護保険は最悪の部類であるし、それを庇って悪態ついて得意になっているバカもいる。それは突っ込み入れないといけないし、良くはならない。が、自分達で解決できるものについてはそうじゃない。文句言う前に動いて次善策をとればいいだけの事です。

・「何の為に仕事しているのか」を明確にする。個人的には施設在宅限らず、基本「高齢者の健康と安全を保持し、生き甲斐を作り、命燃え尽きる際に『良い人生だった、関わってくれた皆、有難う』」と言って頂くのが介護の仕事だと思う。それに如何繋がるか、と言うのが施設や事業所の理念なんだろうが、その理念に沿って仕事をして居るかどうか新ためて確認し、ズレがあれば修正する。又、利用者が如何あるべき姿が幸福なのか、と言うビジョンを常に持つ。

・自分達に出来る事は何?出来無い事は何?を改めて考え、冷静に判断する。もし出来ないのなら、できるようにするには何が必要なのかも視野に入れる。もし自分のいる施設や事業所が過去の栄光等にとらわれて動けないようであれば、そう言う夢想はばっさり切り捨てて新たな道を歩むよう方向転換する。実際問題、過去有名だった施設に限って内情は最悪だったりします。結構この言葉、良く使うんですが「流れる水は腐らない、溜まった水はいつか腐る」。集団も同じです。常に時代や環境、集団に属する人間の行動や思考に合わせて流れて無いといけない。腐って悪臭を放ち、ボウフラのわらわら沸いた水が好きならそれはそれで構いませんが、個人的には嫌ですね。

・お役所の職員や官僚の物まねをしない。物まねをしたからこそのあのHondaの体たらくなんですから。この時期、他のチームは官僚と対極にある職人肌のスタッフも多かったと聞いていますし、プロ意識も高かった。当時無敵を誇ったシューマッハが頂点に立っていたフェラーリなどはまさしくそう言う集団でした。我々はどうか、と云うと...例えるなら、いざとなったら利用者の為なら行政と喧嘩でも何でもしてやる、と言うぐらいの心意気でないと利用者の幸福を望めない、と思うんですよね(自分自信現にやってたし...)。常にチャレンジ精神を持ち、当たって砕けろぐらい考えて動いて、もし失敗したら反省して同じ過ちを二度と繰り返さない。これで良いと思う。それには施設のお偉いさんも意識改革が必要で、職員を減点主義では無く加点主義で見る事も必要でしょう。

・会社、もっと言うのなら集団、と言う便利な仕組みから抜け出すまではしなくても良いけど、第三者として冷静に傍観する視点を持つ事。表向きは上手く行っているように見えても、その内情は...と言う事も結構良くある話です。この時期の本田技研にしても、会社内で反レースの立場を取る重役もいて、レース参戦の邪魔をしていた(川本さんの社長退任もその一例)、と言う噂もありますからね。少なくとも組織内で政治的に動く、という事は本業をおろそかにする愚の骨頂。自分自身自治労や日教組を信用していないのはまさにこれで、プロ意識のかけらも無い愚かな行動だからです。F1コンストラクターに組合があってスト起こされたら...まずスポンサーが離れて御まんまの食い上げですからね。

 う〜ん、思いつくのはこのくらいかな。もう少しゆっくり考えればまだあるかもしれませんが...

 あ、もうひとつ。

 「自分自信がワクワクして、同僚や利用者もワクワクさせることができること!」でも、たぶん難しいよこれ...。

 最後に。

「Hondaは失敗を恐れない。失敗の中に次の進歩の為のヒントが隠されているからだ。これがホンダスピリットだ!」

 これが本当の言葉になり、再びF1に舞い戻り、強いHondaがサーキットに不死鳥のごとく復活する日を、1970年代のアンドレッティやシェクター、ビルヌーブやペテルソンの頃からF1を愛し続けている自分を含めた日本のF1ファンは待っています。

 更に言うなら、失敗を恐れずに突き進む姿勢は、我々介護従事者も見習うべき事であるし、それを心に秘めつつ日々頑張っていこう、と思います。

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菜根譚...噛めば噛むほど!

 最近BOOKOFF(特に中山店)で105円本を買って読むのが楽しみになっています。それこそ高校時代は1日一冊どんな本でも読もうと決めて実践していましたが、社会人になって結婚して子供が出来て、しかもネット環境が整って...となるとどうしても活字離れになってしまいがちです。

 自分の小さい頃を考えてみると、うちの両親は本を読むことを薦めてくれていたし、また親達もそれを実践してました。幸いな事に自分も嫁もうちの子どもたちも本と親しむことは苦痛にはなっていないようで、良く図書館から借りてきては読んでいます。このまま読書好きな子供になって、大人になっても習慣になってくれれば、と願いつつ...。

 さて、本題。

 ついこの間、菜根譚の入門書を何の気なしに購入しました。ええ、これも105円です。

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 実はこの類の本、思想書や哲学書は読まず嫌いで高校時代も殆んど読んでないんですね。思想?哲学?そんなもん邪魔臭くて...と考えていたので。ただ、歳取るとどうしてもそう言うものにも目を向けるべきかな、と思ってね(鹿児島哲学カフェの参加の理由もこれがあるのかも)。

 この本、読んでみましたが...極端に難しい内容ではなく、人生のちょっとしたTipsを紹介している、という事では非常に参考になりました。仕事柄人との交流の多い職種で有る我々は読み込んで参考にすべきではないのかな、とも思える言葉が結構出てきます。

 いくつか例を挙げてみましょうか。

 ・「天地は不動に見えて実はめまぐるしく変化している。昼夜の交替は絶え間ないが日月の光は太古より不変である。同様に、君子も平穏な時に乱を思い、忙しい時ほどゆとりを持たなければならない。」・・・変わらないと思っているものがいきなり大きく変化したり、変化すべきものが結局変わらなかったり、という事は実際多く有るもの。高齢者の健康状態とかまさにこれですよね。病状やADL、精神状態などをいくら把握して、予測していてもいきなり、という事も良くあります。普段からこのことを心掛けていれば、いざと言うときに慌てずに済むし、冷静に対処できる、と言ったところでしょうか。物事は常にシミュレーションしておくに越した事は無い。

  ・「偉大な功績をあげたところで...それを鼻に掛ければ帳消しになるし、極悪犯であっても...後悔の気持ちが生じた時自ずから成仏できる。」・・・行為=人徳、と言うわけじゃないということ。勿論人徳は大事ですが。成功にうぬぼれない事と失敗を反省する事。基本ですね。

 ・「はでやかな地位にある時は、山林に隠れ住むような趣がなくてはならない。山林に閑居いる時は、天下国家を収める気概がなくてはならない。社会的重責を担うものは名利にとらわれず、公平であるべし。庶民も無関心であってはならず、少しでも力を尽くすべきだ。」・・・今の民主党や官庁のお偉いさん方に読んでほしい一文では有るよね。山陰に隠れるどころか盗賊まがいのことを平然とやろうとしているわけだから。また、声を挙げられない人々は諦めずに声を挙げるべきだ、とも取れます。笑福会やもんじゅの活動もこの文章と併せて考えると、正しい活動で有るな、と思います。

 ・「書物を読んでも教訓を学び取らなければ、版木を彫るのと変わりない。役人になっても民草を愛さなければ、衣冠をまとった盗人だ。学問を講じても実践が伴わなければ生臭坊主の空念仏だ。事業に成功しても社会に還元しなければただのあだ花だ。」・・・木滑さん(現在Twitter上で喧嘩相手。あれで教職にいたというのもなぁ...)、1400年以上前の洪自誠さんから説教されてどうするんですか〜?あなたの発言は生臭坊主の空念仏そのものなんですが。それに役人の下りはまさに今の大阪市の問題と一緒に考えると非常に興味深い。この頃から役人の不正や汚職、と言うのはあったんだなぁ、と。そうでなければこんな事取り上げるわけがないのでね。

 ・「悪事をやりながら露見を恐れるものにはまだいくらか良心が残っている。自分の善行を吹聴したがるものは、善行自体に悪の芽を宿している。」・・・「私はボランティアに汗を流しています。おかげでボランティア団体への来客も増えています。どうですすごいでしょう」と自画自賛する人間を見かけることがあります(ええ、これも木滑さんです)が。自分自身、黙々とまっとうにボランティアやっている人間は評価してます。しかし、それを自分らの善行を周囲に言いふらしてその評価を求める、と言うのは全く評価しないばかりか、正直馬鹿としか思えません。この業界はボランティアが多く存在しているので色々見ていて思うのは、年々後者のパターンの人間や団体が増えていること(特にNTVの24時間テレビなどは最たるものだ、と認識してます)。偽善も善だ、と言い切る輩もいましたが、悪の芽生えた状態で後々どうなるか、を考えるとねぇ。それならまだ悪事を告白したり、失敗談を面白おかしく語る人間の方を信頼します。

...菜根譚には前編後編があり、前編は社会人向きな話、後編は社会人を引退してさてどうしよう、という方々向けになっています。この本は全てのエピソードを紹介している訳ではないので、もっとじっくり読みたいと思う方々はこちらのサイトを参考にして下さい。

 これからはこのブログでも少しづつ、仕事やネット上のことなどと併せて考えた事などを紹介して行こうと思います。でもなぁ...うちのブログでこういうのやるのもなんからしくないのかなぁ...別にブログ作ろうかなぁ....。

 ま、気が向いたときに少しづつのんびりと。

 これも菜根譚的な思想です。

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posted by y-burn at 11:25| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

所得だけの問題ではないと思います。

〜喫煙率・野菜不足…所得低いほど生活習慣に問題〜

 世帯の所得が低い人ほど生活習慣に課題がある傾向が認められることが31日、厚生労働省が発表した2010年の国民健康・栄養調査でわかった。

 仕事に追われてあわただしく、健康管理が難しくなっている可能性があるという。所得と生活習慣を結びつけた国の調査は初めて。また、喫煙率が調査開始以来初めて、2割を割り込んだ。

 調査は10年11月に実施され、3189世帯を年間所得が比較的高い「600万円以上」(構成比21%)と、中間的な「200万円以上600万円未満」(同56%)、低めの「200万円未満」(同23%)に3区分し、体形や食生活、運動習慣など7項目について男女別で集計した。

 このうち喫煙率は、高所得層では男性が27・0%、女性は6・4%だったが、中所得層では男性33・6%、女性8・8%、低所得層は男性37・3%、女性11・7%と、所得が低いほど高かった。1日当たりの野菜の平均摂取量も、高所得層の男性が293グラム、女性は305グラムだったのに対し、中所得層は男性276グラム、女性278グラム、低所得層では男性256グラム、女性270グラムにとどまっていた。(読売新聞より)
 これは実は簡単に解答できる話です。

 要は「低所得者には生活習慣を変えるだけの金銭や環境、心理的余裕が無い」ということ。

 経済的に言うと、同じ量なら肉を初めとする蛋白質の食品よりより野菜が高い、という事も結構有る話ですし、お惣菜を買ったりファミレスで食事をした方が同じ料理でも手作りより安かった、と言う話もある。

 ただこの調査が少しおかしいな、と感じるのは農村などはアンケートに含まれたんだろうか?と。身近に有る野良に近い野菜を引っこ抜いてきてそのまま料理しました、だけで生活している方も結構いるんですが、そう言う方はおおむね健康だったりしますけどねぇ。

 うちもその辺に生えていた大根抜いてきて根っこを出汁で煮て、煮えたら刻んだ葉っぱを入れて火を止めて味噌を入れる、だけで味噌汁作ったりしますが、これ三食食べるだけでおそらく高所得者の野菜摂取量余裕で超えるんじゃないかな?

 運動習慣なんて物は都会ならジムに行ったりウォーキングとかで習慣づけるものなんだろうが、そんなもん生活に余裕がないと出来る物じゃないわけ(中小企業で給料が安い、毎日午前様の人間が寝ないままジムに行く、とかどう考えても不可能)で、其処でどうしても健康に注意する事は二の次三の次になってしまうんだろうな、と思う。

 これをもっと大きな目で見ると、所得の少ない高齢者の生活は果たしてどうなっているのか、と考えると少し怖くもなります。

 現に昔在宅を見ていた頃あったんだけど、市からの弁当が無い日は差し入れも無く全く何も食べないで過ごす高齢者とか、毎日ご飯と味噌汁だけの差し入れで数年間暮らしてきた独居で盲目の高齢者とかいましたからね...。もちろんこちらがアプローチして環境は良くはしましたが、独居高齢者が増えるとそういった問題もどんどん出てくるかもしれない。大人に食育とはおこがましいのかもしれないけれど、ある程度の知識がないと健康で長生きはできそうに無いですね。ケアマネやヘルパーも、利用者のために食については深く学習すべきだと思います。

 金や名声だけで長生きできるものではないし、「俺は健康だ」と自慢している人間がころっと死んだり、病気がちで寝たきりなのに長生きだったり...人というものは正直分かりません。ただ、健康な食生活は元気で長生きする確率が上がりますよ、ということ。

 あ、でも仮に貧しくても工夫さえすれば長生きできると思うよ。ただネットに常時繋いで人の悪口ばかり書く輩は別な意味で長生きせんと思うけどな。

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posted by y-burn at 11:13| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まともな科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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