2012年01月29日

「禁煙」という「排除の原理」で今の社会を考えてみたら、左翼思想が出てきてだな...

〜ま、今日も笑って一服・・・〜

「我々は悠然とタバコを喫えばいい」─。タバコにまつわる色々が、フシギに卑小に思える“痛快放談”!


あらゆる不満のスケープゴート
─先生は昭和六十二年、『小説新潮』で「最後の喫煙者」という短編を発表されています。これは、健康ファシズムがいきすぎた恐怖社会で、喫煙者が国家的弾圧を受け追いつめられていく様子を描いたストーリーですが、当時から嫌煙運動の兆しを感じておられたんでしょうか?

筒井 それはよくわかりましたね。やっぱりタバコを喫う人間だから、ちょっとしたイヤミや嫌悪感をひしひしと感じるわけです。

しかし、「これはタバコとは別のことで怒っているんだな」という感じはありました。「タバコが嫌い」ということではなくて、ほかのことでイラついているんだな、と。それが今やもう証明されてしまいましたね。明らかにタバコが、あらゆる不満の“犠牲”になっている。「禁煙」という一点に人々のはけ口が集約されていますね。

いずれは『最後の喫煙者』(新潮文庫)と同じような状況になるでしょう(喫煙者差別が魔女狩りのレベルに達し、殺人・私刑・放火・脅迫がおこなわれる)。まだそこまではいっていないけれど、いずれそうなる。

─当時の禁煙運動の状況は?

筒井 アメリカで禁煙運動が勃興しているというのは知っていました。

そして、日本人のほうが徒党を組みやすく、マスコミやおかみの言うことは信じるんだから、アメリカがこうなっているなら、日本ではこれはもう戦争中みたいな騒ぎになるというのは、予測がつきましたね。

日本人は、偉い人のいうこと、世の中の風潮、体制に対して、右へ倣えが激しいですからね。アメリカは個人主義だから、それほど徒党を組まないんじゃないんですか。

─もともとタバコは個人の「趣味嗜好」の問題だったのに、いつの間にか「健康問題」になっています。


筒井 健康とまったく関係ないということが、医学的にこんなにはっきり証明されているのに、「見ざる聞かざる」を決め込んでいる。嫌煙者はやっぱりアホですよね。あっちが「喫煙は健康の害になる」という前提のもとでしか発言しないのであれば、こちらは「喫煙は健康とは無関係」ということを前提にして話すしかない。

ただのアホなら許せるけれども、嫌煙権論者はヒステリックでしょう。彼らと公開で論争するなんていう、そんなバカなことをするのは実に無駄なことでね。まあ、そういう時はむこうにギャーギャーわめかせておいて、こちらは悠然とタバコを燻らせていればいい(笑)。

面白いのは、嫌煙権論者にはまともな文章を書く論客が乏しいことです。反嫌煙権の論客がきちんとした文章を書いているのに対して、彼らはデマや誤った統計によるスローガンを金科玉条のように繰り返すだけ。略してキンタマです(笑)。

それに彼らは、公開討論しようとか、あるいは新聞社にFAXを送りつけて他のFAXが入らないように妨害しようとか、ギャーギャー電話をするとか、すぐにそういう暴力的なことをする。日本のヒステリックな嫌煙者には戦時中の大政翼賛会みたいな、独特なものがありますね。


タバコは人を穏やかにする
─いまの禁煙運動は本当にファシズム的です。

筒井 言論の自由をとってみても、ほんとは新聞なんかがその代表なんだけど、新聞がそもそも愛煙家の言は載せない。載せると大変なことになってしまう。これは戦争中の大本営発表だけを載せるという、それと同じことですよ。まあ私は新聞の読書欄にそれとなく書きましたがね(笑)。

嫌煙権論者の意見は載るけれども、われわれ喫煙者の意見が載らない。マスコミが嫌煙権運動に同調している以上、喫煙は「悪いこと」に決まっているのだから、どんなに差別的なことをしてもかまわないと思っている。これに対しては何を言っても無駄だし、もう、どうしようもない。

─タバコの問題は、今や「善悪論」にまでなっています。相撲賭博の問題をみても、政治家叩きをみても、同じ匂いを感じます。

筒井 別に相撲取りがバクチをしたってかまわないじゃないんですかね(笑)。昔から、バクチくらいはしていますよ。ヤクザの集団には、必ず相撲取りがひとりかふたりついていたもんです。

現代社会の基本原理は、「排除の原理」です。これが、禁煙ファシズムにも、相撲賭博問題にも、政治家叩きにも出ている。喫煙者や相撲取りをいじめ、政治家を罵倒して痛快さを味わっている。生きた人間をいたぶるのは、嗜虐的な快感があるし、皆がやっているんだから罪悪感を感じなくてすみます。「正義」と「善」を振りかざして、嬉々としている。

最近出した『現代語裏辞典』(文藝春秋)の項目では、【善悪】について、「どちらか一方は小人物。同居させているのが大人物」としています。

─嫌煙権論者は今や相当な影響力です。

筒井 この『愛煙家通信』は、基本的に愛煙家が読むだけだから、喜んで手紙も寄越すでしょうけど、かつて『文藝春秋』に養老孟司氏と山崎正和氏の対談(「変な国・日本の禁煙原理主義」二〇〇七年十月号)が載ったときは、文藝春秋への抗議がひどかったらしい。

喫煙させている店があると、昔の憲兵みたいに嫌煙権運動をしている人が押しかけていって、「この店禁煙しろ」とギャーギャー言う。そしてシラミを潰すようにひとつずつ「この店禁煙、この道路禁煙、この区内全部禁煙、ホテル内全部禁煙……」と禁煙網を拡げていく。楽しんでますよね(笑)。

ところがそんな状態になっても、タバコを喫う人はギャーギャー言わない。皆おとなしく言うことを聞いている。それは何故か。彼らが「タバコを喫うから」です。タバコは人間を穏やかにして情緒的にするんですよ。だから、これほどまでに露骨な喫煙者イジメ、喫煙者差別にも耐えていく精神的余裕をもっている。

それは嫌煙権論者の性格との対比でもはっきりわかるし、これからますますはっきりしてくると思う。嫌煙権者もタバコを喫えばヒステリックでなくなるのにねえ(笑)。

ただ、この禁煙ファシズムはどうにもならないね。戦争中だって、「この戦争は負ける」と思っていた人は沢山いたのに、誰も何も言わなかった。この戦争が自分達の国を滅ぼすとわかっていても、何も言わないで、しかたがないと思っていた。

禁煙運動も、一度何か大きな事件でも起きて、どえらい騒ぎになるまでは収まらないでしょうね。


「犬と喫煙者立入るべからず」
─「タバコの害」も過大に喧伝されていますね。

筒井 例えば、東京の多摩川の河川敷で、みなバーベキューをやって、ゴミの山を築いて帰っていきますが、役所がその処理に何百万もかけています。タバコをポイ捨てしても、何百万もかからないでしょう。それに、公共の広場でタバコを喫っても誰も死にませんが、公共の広場でゴルフをしている人間がボールを人に当てたら死にますよ。

タバコを喫って暴れる奴はいないけど、酒を飲んで暴れる奴はいる。飲酒運転をして事故を起こす奴もいるが、喫煙運転をしての事故はなかった。なのに今は乗客にまで禁煙させる。

─『最後の喫煙者』では、「犬と喫煙者立入るべからず」という公園の看板に、主人公が怒りにうち震える場面がありました。喫煙による犯罪発生率は低いと言えるのに、なぜこんなに迫害されるのか……。

筒井 南アフリカのマンデラさんは、白人と黒人の宥和政策をとったでしょう。あれは偉いですよね。自分が白人からひどい差別をされてきたのに、いざ自分が大統領になっても逆に仕返しをすることはなかった。あの人は本当に偉いです。

アパルトヘイト下で、白人と黒人とを分けたでしょう。混血児も「Colored」といって、黒人の仲間に入れた。しかし、日本人だけは「名誉白人」といって、白人の仲間に入れたんです。だから、結局金持ちはいいんだよね(笑)。

喫煙者だってそうですよ。新幹線がタバコを喫えなくなった場合でも、僕なら大阪までハイヤーを飛ばして、中でタバコを喫いますよ。タバコの税金があがって、一本千円になろうが、一万円になろうが、タバコを喫ってたら大威張りですよ。「俺がどんだけ税金を払っていると思うんだ」ってね。

一般の人はそれができないから可哀想だけど。

僕は嫌煙権論者は、それが例え大臣であろうが、一種の“神経症”だと思いますね。神経症の一種で「肛門愛」というものがある。これは、幼少時にトイレのしつけを厳しくされた結果、几帳面、清潔好き、整理整頓、時間厳守とか、礼儀作法にうるさいとかの性格が形成されることを言うんです。

だから僕にとっては、「禁煙」「禁煙」という厚労相なんかは、「ウンコのオッサン」なんですよ(笑)。嫌煙権者はみな「ウンコのオッサン」です。「タバコの煙が嫌い」という女性は、みんな「ウンコのネーチャン」だし「ウンコのオバハン」だしね(笑)。

でもね、いかに清潔清潔と言ったって、昔は家の床の掃除にしても、雑巾で拭いていたわけでしょう。今は掃除機でゴミを吸う。便利になって、本当は逆に不潔になってきているんです。機械まかせのために「清掃」という観念が薄らいできている。

現代人は子供の時から、汚れた服は洗濯機、汚れた食器は食器洗い機と、だんだん清潔という観念から、本当は遠ざかってきているんだね。


“個”で喫煙権を主張する
─今は、しっかりした価値判断をもっている人間しかタバコを喫わなくなってきましたね。

筒井 嫌煙権論者は群れをなして来るわけですからね。けれど、こっちだって群れをなそうと思えば、できないわけじゃないですよ。喫煙者の我慢が禁煙ファシズムを助長しているとも言える部分はある。

例えば、映画の悪役っているでしょう? あれだけを集めて、マフィアみたいな格好をさせて、三十人くらいでタバコを喫いながら、千代田区(区内全域を路上禁煙地区に指定している)を歩かせる。恐ろしくて取り締れない(笑)。


あるいは、イタリアから金を払って本物のマフィアを呼んできて、葉巻くわえて百人歩かせるなんてのも面白い(笑)。条例では逮捕されないからね。(※千代田区の「生活環境条例」違反者には罰則が適用〈過料二千円〉)

禁煙タクシーには乗らない、禁煙のレストランには入らない、分煙のレストランを避ける、禁煙の建物には入らない……とか、“個人の反逆”として、ちょっとしたことだけど、ヒステリックな嫌煙者を刺激せず、目立たない形で喫煙権を主張することはできます。

先日、『現代語裏辞典』の出版打ち上げを、フランス料理店でやったんですが、そこが「全店禁煙」だったんです。

僕の担当者が、その店が禁煙なのか、喫煙できるのか、確かめないで私を招待したんだね。

というのも、私の担当編集者連中がタバコをやめたからなんですよ。会社が分煙になって喫煙所ができたんだけれど、それがいやでやめてしまった。できた喫煙室は「ガス室」と呼ばれていて、「ガス室行ってくるわ」と言うらしい(笑)。

禁煙してから彼ら元気がなくなりましたよ、可哀想に(笑)。

僕は料理を食べている間はタバコを喫わないけれど、一区切りついたデザートの前あたりには喫いたくなるでしょう。

そこが禁煙というのは知っていたけれど、「無意識に喫った」みたいな顔して喫ったんですね。そしたら従業員が灰皿を持ってきて、「すいません。店内は禁煙です」と言うから、こちらは「殺さば殺せ」とか言ってね(笑)。

二度目に「すいません」と言いに来たときは、「ま、もう一服だけ」なんて言いながら、二服三服喫って、ほとんど喫っちゃった。そういうふうに“個人の戦い”はできる。

この間も、孫を連れて静岡の川奈温泉に行ってきたんです。途中、熱海で乗り換えるんですが、熱海駅は新幹線のプラットフォームにも、伊東線のプラットフォームにも喫煙場所がない。

それで私は、伊東線のプラットフォームで喫ったんです。そしたら清掃係のおじさんがやってきて、「ここ、禁煙ですよ」というから、「どこで喫えるんですか?」と聞いたら、「外かな…」って。「外へ出たら入って来れないじゃないか」ってね(笑)。

それで、なんやかんや言いつつ一本喫ってしまいました。だから皆がそれをやればいい。「条例違反だ」と言われたら「で、どうするんだ、逮捕するのか」などと押し問答しながら一本喫っちゃうんです。喫えますよ(笑)。


タバコは十六歳から
筒井 私は高校で演劇部に入ったんですが、芝居がうまいからとすぐに舞台に出させてもらえたんです。森本薫の『華々しき一族』でした。そこで演じたのが、タバコを喫う役でした。いちばん前の席の校長がいやな顔してたけど(笑)。

だから、十六歳のときが喫煙のはじまりですよ。そして七十五歳の今でもなんともない。何ともないどころか、むしろ健康です。

カミさんとも、四十五年来のつきあいですけど、私の横にいて何ともないですしね。むしろ本人も伴侶もタバコを喫わないという人がたくさん肺癌になってる。

私が八十歳、九十歳になったら、「先生、健康の秘訣は?」なんて聞かれると思うけど、答えは「酒とタバコ」ですよ。ストレスがあるっていうのが、人間には一番の病気の原因ですね。ストレスがあると人間いっぺんに老けますよ。だから私はバカなことばかり考えて、ストレスのない生活を送っております(笑)。

今は日に二十本くらい、「VOGUE」のレギュラーを喫っています。昔は缶ピースでしたがね。

─最近、映画でも喫煙シーンがないですよね。昔は、映画の中でいい喫煙シーンが沢山ありました。

筒井 無声映画時代からありますよ。ピーター・ローレが主演で犯人役をやった「M」という映画もそう。警察の捜査会議の場面があるんですが、警部とか警部補とか署長とかが全員葉巻を喫って、もうもうたる煙の中で話をしている。昔はあんなものだったんでしょう。タバコには神経の苛立ちや感情の昂ぶりをしずめて、頭の回転をよくする効果がある。

どうやって犯人を捕まえようかという、難問を解決するための長時間の会議には、タバコは必需品なんですよ。昔の新聞社の編集会議だって同じようなものでしょう。最近、新聞の社説やコラムがつまらなくなったのは、新聞社の会議室からタバコが追放されたからだと思います。

あとは『恐怖の報酬』だね。男がタバコをくわえて運転していたら、くわえていたタバコがぴゅっと飛んでから、前の車が爆発をする。爆発音はあとから聞こえる。あれはよかった。

『最後の喫煙者』がテレビドラマになって、僕も出演しました。主人公が国会議事堂の天辺に追いつめられる最後の場面は、さすがに撮影許可が出ないので、「最後の喫煙者」である主人公が剥製にされ、タバコを喫うポーズをとって口から煙を吐いているシーンになりました。

─このまま禁煙運動がすすむとどうなりますか?

筒井 昨日までタバコを喫っていて禁煙した人が、タバコが喫えずにイライラして、他人の喫っているタバコを取り上げるようなことだって起きるかもしれない。そうしたときに、いくら喫煙者がおとなしいといったって、どんなことが起きるかわかりません。あるいは、ヒステリックな嫌煙者が、タバコを喫っている人間を刺すということも考えられる。そうなったらもう「戦争」ですよね。やっぱり殺人というのが一回か二回あるかもしれない。

─ニューヨークで全店飲食店が禁煙になったとき、タバコをめぐる口論で門番が撃たれる事件がありましたね。

私をJTの社長に
筒井 この禁煙包囲網に対しては、がんばるとかなんとかという問題ではないんだけど、「好きにやりましょう」ということですよ。好きに喫っていればいい。ギャーギャー言われても、腹を立てない。われわれはおとなしいんだから、笑ってタバコを喫っていればいい。

タバコの喫えない所へは行かなければいい。勤め人はそういうわけにいかないけど、ただそういうときでも、喫おうと思えば喫えますよ。「タバコの喫えるところはないか?」と聞けば、嫌煙権者以外はみんな親切で、同情して教えてくれたり案内してくれたりする。

─最近は奥様が家庭内で禁煙活動をしている所もあります。

筒井 夫婦のことだから、それは夫婦内で何とかしてください(笑)。

─反喫煙運動の黒幕は?

筒井 敵ははっきりしています。自動車業界とアルコール飲料業界ですよ。

嫌煙権運動の発祥であるアメリカでは、自動車産業が自分たちに有利な政策を容易に政府に強制することができる。自動車産業に対する批判、例えば、排気ガスによる地球温暖化とか、公害による喘息疾患、交通事故なんかから大衆の眼をそらさせて、嫌煙権運動に誘導している。タバコをスケープゴートにしているんですね。

自動車によって人類が滅亡することはあっても、タバコの煙で人類が消えていなくなることはないからね。もしそうであれば、とうの昔に人類は絶滅していますよ。

また、アルコールによる中毒症だとか、依存症、犯罪だってタバコの比ではありません。アルコールを一気飲みした若者が急性アルコール中毒で死ぬことはあっても、タバコの一気喫いをした若者が急性ニコチン中毒で死亡した例はありません。酔っ払いが電車内で婦女子にいたずらをしたり、乗客にケンカをふっかけたり、悪臭漂う反吐を吐いたりしても、タバコのために喫煙者が婦女子にいたずらしたり、社内で反吐を吐いたりすることはない。

そして本来であれば、その実態を指摘する役目を担っているマスコミが、それを言わない。自動車業界、アルコール飲料業界は、大きな広告主だからね。

行動分析学というのは、「いかにしてタバコをやめさせるか」なんてことをやっていたんだけど、そのいちばん偉い先生が酔っぱらいのせいでプラットホームから落ちて死んじまった。「いかにして酒をやめさせるか」を研究すべきだったでしょうね(笑)。

─タバコの警告表示も、だんだん内容がエスカレートしてきています。

筒井 JTは「喫煙は肺がんの原因の一つとなります」「心筋梗塞の危険性を高めます」と、自分のところの製品の悪口を言っている。自分の企業の製品の悪口を言うなんて、そんな会社がどこの世界にありますか。気がおかしい。

僕を、JTの社長にしないかな。社長になったら「喫煙は健康の害になります」なんてメッセージ、取っ払いますね。何もWHOの言うことを聞くことはない。

それで、あのスペースをどうするかというと、「喫煙キャンペーン」「反禁煙キャンペーン」を打つ(笑)。

「タバコは情緒を豊かにし、精神を安定させる効果を持っています」

「自動車は人間の健康に害があるばかりでなく、人類滅亡を招く危険物です」

「お酒の飲みすぎは健康を害し、他人に迷惑を及ぼし、犯罪を招く恐れがあります」

嫌煙権者がかんかんになって怒って不買運動はじめるかもしれんが、痛くも痒くもないもんね(笑)。


タバコが原稿を書かせる
筒井 近所のスモークバーには、ときどき行くんですが、葉巻を喫うと、葉巻用の灰皿を持ってきてくれるんです。そういう天国のようなところがある。世の中こうなってくると、どこかに喫煙者にとっての“天国”のようなスポットができてくるでしょうね。乗客が減ってくると日航や全日空が争って喫煙室を作る、客の奪い合いで飛行機と競争して新幹線は喫煙展望車を作る(笑)。

─これだけ「禁煙」「禁煙」と騒ぐと、普通の人は思考が停止してしまうのではないでしょうか。

筒井 思考能力の低下がとくに激しいのは、以前タバコを喫っていて禁煙した人たちですよ。やたらヒステリックになって、人がタバコを喫っているのが我慢できなくて、ギャーギャーわめく。あれは一種の精神異常ですね。自分もこの間まで喫っていたクセに、やめたとたん、禁煙によるストレスを嫌煙権運動で発散させている。

タバコをやめた連中は、きっと長生きしてゲートボールしたり、行方不明になりたいんでしょう(笑)。でも恐らく短命なんじゃないかな。

僕は高齢者の行方不明というのは、実はいいことじゃないかと思うんだよね。昔の「姥捨山」は子供が親を捨てたけど、子供には迷惑をかけたくないと、自分からいなくなる。

僕も万が一、百歳まで生きていたとしたら「年金は一年くらいならもらっておけ」「私のことは探すな」と言い置いて旅に出る。格好いいでしょ(笑)。

─先生はすぐ見つかりそうです。

筒井 百歳になればもう忘れられてますよ。

─「タバコ依存」という言葉にしても、人は何かしらに必ず「依存」しているものです。「依存=悪」という図式はおかしい。

筒井 人間はまず仕事に依存しないと、食っていけない。その証拠に、仕事をやめたらすぐに死ぬ人が多いでしょう。

僕のことを言えば、本当にありがたいですよ、ふつうは六十歳で定年なのに、そこから十五年、こうして仕事はいっぱいあるし、こういうインタビューも次々依頼してきてくれますしね。普通なら定年後十五年もしたら、ボケてきますよ。

古井由吉氏に言わせれば、小説家は書くことがなくなってからが勝負だそうですよ。丸谷才一さんなんかは、作家は八十歳になってからだ、なんて言っています。そうかもしれんね。何も欲望がなくなって、真実が見えてくるというのはありますからね。

─タバコは創作活動を、高める効果がありますね。

筒井 タバコを一日百本喫っているという作家がいるでしょう? あれはタバコが原稿を書いているんだと悪口を言う人がいます。じゃあ、あんた一日百本タバコを喫って、この人以上の小説を書けるかといえば、書けないでしょう?

クスリも同じようなものかもしれませんね。昔は麻薬をやっている作家がたくさんいて、「麻薬が小説を書かせている」なんて言う人もいたけど、麻薬を喫って同じような小説が書けるもんじゃない。大傑作ばかりだもの。

─これからの喫煙者は、ある意味ユーモアをもって、まわりの強い風当たりに対処していく必要があるんじゃないでしょうか?

筒井 あのね、どんなにユーモアを交えて話しても、「ウンコのオッサン」「ウンコのオバハン」にはそんなユーモア、通じないんですよ。かえってその方が怒ります。こちらが笑えばかっとするんです。だからといって、こちらまでヒステリックになってはいけない。もっと笑えばいい。

あのねえ、この年になるともう、怖いものがなくなってくるんです。「殺さば殺せ」じゃないけど、死ぬのが怖くなくなってくる。それはつまり、セックスの欲望がなくなるということです。リビドー(性本能)が低下すると死ぬのが平気になる。皆さんもそのうち死ぬのが平気になって、盛大にタバコを喫えるようになりますよ(笑)。

 すいませんねぇ。暫くFacebookで遊ぶ癖がついたらブログがおろそかになってしまった。

 また別の記事で書くけど、結構な有名人とお友達になって充実してますので...。もしこのブログの読者でFacebookにアカウントがある方はメールでお知らせ下さい。お友達になりましょう。

 さて。

 ブログ再稼動一発目で持って来たかったネタ。以前も筒井さんのタバコに関する文章はこのブログで紹介してますが、以前から自分自身がネット上で経験してきたことと妙に絡んでいるな、と思いまして。

 筒井康隆氏の作品は結構好きで読んでいるし、最後の喫煙者は高校時代に読んでます。非常に筒井さんらしい作品だ、と当時から思ってました。 

 自分自身喫煙者でもある(1日20本ぐらいゴールデンバットにフィルター付けて)んですが、禁煙運動のこの過激さはなんだろう?小学校でアホなこと教えてるなぁ、おかげで甥っ子から「ガンになるんだよ」と突っ込まれては「ふ〜ん、だったらガンになる理由を400字詰め原稿用紙10枚以内にまとめて提出しろ!内容によってはノーベル賞で一億円もらえるから」と突っ込み返している(あくまで冗談ですよ、と書いておかないと輩どもが発狂しますので...)んだがなぁ、と常日頃思っていたのですが、さすが日本の文壇の大御所筒井康隆さん、一発でこの状況を説明してます。

 身の回りが清潔(物理的、と言う意味だけではなく)である事が行き過ぎ、一種の神経症になってしまうと他人の行動にまでいちいち口出ししないといけない状況になってしまう。その事柄に歴史や文化、哲学があろうともそんな事は関係ないわけです。

「○○は悪い事だから、社会全体で管理しなければいけない」...ええ、余計なお世話ですよ。もうその言葉の裏にはなんか赤いものがちらついている。

 そりゃね、もし本人の命や存在に危機があるレベルであるならそういう働きかけは必要だし、元々自分の仕事もそういうことだ。しかしわざわざそのレベルでない人間に対して国や自治体が干渉するのがまともな民主主義かね?

 医療費の問題云々で反論する人もいるけど、これも正直に言うなら、
「タバコと肺気腫の関連性はいざ知らず、タバコと肺がんの関連性は未だに完全に証明されていない」
訳だから。うちに来る音楽の先生、未だに日に20本以上の喫煙をするヘビースモーカーですが、83歳でも青年の如く矍鑠としていらっしゃる。肺に関する病気は全くされてない。
 また、大きな病院なんかでは禁煙薦めるべき医師が裏の喫煙所で隠れつつタバコふかす姿が、なんてのも結構ある話です。嘘だと思うなら鹿児島大学病院の喫煙所をみてみ。堆く積まれた吸殻が凄い状況だから。

 2chで喫煙者だからケアダメは、とかぬかす連中は医学的な誰でも納得できる医学的な論文でも書いているんだろうかね?と言うか見せてみ♪もしそんな論文あったら簡単にノーベル賞取れますから。人バカにする前に論文発表して1億円貰って来いや。ずっと幸せな生活送れるだろ。

 ま、持ってこれないだろうけどね〜。

 ...結局禁煙運動=排除の論理である、と筒井さんは言っている訳ですが、これ、今の社会にとってはタバコだけの問題では無い気がします。

 例えば「橋本市長=ハシズム」や、「竹原さん=独裁者」と断言する輩ども(しかもそれが日本全体の20%にも満たない事が最近判明してますが)なんか、まさしくこの文章で言われている「ウンコのオッサン」「ウンコのオバハン」ですわね。禁煙運動者と地方自治に物申す輩どもには本当に良く似ている図式があって、

・ある事象について、そうなった原因が本人やそのもののみに存在する、と信じてやまない。具体的に言うなら、その原因の前に何があってこのようになったのか、という事に気が全く回ってない。要は今その現象だけで全てを判断している事。

・「多様性を認めてない」と言う論調ではあるが、それ言っている本人自身に多様性が全く存在しない事。

・ユーモアの感覚がない。人のギャグをマジにとってそれでバカにするのを見て、駄目だこいつら、と思わざるをえない。

・難しい言葉で人を混乱させる事が大好きであること。「私は誰にでも解る文章で本を書く」と言われていた一万円札の中の人が草葉の陰で泣いていると思います。

 こういった特徴がある。

 実は以上のようなキャラクターはうちらの業界には全くと言っていいほど向いていない。人生の歴史を紐解く事でその人らしい生活が何か、のヒントになるから過去の事象も調べなきゃいけないし、多様性が無いと個別処遇は無理。ユーモアの感覚のある無しで職員がどういう人か、と判断される事も多いし難しい言葉で自分を飾るのは利用者からも同僚からも嫌われる。

 逆に言うなら、これを排除できる介護職はそれだけでも他の介護職の一つ上をいけそうな気もします。

 こういった排除の論理を振りかざす人間の行きつく先が、以下のような「嫌な意味で赤い」キャラクターなのかな、とも。あ、ある人が言ってましたね、上のような特徴を持つキャラクターは公務員系の労組加入者そのものだ、とも。


バカでもわかる左翼

   「ぼくがかんがえたりそうしゃかい」

 人々がみな平和で幸福であればいい。それが私の理想です!

 ……なのになぜ、金持ちや権力者は楽々暮らし、弱い人は置き去りにされるのだろう。
 世の中の不公平は全てなくさなければいけない!
 資産は個人が持っちゃいけない! みんなで共有してみんな平等な世の中を作るんだ!

 そうだ! 世界中そんな世の中にすればみんな幸せになれる!
 そうすれば国境なんか簡単に越えられる!
 国家がなくなれば戦争もなくなるぞ! 人類は進化してるんだ!
 きっとそんなふうに文明は進歩していくに違いない! 私たちは進歩的文明人だ!

 ……なに? こんなすばらしい考えに反対するやつがいる?
 けしからん! そんな発言は許すな!
 今後、私の許す言論以外は発表を禁ずる!
 この素晴らしい理念を実現するためにはどんな手段も正当化される!
 邪魔な奴は殺しても構わん! 殺せ!
 安心はできん。きっと内部にも裏切り者がいるに違いない。
 おまえだな裏切り者は! お前もだろう!

 みんな粛清だーっ!

――20世紀にこのようなカルト思想が全世界の半分を席巻し、1億7000万人の犠牲者を出した。

そのカルトの名は社会主義。マルクス主義ともいい、より急進的なものを共産主義という。
そしてその信奉者を『左翼』という。


 何の事はない。左翼や自治労や日教組は禁煙論者と同列、いやそれ以下の「ウンコのオッサン」「ウンコのオバハン」な訳。以前Twitterでおいらをバカにしたり、今もしている連中も全く同じ。潔癖で純情真っ直ぐで、って言うのは小説の中ならまだいいけど、実際の社会では...。

 実際問題政治的に橋下市長などに突っかかっている連中は左翼思想を持つ人間が多い(最近橋下市長に逢ってもいないのに病名つけて話題になった香山リカさんとかも典型的ですね)ことからしても、排除の論理はとても民主主義とは思えないし、少なくとも自分自身の信条からは程遠いものです。

 意見を多数決で排除するのではなく、賛成反対の意見を時間をかけてでもすり合わせるのが本来の民主主義。今の地方自治が民主主義ですか?と聞かれてもその答えはNO、と言わざるを得ないでしょう。議会が市民の為でなく、ある特定の思想を持った役所職員が外圧をかけて...なんてのは論外ですし、それで市長になって何も波風立ててない、これがまともな市政運営なんて本来の民主主義ではあり得ない話でしかないでしょう。

 独裁、では無いけど彼らの言う独裁的な地方自治については、今のお遊戯的な議会であるならこの方法もやむなし、と言った所でしょうか。橋下さんの今の政治形態は民主主義に至るための一つの通過点、とも捉えられませんかね?

 ところで。

 ...共産主義と言う思想の最大の弱点、それは人間の本質が何かを知ってないもしくは目をつぶってみようとしない、ということ。

「人間は 欲に手足の ついたもの」

 江戸時代の川柳ですが、これほど人間の本質を突いた文章を自分は知りません。現に共産主義国のトップは「赤い貴族」だったわけで、市民に本来分け与えるべき金を独占していたわけだし。

 その欲が自分だけでなく他者にもいい影響を与えるものならそれを否定すべきではない。欲があってこそ、人生自体がエキサイティングに、また毎日が楽しくなるし、目標や希望を持って生きていく事も出来るわけですからね(ただそれに正しい間違いはあるとは思いますが)。

 欲を否定する、と言う事。この事象だけで共産主義や左翼は信用できません。また、狭い視点だけで排除の論理を振りかざす輩はある意味左翼的思想を持っている、と言い切ってもいいんじゃないのかな。

 これ言い出したら、ケアプランのNeedsなんてのは「本人を自立支援出来るようにするために、どんな欲を使うのか?」そのもので計画組む事もあるしね。いや〜、何て民主主義なんでしょう。

 ....本題に戻りましょう。

 こういう輩どもにとっては排除の論理を推し進めていくとどうなるか?と言う考えもないんだろうなぁ、と思います。その行き着く先はユートピアでもなんでもない。

 RUSHのアルバム「2112」で歌われていた「シリンクスの寺院で偉大なるコンピュータの前でお告げを聞いている司祭達、それで動かされる一般市民。音楽と言う過去の財産を発掘した若者は排除する!」...こんな社会、お望みなんでしょうか?

 少なくとも、おいらは嫌です。そんな社会だったら世捨て人にでもなって自然と共に生きる方がどれだけ楽しいか、と思う。

 ま、今年もどんどん誹謗中傷していただければ。ただ、カスみたいな輩がまたやってるんだ、と突っ込んで、面白いものはFacebook上でネタとして共有させて頂くだけですから...。

 ...という事で、今年になってもう一月近くなりますけど、宜しくお願いします。

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posted by y-burn at 12:31| 鹿児島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月23日

数年来の自分の考え方が正しかったかどうか検証に阿久根まで行って来ました

 きっかけは「阿久根二十日会」をやります、と言う竹原えみ議員のブログ。

 先月は丁度哲学カフェと被って参加できず、でしたが、今月は21日が早出で、4時終わりなら車で走れば7時には間に合いそうだな、と思って。片道約80kmと(実は都城に行くより遠い計算になる)かなりの距離ですが、まぁ、行って見りゃなんとかなるかな、と。

 それもありましたし、自分が少なからず支持している人間と直に逢って話をして見たいな、と言う事もあったし、仕事上の営業(ま、分かるでしょ)も兼ねて、と言う事も込みで、入浴介助後速攻で阿久根まで自家用車で突っ走ったわけですよ。

 気合入れすぎたのか5時半には既に道の駅あくねに到着。そこでTwitter友達の女の子と少しだけだけど話して(実は彼女も反竹原派からの相当な嫌がらせを受けていた過去が。20代前半の可愛い女子を竹原支持だから、というだけでネットでいじめる...連中の腐った人格が分かるよね)そこから更に20km以上先にある三笠を目指して...

 阿久根市街は2年ぶりに通ったけど、小学校の土手以外のあくねアートはまだ健在でした。清田先生の仕事がまだ息づいているのはなんか嬉しい。あとこれは...と思ったのは、串木野もかなりのもんなんですが、パチンコ屋が多い。港町にパチンコ屋が多いのはどうも鹿児島の特徴らしいんですが、A-Z以外の町並みが暗めであるが故、どうしても目立つし、又下品でもある。食の街阿久根を目指すのであれば三号線沿いのパチンコ屋は潰して食の関連施設などを作っていくべきじゃないのかな?

 こういう事を言うとまた某所で「自分の好き嫌いで判断」とか突っ込まれるけど、逆にパチンコの「利」が何なのか、箇条書きにして400字詰め原稿用紙3枚以内で明日までに提出しなさい。話はそれからだ。

 確か阿久根のコメリの隣だったよな...って、あら、6時過ぎには着いてしまったわ。

 ほぼ同時にえみ議員が到着し、挨拶。いや〜凄く人懐っこい、笑顔の素敵な方だなぁ、と言う印象。そこから十分過ぎて竹原さんも到着。少し話して思ったのは、「ああ、この人、マスコミやネット上で話されているキャラクターじゃないし、この人を自分が支持していたのは間違いじゃなかったんだな」という事でしたね。愛媛に帰郷されていた仙波さんは少し遅れる、と言う話でした。

 一つだけ突っ込ませていただくと...あの〜さつまさん、竹原さんのどこがシャイなんですか?逢って数分話しただけで、おいらと政治漫談ネタ合わせしないで出来そうなキャラじゃないですか。

 6時半過ぎからわらわらと人が集まり始め、約30〜40名の方が時間である7時には来ておられましたね。殆んどが60〜80歳の阿久根在住の高齢の方々でしたが、中にはおいらと同い年ぐらいと見受けられる男性や、いちき串木野市から来られた男性もいました。前回は市外からの参加者は殆んどいなかったようなので、それだけでも双方に価値はあったのかな、と思います。ただ、竹原派と呼ばれていた議員さんたちの出席はなし。現在、えみ議員は派閥とかに加入せず、孤立している形のようです。悲しい事ですが。

 内容は竹原さんが大阪市長選についての話をされたり、えみ議員が現在の阿久根市議会で行なわれている内容報告、糸島市での研修の話、8時から参加された仙波さん(熊本で乗っていた車がオーバーヒートで壊れたと言う話)は結構な爆弾話、原発と阿久根の関係について、などと2時間あっという間。来られた方々もおとなしく聞いているわけではなく、「うんにゃ、そんたいかん」「じゃっどなぁ」「反省せないかんどなぁ」等と皆声を出して相槌を打ったり、笑いが絶えないような。反竹原の連中がいう所の「宗教的な集まり(いや、本当にいるんだよ)」じゃなくて、「近所のお茶会が少し大きくなったかな?」と言った様相。お三方と阿久根の地元の方々との結びつきのすばらしさを感じましたね。第三者としてみて少しうらやましくも感じました。

 反竹原派の皆さんに於いては、笑いの絶えない会合のどこが尊師の言葉を聞く宗教的集まりかどうかもう少し考えたほうが良いと思いますけどね。新興宗教のああいった会合では基本笑いとかないから。それでも宗教だ、というなら申し訳ないが世間を読む力不足、と認識せざるを得ない。

 その話の中で面白かったのを少しだけ紹介すると...。

・介護の世界ともリンクする話なので。

 我々ケアマネージャーの作るケアプランはアセスメント〜プランニング〜プラン遂行〜モニタリングの循環で成り立ってます。これを一般の会社や役所、議会で行っている物になるとプラン〜ドゥ〜チェック〜アクション、PDCAと呼ばれるものになるわけですね(ん?ちょっと苦しいかな?)。これが阿久根の現状の議会や役所では全くなされていないのが現状である、と言う事でした。最もこれは阿久根だけの話では無いと思いますが。又、自分達は出来ていないのにケアマネージャーにはそれをやれ、やったかどうか監査する、やられて無ければ返納だ、と言っているお役所は自分で出来ない事を人に押し付けて、なんかおかしくねぇか?と思いました。それを発言したら、竹原さんは「いや、お役所とはそういうもんだ」と一言。PDCAを完璧にこなす役所職員なら、そもそも阿久根や大阪や名古屋のような事は起こっていないわけで、そのあたりは反省すべきことなんじゃないのかなと。最も我々もそうですけどね。この流れをスタンダードにする事も私たちの仕事なんだ、とえみ議員はおっしゃってました。

・仙波さんによるかなりの爆弾話。

 竹原さんが市長時代に民間採用した課長職(話では大河原さんの事では無いようなんですが)の一人をどうしても辞めさせたい職員(係長職)がいて、実行に移したようです。それがねぇ...市の実印を勝手に持ち出して決済書類に印を押したと。いや、おかしいだろ。で、もっと問題なのは西平現市長はそのことを知らない。竹原さんに言わせれば「西平市長もある意味被害者なんですよ。一部の市役所職員にいいように使われているだけだから」...以前阿久根アートの決済書類がネットに流出してさも知ったかぶりが「この書類はおかしい」などとコメントしていたこともあったけど、それ以上の問題ケースですね。もしばれたら議員や役所職員の首が数個すっ飛びかねない大事になる、と言う話でしたが....

 はい、ここでばらしましたwww。

 勇気あるマスコミの方、詳細はその全ての流れを熟知している仙波さんに聞いて下さい。面白い記事が書けると思いますよ。

・笑い話。ある阿久根市の市役所職員が民間の方から責められて窮地に立ったときの捨て台詞、と言うのを紹介して貰いました。
「わいたちゃ、組合に言うでな(お前達、組合に言ってしまうからな)!」
...いや、言ってそれが果たしてどうなるのか逆にお聞きしたいんですが?

・これは会が終わった後に竹原さんと2人で話したこと。竹原さんが最近「日本の論点」と言う本に寄稿しており、こういったことを書かれています。
「...議員も首長も、自分達が給与を決めているという感覚はなく、税金を取られる住民の痛みを感じることもない。そして「官僚の気持ちに沿う自治体にすることが、より多くの補助金を得る道であり、官僚とのパイプを太くするのが政治家の仕事」と本気で考えています。つまり、自治など、無いも同然なのです...」

...このプリントを会の前に貰って読んで、あれ?と思ったことがあったので聞いて見ました。

「竹原さん、この文章の「官僚とのパイプ」で引っかかったことあがるんですが。鹿児島の高校の進学校で未だに『補習』と呼ばれている悪しき伝統が続いている理由と官僚とのパイプとの関連性、そこについての言及が無いのは...?」

「...え?どういうこと?」

「官僚とのパイプを、と言うのは政治家だけの話じゃなくて、鹿児島の場合は県教委も絡んでいる、という事です。進学校が補習でアホみたいな詰め込みをやっている理由、それは記憶力のある一部の生徒に良い成績をとってもらって東大を初めとする一流校に進学し、官僚になってもらう。官僚になったらそこでパイプが出来るから、官僚の采配で一円でも多く鹿児島県に国からの補助金を下ろしてもらう。そういう意図があるからこその進学校での補習、という事です」

(ちなみにこの話補足すると、県の教育関係者から直接自分自身が聞いているし、教員だったうちの両親も「簡単に付いて行けないカリキュラムや補習である程度の落ちこぼれを作り出して、それに耐えたものを最終的に官僚にするシステムを保持しましょう」という話を県での研修で聞いた、とはっきり明言してます。陰謀とかじゃない、県のお役人の本音の話なのであしからず)

「...でしょうね。役人の考えそうな事だ...うわ〜、でもそれは知らんかったなぁ...ありがとう。参考になりました!」

 ...普通、自分より年下で格下の人間の話を聞いて、こういう感想を持つ方と言うのは(自分も含めてだけど)なかなか居ないわけですよ。これだけでも、竹原さんがどういう方なのかよく分かりました。

 ストレートな物言いやその行動力で損している点はあるけれど、凄く全うで正直な人。
 これは竹原さんだけでなく、えみ議員や仙波さんからもそういう印象を受けました。更に言うなら仙波さんからは燃え上がる正義感も感じます。ネットやマスコミで言われているような極悪人じゃない。

 え?それでも極悪人だと?こちとら施設などで人生経験の長い1000人ぐらいの人間を公正中立の視点で観察して、性格なども掴んで仕事しているんだ、大きく間違ってはいないだろうよ。

 同時にマスコミの印象操作というものの恐さ、それを鵜呑みにして追随する輩どもの愚かさも感じましたね。ちなみに竹原さんの市長時代に阿久根のネガティブな記事を書いていた記者Sさんは現在南日本新聞の社長だそうですから...なんとも言えんね。悪い奴ほど出世する、ってのはどうもうちらの業界だけじゃないようだ。

 会が2時間、そのあといちき串木野から来られた方と自分とお三方を交えて30分ほど話して、9時半に三笠興産を出ましたが、いや〜、往復5時間半かけていっただけの甲斐はあったかな。すばらしい会でした。結局川内で遅い晩飯食べて12時に無事帰り着きました。流石に160km、自分にとっては長距離のドライブは疲れたけど、心地良い疲れで。

 確かに竹原さんは市政運営に失敗した。それも本人からの原因も少しはあったけど、大部分はマスコミや労組のでっちあげによるものだった。で、今は西平さんが跡を継いでいる。ただ、失敗した事で前からの支持者や市外の人間がより政治を身近に感じ、動こうとしている姿が垣間見れる。これだけでも正直、竹原市政の意義はあったんじゃないかなと思います。同時に西平さんはこれから苦労するのかな、とも。目覚めた市民が本気で動き出した時、彼がどういう対応をするかによって阿久根の未来が変わる訳だから。

 逆にこういう動きの全く無い鹿児島市に住んでいる事に恥ずかしさと言うものを感じざるをえませんでした。鹿児島市の議員さんよ、こういった会を開いてください。そして住民に、行政や議会で行われている事や市の未来を示すべきでしょう。阿久根に未来は無い、と言う輩もいますがそうじゃない。しっかり政治へ参加すると言う意識の目覚め、その動きがあるだけでもうらやましいし、未来は出来たも同然です...。と言うより、我々も行動起こさなきゃ駄目、ってことなんだろうな。福祉の世界では少しづつ形にしようとはしているんですが...。

 改めて。

 竹原さん、えみ議員、仙波さん、今回は本当に有難うございました。次回12月20日、仕事を調整して再び参加したいと思います。あ、ちなみに調整速攻で終わりました。

 あと、ポジティブネガティブ関わらず「竹原信一とはどんな人なんだろう?」と思っている人は是非参加をお勧めしたい。いや、本当に面白いから。


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posted by y-burn at 10:56| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月05日

私が当選したらヤツらはビビる!私もビビる!おいらもビビる!

〜前回都知事選で「政府転覆」掲げた外山恒一氏「民主主義の廃止」目指す 〜

 3月24日、東京都知事選の告示がされるが、前回2007年の都知事選において、ネット上で大人気となったのが「政府転覆」を掲げ、政見放送では 「私が当選したらヤツらはビビる! 私もビビる」と語った外山恒一氏(40)だ。今回同氏は都知事選に出馬するのか? 選挙に対して何を思うか? これからのビジョンは何かを聞いてみた。

──今度の都知事選には立候補なさいますか?
「立候補しないという前提でなければこれから言うことは選挙違反になってしまいますから、立候補はしないとまず断言しておきます。前回の都知事選の 政見放送でもはっきり申し上げたように、選挙で世の中は変わりません。幕末の大変革も敗戦時の大変革も、選挙によるものではなかったはずです。

 政治や社会に関心を持つことは大事ですが、選挙には無関心であって当たり前です。それでもただ棄権するのはシャクだという諸君には、今度の都知事選 にかぎらず、今後あらゆる選挙で私の名前を書いて投票することをオススメします。もちろんすべて無効票になりますが、政府当局はすでに私の存在を認知しています。つまりそれらの票は、これだけの人間が議会政治に完全に絶望しているという、奴らに宛てた明確なメッセージになります。立候補もしていない私の得票が多ければ多いほど、奴らはビビります。どうせ当選する候補やどうせ落選する候補に投票したって仕方ないじゃありませんか」

──ところでとりあえず今回の立候補はないにしても、これまでの経験から選挙制度に関していろいろ独自のご意見などもあろうかと思うのですが、例えば供託金制度(総投票数の10%以上の票数を獲得できなければ没収される。都知事選の場合は300万円)についてはどうお考えですか?

「有害な制度です。選挙制度を利用した売名行為を阻止しようとの主旨でしょうが、金持ちだけは売名行為をやれる、そして貧乏人はマジメな主張であっても世間に訴えることができないという最悪の結果をもたらしています。選挙に出られるのは無難なことしか言わない既成政治家とヘンテコな金持ちだけです。 そんな選挙に興味を持てと言う方が無茶でしょう」

──選挙制度をこうしてはどうか、といったアイデアはありますか?
「国政選挙の話になりますが、今おこなわれている小選挙区制とは真逆の、完全な全国区の選挙だったら、頑固な選挙否定派である私でさえ少しは選挙に 興味を持つかもしれません。過半数の支持を得られなければ当選しない小選挙区制では無難な政治家しか生まれません。1億人のうち10万人ぐらいから支持されれば当選する選挙制度なら、個性的な政治家がたくさん生まれて、現状を打開するアイデアもいろいろ出てくるはずです。せめて参議院だけでもそうすればいいのに」

──ご自分以外に、コイツにならぜひ都知事をやってみてもらいたい、という人はいますか?
「ありえませんね。そもそも知事や議員になれば何かを変えられるという甘い幻想を持ったり、逆に言えば世の中を変える方法として議会政治に参加することしか思いつかないような発想の貧困な人たちに私は何も期待していません。現在の危機的状況は幕末に似ていると言う人は多いし、“改革”を掲げる政治家 や候補者の中には幕末の志士を気取っている人もよくいますが、さきほど言ったように明治維新は選挙で実現したのではありません。いま必要なのはたしかに明治維新なみの根本的な変革です。選挙でそれが実現できないなら、別の方法を考えるしかありません」

──具体的には、選挙以外のどういった“根本的な変革”のビジョンをお持ちなんでしょうか?
「そんな物騒なことを大っぴらに言えるわけないでしょう。実は前回の都知事選以来、私と活動を共にしようという若い同志がじわじわと増えています。 私は現在もこれから先も九州を活動拠点にすると明言しており、したがって彼らは全国各地から九州に移住してきているのです。少数派はその貴重な勢力を全国に分散させるのではなく、首都圏以外の特定のエリアに結集すべしという戦略はヒトラーからのパクリですが、“政府転覆の恐ろしいインボー”を具体的にどう進めていくかという構想は、そうした頼もしい同志たちにしか話せないことです」

──最後に今の日本の政治を一言で表現してください。
「一言で表現すると、何でも一言で表現することを強いられる政治です。問題は複雑なのに、何でもかんでも一言で説明しろと要求される。かつて小泉サ ンの政治手法が“ワンフレーズ・ポリティクス”と揶揄(やゆ)されましたが、最近の政治家は小泉サンに限らずみんな“一言政治”でしょう。そしてそれは政治家が悪いのではなく、政治家にそれを求める国民が悪いのです。古来、民主主義は必ず衆愚政治に行き着くと言われてきました。もはや日本は民主主義が行き過ぎ、“衆愚政治”と言えるでしょう。だから私が目指すのは“民主主義の廃止”です」

──たしかに何やら恐ろしいことをお企みであることは少し分かったような気がします。ほどほどに頑張ってください。

  ・・・あえて突っ込みいれません。個人的には違うかな?と思う事も無いわけじゃないけど。ま、こういう考え方も有りだ、という事で読んでいただけたら良いな、と言う意味で載せました。この人の行動の原点も「補習を含めた管理教育」ですからね。ある意味共通する考え方もある。流石に民主主義廃止はやりすぎだけどね。

 ワンフレーズ・ポリティクスがどうこうだけは一言。twitterでも良く「140文字では議論に向かない」「140文字で全て表現できないお前が馬鹿だ」的な議論になる事が有ります。個人的には議論はブログのコメント欄や掲示板でやれ、と言うのがおいらの意見。私は頭が良い、と明言している輩が「福島県立大野病院事件」の件を勘違いして偉そうに医療従事者に説教垂れたケースも見てますからね。行間や文脈、ニュアンスを140文字で表しなさい、って何処の大学の国語の問題なんだろ?いるんですよ、こういう事を強要してやらなかったら勝利宣言しつつ人の事を誹謗中傷する輩が。

 この方都知事後に鹿児島市議会議員選挙に出馬しましたが・・・いっそのこと阿久根市議会議員選挙に出てみませんか?
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posted by y-burn at 10:24| 鹿児島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

元々地方議会は「衆愚政治」でしかない。反論あるならどうぞ。

〜政治阿久根市、現職市議による解散署名への異議申し立ての詳細が判明〜

2月20日の住民投票で賛成票が過半数を超えた結果、市議会が解散した鹿児島県阿久根市で、市議会リコール署名(9,266名分)に対して、解散される側の当時の市議7名が異議申し立てを行なっていた件について、その詳細が明らかになった。

 今回明らかになったのは、市議7名の異議申し立てにより、出頭依頼を受けた人数と出頭した人数。阿久根市議会リコール実行委員会の委員長・石澤正彰市議が、2月16日に行なった情報開示請求によって公開された。

 公開された資料によると、最も出頭依頼人数が多かったのは濱之上大成 前議長(異議申し立て件数159)の126名。このうち43名が出頭し、22名分の署名が有効から無効に転じた。最も異議申し立てが多かった中面幸人前市議の261件からは、30名が出頭依頼を受け、8名が出頭。2名分の署名が有効から無効に転じた。

 出頭は異議のあった署名の人物に内容の確認をするため行なわれた。出頭した人には、ひとり当たり4,600円の費用弁償が支払われる。前市議の異議による出頭者87名への費用弁償は総額40万200円。

 前市議7名による異議申し立て件数は合計598件。これによる出頭依頼人数は235名、出頭人数は87名。このうち、有効から無効に転じた署名は 38名であった。また、それ以外の異議申し立ては10件あり、合わせると608件の異議申し立てがなされた。前市議7名による異議の割合は約98%となる。 

 つまり、市議会解散のリコール署名に対して、文句をつけたのは解散される立場の市議ばかり。集まった民意に疑問を持ったのか、その真偽を確かめるのは勝手だが、民意を受け止めるべき市議としての姿勢に疑問符がつく。

 暫くこのブログでも阿久根の事は黙ってたけど、こんなにひどい状況とは思わなかった・・・。議会も役所もいらんよ、これじゃ。AZが(従業員の労働関連で色々問題はあるらしいけど)民間委託で役所やった方がよっぽどいいんじゃないの?役所の職員の研修で使いたいとの申し出には「お前ら役人は高校生より使えん!」と牧野社長は断ったぐらいだから。

 良く「竹原(敬称すら付けないコミュニケーション能力不能者が居るのだよ)は民主主義を壊す怪物」的な思考でtwitter上で勝利宣言する輩がいますが(突っ込むと2chにケアダメ、と書き込まれるのが解りやすくて天晴れなんだが)、そもそも地方議会は民主主義どころの騒ぎでは無いことがこれで証明された訳ですね。これは衆愚政治と言います。彼らはこれについては絶対に言及しないで、2ch上で「あくねアートの著作権がどうのこうの」や、「はげちゃびん、漢方屋、ケアダメ」「竹原信者」等と、支持派と言うレッテルを付けて誹謗中傷に終始する。ま、近いうちにこういうカキコミをしている人間にごっつい災厄が降りかかるだろうから、そろそろ止めといた方がいいんじゃないかな?とは言っておきます。君らの大好きな元副市長が本気で動くみたいだよ・・・。
 
 本題に戻る。今更ながら思うのは、こういう「自分の事しか考えない」議会であり、「市長命令なんか聞く耳持たないぜ」な木っ端役人の巣窟の阿久根市役所だったからこその竹原元市長の専決だったんじゃないかな、と思います。法的に問題があっても、そうせざるをえない状況を作ったのは議会であり、市役所職員では無いか?そういう考え方が出来ずに、「竹原が悪い」の一言で片付けるマスコミや論破厨の話しなんか聞きたくもない(どうせ話題がループするだけで、建設的な意見が皆無)し、そもそもそういう主張には裏があるでしょ(2chに書き込んでいるのはどうも阿久根市役所周辺の輩だという話)?だから嫌いなんだよ。民主主義の裏の衆愚主義で満足しているだけだからね。

 この体たらくじゃ議会リコールは当然だと思う。でもこれ、阿久根に限った話じゃなくて、大きな問題になっていないだけで全国の市町村こんな感じじゃないのかな?議会が議会として機能せず、ただの挙手要員であるなら、それは議会とは言いませんやね。それに役所も役所で、高給貰っているならそれなりに真面目に働けば文句は言われない。いいんですよ、それなりで。これまで大して働いてねぇんだし。賃金下げられて裁判所に駆け込む前に、少しは市民の為に親身になって働けば良いだけのこと。それもしなかったし、いまだにしようとする気配すらないんだからなぁ・・・困ったもんです。

 3/7に竹原さんの記者会見が都内であるという話。さて、その話はどれぐらいの大きさの爆弾なのかが楽しみです。ツァーリー・ボンバー並の影響力を期待したいね。
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posted by y-burn at 10:20| 鹿児島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月19日

三反園さんの講演。うん、面白かった。

 と言う訳で。

 オープニングアトラクション(最初予定していた方と違ったな・・・スケジュール押さえられなかったに違いない)が終わり、その後黒木鹿児島県ケアマネ協会長やら国会議員の尾辻さん、今の県知事に敗れて社協に移った溝口元県議会議員などの挨拶・・・正直寝ました。

 本当は厚労省老健局振興課長の川又さんの話から、だったんだが、先ほども書いたように飛行機のトラブルで遅れ、急遽三反園さんの講演から始まりました。

基調講演 三反園さん1.pdf

基調講演 三反園さん2.pdf

 結構早口でしゃべり倒す、と言うキャラなので、最初はどうかな、と思いましたが、結構笑いが起こったり指定医雰囲気を作ってくださいましたね。

 内容はご本人が「オフレコにしてくださいね」と言われていたのでそのあたりはあえてここでは書き込みません(正直メモ取って聞いていたわけでもないし)。でも、最後あたりに結構ええ話をされていたのでそれはここに残します。

・負けを知ること・・・「小泉元首相(この人の血筋をたどると南さつま市の万世の鮫島さんなんだが)の例を引き合いに出して説明されてました。最初の選挙で大敗。その後3年間福田の親父さんの下足番をしていた。そこで培ったことが今の自分を作った、と言う話をしていたそうです。小泉さんも負けて負けてで来ていたけれど最後に首相になり、勝ちを収めた」・・・これは政治家だけの話ではなく、一般の企業や事業所に勤める方々にも当てはまることではないでしょうか?「失敗しそうだからやらない」ではなく、「失敗しても良いからやってみる」ことにも繋がりますね。その心意気がないから今のお役人(特に北薩のどっかの街)はダメだ、と思いますよ。うちら?持ってますがな。少なくとも今回この大会に参加したケアマネ全員そうでしょ。

・希望を捨てない・・・「希望の持てない社会と嘆くよりは、前向きであった方が良い」

・夢・希望・勇気・創造・・・「この大切なものを持ち続けてください」

 こんな感じでしたかね。80分が凄く短く思えたし、その後の講演がつまらなく思えたのもこの最初の講演が面白すぎたからかな。

 この後が各分科会でしたね。これについてはじっくりコメントしたいこともあるので、ゆっくりアップして参ります。

 
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posted by y-burn at 22:54| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月27日

未来や夢を形にしない、出来ないなら、政治やる資格すらない

〜10年後「今より良いと思わない」75% 電通総研調査〜

 10年後の日本が心配――。消費者にそんな意識が高まっていることが、電通総研の調査でわかった。不安感から節約をするようになり、消費が伸び悩む原因にもなっているという。一方で、将来のためには、値段が高くても環境などに配慮した商品を買いたいという人も目立つ。

 全国の18〜69歳の男女1千人に3月、インターネットを通じて尋ねた。10年後の日本について「今より良くなっていると思わない」とした人が75.2%に達した。これまでの調査で最高だった1996年の70.7%を超えた。福祉や教育の水準、国内の治安などが悪い方向に向かっていると感じている。

 老後の生活にお金の面で不安を感じる人も50.3%に上り、今を楽しむより将来に備えたいとの思いが強い。重点的にお金を使いたいことを聞いたところ、「ゆとりを持って生活できる蓄え」が59.5%でトップだった。景気が回復し始めても、将来への不安から消費者の財布のひもが固くなっていることを表す。

 環境や社会問題には関心が高く、買い物などをする際には「公共性も考慮すべきだ」が45.1%だった。値段が高くても環境に配慮した商品を利用したい人も46.9%いた。電通総研の白土真由美サステナビリティ研究部長は「安い値段で機能が良ければ売れる時代から、(企業は)環境などへの対応が必要になってきた」と指摘し、経営者らも意識改革が必要という。
 思わない、じゃ無くって、思えない、が正解のような気がします。

 政権交代で期待した民主党に国民を救う気は更々無い様に見える上に、景気は上向いているといいながらその実感は庶民、それも地方には皆無。国際競争力も殆んどないに等しい状況に追い込まれ、福祉も教育も行政も一部のお偉いさんだけに金が入るシステムで破綻状態。国の借金は1000兆円越えるのは目に見え、いつIMFが介入するかカウントダウン状態・・・今を生きるのが精一杯で、未来、何それ、美味しいの?未来が不安だから脱税してでも金を貯めよう、使わないようにしよう・・・。

 これを打破するのが政治の役割なんですが、今の状態はなんなんでしょうか?未来や夢を形にしないどころか、国民に失望と諦めを与えているだけでしょ?今に限った話では無いにしろ、この8ヶ月はあまりにも酷すぎる。何処の国の為に政治しているのか分からない状況も見て取れるような状態だったしね。

 安いものではなく、環境に配慮、というのは、その暗い中でも一筋の光なのかな。未来を見てないとそういう発想は無いわけだから。安かろう悪かろうでは確かにダメ。環境に配慮は勿論、丈夫で壊れ難い、というのもその条件に入るのかもしれませんね。

 逆に、政府は「どんどん金を使うことが得である」ような政策をしないと行かんって。このまま放っておくとデフレはますます加速していくばかり。税収の低下の一因はまさにデフレ、ですからね。少なくとも、将来に不安を抱えないような政策が必要だし、それが出来ないのなら政権は他に移譲すべきでしょう。

 うちの地域にいる自民党の県会議員さんが言った言葉「何もかも失っても、夢だけは失えないし、失わない」・・・それを形にしましょうや。

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posted by y-burn at 10:03| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

¥26000の公約破るなら、子持ちの国民の票は民主に入らないんですがWWW

〜<長妻厚労相>子ども手当「満額」に異論噴出で押し黙る〜

 昨年の衆院選で掲げた公約通り、月2万6000円まで引き上げるのかどうか−−。16日夜、民主党本部であったマニフェスト(政権公約)企画委員会は、1万3000円の子ども手当の満額へのアップを取りやめる流れを定めた。

【特集】鳩山政権の通信簿

 「ギリシャみたいになっては困る」。財政破綻(はたん)を危惧(きぐ)する菅直人副総理兼財務相はそうまくし立て、仙谷由人国家戦略担当相らも赤字国債の増発を戒めた。マニフェスト見直しに慎重な小沢一郎幹事長の側近、高嶋良充筆頭副幹事長も強い異論は唱えず、関係閣僚で独り「満額」を主張してきた長妻昭厚生労働相は押し黙った。

 終了後、長妻氏は「(保育サービスなど)現物に充てろという議論もあった。政務三役で議論したい」と語り、かたくなに修正を拒んできた姿勢を初めて転換させた。

 4月22日、首相官邸。国と地方の協議の場で、全国市長会長の森民夫・新潟県長岡市長は、鳩山由紀夫首相を前に「福祉は子ども施策だけではない」と訴えた。「手当の満額支給には年間、個人市民税(125億円)に匹敵する112億円が必要」。森氏が示した市の試算に首相は目をむいて驚き、「他の福祉施策とのバランスは重要だ」と応じた。

 減額の口火を切ったのは、3月末に上積み分を給食費に充てるようぶちあげた仙谷氏だ。原口一博総務相も減額の可能性に触れた。

 主要閣僚が修正を口にするのは、満額に要する財源3兆円を見いだせないから。減額には党から異論も出て参院選マニフェストの議論は迷走したが、政府・民主党は「2万6000円」の表記は避けつつ、「上積みする」との一言を盛り込む玉虫色決着を描く。

 長妻氏も簡単に折れたわけではない。周囲には「公約を変えるなら衆院選をもう1回やらないと」と漏らし、先日も厚労省の今別府敏雄会計課長に「難しいかもしれないが、財源は」と問うた。しかし答えは「子ども手当に所得制限を入れることで1000億円程度なら」。長妻氏は「うーん」とうなり、黙り込んだ。

 「私は2万6000円の旗を降ろしたわけではない」。18日の政務三役会議で、長妻氏はなお強がった。だが、出席者の一人は「何が何でもというわけではなくなった」と受け止めている。

 ◇「理念は?」省内に不満

 長妻氏が公約にこだわるのは、政治家としてのけじめばかりではない。企業・団体献金を一切受けないスタイルは、潔癖さの半面、国民の支持頼みというもろさも抱える。それだから世論を気にし過ぎ、何をしたいのか理念が見えない−−。長妻氏を見つめてきた厚労官僚の多くはそうとらえている。

 4月27日夜。内閣府で開かれた「子ども・子育て新システム検討会議」の初会合は、議論の大半が厚労省関係だった。なのに長妻氏は役所がおぜん立てしたメモすら読まず、沈黙を守った。福島瑞穂少子化担当相が発言を促したものの、発したのは一言、「ありません」。

「アドリブがきかないからな。他の閣僚と応酬になるのが嫌だったんだろ」。厚労省幹部はそう推し量る。

 長妻氏は年金記録問題で名をはせた。ただ、厚労行政の手腕には当初から「未知数」の評がつきまとう。

 「子どもの昼寝に敷布団が必要か? 床に直接寝かせればいい」。長妻氏は担当部局と保育所の設置基準面積の緩和を議論した際、そう言い切ったという。子どもを床に雑魚寝させれば1人当たりの基準面積を小さくでき、その分保育所を増やすことができるとの趣旨だった。出席した幹部はみな、あっけにとられた。

 老人施設で食事介助を体験した時のこと。「おばあさんは、おかゆが好きなんですか」。そう問いかけた長妻氏に、女性は「歯がないからね。おかゆしか食べられないのよ」と諭すように答えた。

 ◇「素人」武器に改革

 「就任直後は30分おきにびっくりした。私ら普通の感覚とは違う」

 4月24日夜、地元の東京都渋谷区で開いた国政報告会で、長妻氏は約200人の聴衆に語りかけた。厚労省に省や局、課ごとの目標がないことを紹介し、「目標のない会社って聞いたことありますか」とあきれてみせた。

 長妻氏を「素人同然」と嘆く「プロ」の官僚たちだが、感覚が世論とズレている面があるのも事実だ。それは旧社会保険庁の不祥事や、薬害肝炎を引き起こす一因となった。それも現場を知らないからと考える長妻氏は、職員に自治体などへ足を運ぶよう命じている。自らも介護や保育、労働の現場30カ所を訪ねた。ある幹部は「今は国家公務員倫理規程で民間の人と食事もできず、若い職員は情報量が少ない。良い機会だ」と評価する。

 ◇世論に過敏反応も

 衆院当選4回の長妻氏も、05年は小選挙区(東京7区)で落ち、比例で復活した。「一匹オオカミ」と称され、党内では孤立気味。そうした政治基盤の弱さもあって、時に世論に過敏となる。

 3月下旬、母国に子を残してきた外国人にも子ども手当を支給するとの厚労省方針に、インターネットには「不正を招く」との書き込みが殺到した。長妻氏は「国会答弁がもたない。法案修正だ」と職員にあたった。

 75歳以上を切り離した後期高齢者医療制度の見直しを巡っては、心の揺れを見せた。
 「うば捨て山」との批判を浴びた制度だけに、民主党は「年齢で差別する制度を廃止」と公約していた。長妻氏の意をくみ、厚労官僚は高齢者もみな現役と同じ市町村の国民健康保険(国保)に加入させる案を用意した。

 しかし、この案も65歳以上は医療費が別枠だ。長妻氏の了承を得て3月8日に公表すると、16日の参院厚労委で共産党の小池晃政策委員長は「うば捨て山の入山年齢を下げただけだ」と批判した。

 うろたえた長妻氏は外口崇保険局長を呼び、「年齢を書き込まない方法はないか」と再考を促した。それでも高齢者には税を集中投入する必要があり、別財源にせざるを得ない。吉岡てつを高齢者医療課長の説明に、長妻氏も「うん」と消え入るようにうなずいた。

 結局、長妻氏は幹部と「高齢者も現役も、同じ国保の保険証」との理屈で押し通すと腹合わせし、5月18日の衆院決算行政監視委員会第3分科会に臨んだ。「年齢差別ではない」。突っぱねる長妻氏を、自民党の谷公一氏はこう皮肉った。

 「大臣の思いは理解しました。基本的仕組みは(後期高齢者医療制度と)大きく変わるものではないですね」
 何処の政党でしたかね?一昨年の年末に「介護士の給与は1000万円が妥当」とかいうことを抜かしていらっしゃったのは?民主党になって厚生労働関係は如何変わるか、というのは正直少しは期待してましたが、一番の目玉の子供手当てがこの体たらく、そのほかも押して知るべし・・・な状況。

 医療福祉などの生活に関わる政策と言うのは、その時点の経済状態とかなりリンクする部分が有ります。今は世界的に、特に日本の経済状態は酷いもので、子供手当てで景気浮揚も見込もうと画策していたんでしょうが、その財源が全く取れない状況にある上、更に税金上げないと、と言う話も出ている、その上今やっている事業仕分けもパフォーマンスの域を出ない状況なために・・・。外にいれば出来る、と思っていたのに、中に入ってみればできなかった。どんな子供の話だよ、と言う。つか、ここでもマニフェスト破りしますかね?どうも約束を破っても動じない連中の集まりのようだ、あの党は。

 長妻さんは桝添さん並に出来る人か、と言う期待もあったんだけど、これも見事に外れましたね。今となっては年金以外は素人、としか思えません。そりゃ、素人には素人なりの良い視点があるのも否定はしないけど、どうも、ねぇ・・・。

 このブログでも何度も説明している通り、今年度で介護保険と介護報酬は改正準備に入ります、というかもう入っています。この政権で果たして、「利用者も従事者も幸せにしない」事で有名な介護保険法が如何変わるか?非常に興味深いと共に、もしそうでなければ、これからも介護保険の間違っている点を突っ込みまくる今のスタンスは変わらない、と思います。

 しかしなぁ・・・民主党政権になって、何か良くなりました、な事、少しでも有ったのかねぇ・・・?実感沸かないんですけど。
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posted by y-burn at 09:56| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

洗脳解けて、正しいことを言ったらバッシングですか?

〜“横粂バッシング”が過熱…小沢氏辞任要求に「新人議員が何を言う」〜

 鳩山由紀夫首相(63)と小沢一郎幹事長(67)の辞任、執行部刷新要求を表明した民主党新人の横粂勝仁衆院議員(28)に対し、バッシングの声が殺到していることが8日、明らかになった。

 6日に行った地元・横須賀での街頭演説で、小沢チルドレンと呼ばれる1年生議員では初めて執行部刷新の必要性を訴えた横粂氏。だが、翌日からの2日間で事務所へ届いた500件以上の電話やメールのうち、80%以上が「執行部ありきの民主党だ。新人議員が何を言うんだ」「おまえが議員を辞めろ」と厳しい声だった。

 しかし、この日も街頭に立った横粂氏は、「小沢幹事長を怖いと思ったことは一度もない。ほかの人がやらないなら自分がやる、という使命感が強い」と胸を張った。週明けには、同党の代議士会で執行部刷新を訴える予定。賛同する議員はまだ2人だが、「同調してくれる議員を1人でも多く集めたい」と意気盛んだった。
 民主党の胡散臭さの1つに、「新人議員皆集めて研修ごっこ」というのがあった。あれで執行部のいう事を全て聞くロボットを作ったつもりだったんだろうが、今の国民の声をまじめに聞いたらその洗脳も解けた議員も居たわけで。それがあの横粂さんだったのはともかく。

 簡単な話で、仕事上のミスを素直に認める謙虚さを普通の会社なら求める。しかし、公務員や政治家はそれが全く出来ないし、やろうともしない(おいらが阿久根市の件で市長擁護なのもこういう理由が1つあるんですよね)。特に首相や幹事長があの体たらく。批判されて当然である、と思うよ。

 しかしわかんないのは、良くやった、では無くて、逆に横粂さんに対する批判かよ。このバッシング、どうも今の民意を反映しているとは思えない。それこそ労働組合とかそのあたりに指令がいってやってるんじゃないのか?と邪推すらしてしまう。それほど民意から外れたバッシングだけに、どうも、ねぇ・・・。

 最も、今の状態では今度の参院選で議席数を減らしかねない状態でしょ?民主党は?横粂さんもまだ議員やりたいからこそのこの行動であり、本当に政治のことやこの国の未来のことを真剣に考えてやっているんだろうかね?そのあたりも少し考えてしまうよね。

 執行部刷新は必要だけど、それだけで日本の未来がよくなるのかどうか?それはわかんない。でも、今のままではどうしようもない。見限られて終わり、になりそうで。そういう意味でも、横粂さんは議員を辞める必要は無いし、他の新人議員のようなロボットになる必要もない、と思う。

 ・・・ああいうルーピーや真っ黒な人間が上司なら、思い切り噛み付いて首にするなら首にしろ、だけどな、おいらなら。

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posted by y-burn at 10:19| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月29日

民主党に期待した我々が愚か過ぎたのか?

〜「何だこれ?民主党」苦言相次いだ秋田県連会合〜

 「自民党ではどうにもならないので、昨年の衆院選は民主党に期待した。しかし、今は『何だこれは?』という気持ちだ」

 民主党秋田県連は24日、県関係国会議員と地元住民とのタウンミーティングを県内3か所で開いた。参院選に向けた政策作りに役立てようと開いたが、会場からは民主党政権への苦言が相次いだ。

 秋田市の会場には、寺田学、高松和夫両衆院議員、参院選秋田選挙区に立候補する鈴木陽悦参院議員が出席。しかし、政治とカネの問題、米軍普天間飛行場の移設問題など、繰り返される政権運営のごたごたに失望する意見が多かった。高速道路の新料金制度を巡る前原国土交通相と小沢一郎幹事長の対立についても、「テレビで言い合って、情けない」「何で腹を割って話せないのか」など、うんざりする声が続いた。寺田氏は「党と政府の調整をどうするか、慣れていない。私は国交相が怒る理由は分かるが、表でやるのはみっともない」と答えるのが精いっぱいだった。

 子ども手当などマニフェストを実現する財源はあるのか、疑問視する声も多かった。「子どもより、日本の財政がひっくり返る」など、税金は効果的に使ってほしいという意見が出た。

 寺田氏は終了後、「会場に来てくれたのは、まだ多少の期待感がある人だろう。もっと冷めた雰囲気を感じることもある」と、危機感を強めていた。
 民主党に期待出来る事はもう何もない。

 いやね、選挙の時にはあえて民主党には投票しなかったけど、投票しても良いくらい出来る子達だ、と思っていたんだよね。でも、結局、どんな良い学校出ていても、おぼっちゃん達でも、政治の手腕とは関係なかった、と言う。エリートの仮面をかぶった馬鹿揃いだったとは・・・。

 民主党政権が今やるべき事は普天間でも高速道路でも子供手当てでも事業仕分けでも無い。国防と経済対策と生活保障。これらに真剣に取り組めば今日本が抱えている問題の90%は片付く。対中、対露を念頭に置いた(どちらも軍事国家であることを民主党は忘れているばかりか、中国に擦り寄る愚策は何とかしろ。不良にカツ上げされているひ弱な生徒、だぞ今の状況は)国防、勿論普天間問題は自民の現行案のままでOK。経済対策は増税ではなく、消費税をあえて廃止、もしくは3%に減額(一般庶民からの増税はしっかりやるくせに、減税とかはしないのな、彼らは)する事で景気浮揚を促す。生活保障は、年を取ることに不安、子供を作ることに不安、生活することに不安な現状を払拭、更に制度を食い物にしている「ゴネ得」どもには厳罰で対処・・・一寸考えれば出来そうなことなのに、出来ないのは何だろうね?

 民主党政権は、昨年の9/1から、経済的に失われた10年ならぬ、政治的に失われた1年になりそうな気がしてならない。あまりにも酷い政策や政治屋の動き、国民は飽き飽きしている時期だ。たぶん、事業仕分けで好感度を上げようとしているんだろうけど、もう無理でしょうね。ボロ出過ぎている。

 とはいえ、他の新党に期待出来るわけじゃないしなぁ・・・現状、実はまだ自民の方がましなのかも。

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posted by y-burn at 06:56| 鹿児島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月08日

ここまで普天間移設が延びているのは、ひょっとして・・・

〜普天間移設、徳之島のデータ米側に渡す〜

 沖縄の普天間基地の移設問題で、政府は、移設先として最有力と位置づけている徳之島について、滑走路の状況などに関するデータや資料を、アメリカ政府側に渡していたことが明らかになりました。

 普天間基地の移設先として、政府は鳩山総理の指示を受けて、名護市キャンプシュワブの陸上部にヘリコプター施設をつくった上で、ヘリコプター部隊の大部分を鹿児島県の徳之島に移設する案が最有力、とアメリカ政府に伝えています。

 徳之島は過去の日米間の交渉では検討された経緯がないことから、現状の民間空港としてのおよそ2000メートルの滑走路の状況などに関するデータや資料を、アメリカ政府側に渡していたことが新たに明らかになりました。

 アメリカ側からの基本的な回答を待った上で、今後、実務者どうしで技術的な検討を進めることになります。
 この話で済む、と思ったらそうではなかったわけで・・・
〜普天間基地移転先に人口90人あまりの「宝島」が浮上 鹿児島県のトカラ列島〜

 普天間基地の移設問題で、政府・与党内で新たに鹿児島県トカラ列島の宝島が浮上していることが分かりました。

 宝島は、鹿児島県奄美大島の北に位置する人口90人あまりの島です。
政府・与党内では、宝島の内陸部に海兵隊のヘリ部隊が使用するヘリパッドなどを建設する案が出ています。

 政府は、これまで沖縄のキャンプ・シュワブ陸上案や鹿児島県の徳之島にヘリ部隊を分散して移転する方向で調整を進めています。
宝島が浮上したのは、基地機能をできるだけ沖縄県外に移すとしている鳩山総理大臣の強い意向があるとみられます。
政府は近く、日米の実務者協議をスタートさせ、こうした考えを伝える見通しです。



 地元の話だけに、無視できないですねぇ。

 沖縄県外なら、と言うことで徳之島とかトカラ列島という話が出ているわけでしょうけれど、ポッポの腹案ってそういうものだったんでしょうか?どこでもいいのなら、実は宝島は適当じゃありません(工事ついでにクック船長の宝を探すのであればその限りじゃないが)。

 実はトカラ列島には無人島もかなりの数存在しています。北から順に「臥蛇島」「小臥蛇島」「小島」「上ノ根島」「横当島」。そこに作らないで何故宝島なのかは不明ですが・・・火山だからかね?更に言えば、徳之島の西65kmには、沖縄県だが宝島と面積的には近い「硫黄鳥島」も存在しており、そちらも使えないわけじゃないんですが・・・

 そもそも、移転先がとっとと決まらない、決められない理由は何なのか?与党の中の一部の反対もでしょうが、それにしちゃあまりにも・・・だよね。アメリカ軍が駐留することによるデメリットばかり強調され、そのメリットについて話されないマスコミの現状も、正直どうか、と思う(もし十島村に米軍基地が出来たら、その補填料を考えると・・・鹿児島県一財政的に豊かな自治体になりかねない。最も、その他の問題が多すぎるのだが)。

 しかし、延ばしまくると怖いこともあります。それは中国の存在。中国は日本列島の先に対米防衛戦を張っておきたい、と言う欲求が常にあります。それが沖ノ鳥島を「島ではなく岩だ」と主張する一因です。あれが領土でなければ200海里域を軽くスルーできるわけですからね。

 覚えておかなければならないのは、中国は未だに民主国家ではなく、「社会主義の皮をかぶった超軍事国家」であること(南京事件で大騒ぎしたり、反日教育をしているのもその一環)。また、ロシア以上の「覇権国家」であること。今でこそおとなしいですが、もし何かあった場合、容易にその牙をアジアの自由主義国家にむけかねません。既にチベットやウイグルには向けている現状もありますし。そのためにも、実は沖縄に基地がある、というのはとても大事なことで、これが中国に対する抑止力になっている。特に今年は、台湾空軍の軍事力が中国空軍の軍事力に負けてしまう可能性があるため、沖縄からの基地移設となると、中国にとっては願ったりかなったり・・・。

 あのさぁ、日本は、中国様の言うことを聞く政権は、聖徳太子の時代に既に否定されているだろうが。それとも、中国様のためにわざと基地問題を先送りしまくっているのか?

 もちろん、沖縄に住んでいる基地周辺の皆様のご苦労は並大抵じゃない、と思う。それを無視した発言じゃないので。いっそのこと、超弩級空母か移動可能なフロート基地とかで、沖縄周辺を巡回する、というのはどうなんだろうか?あと、沖縄には下地島と、下地島空港があるだろうが。そこをうまく利用できないのだろうか(中国は相当嫌がるだろうけどさ)?

 この普天間移設問題、まだまだ尾を引きそうであるとともに、与党民主党に対してあきれた印象しか受けないようになっているのでは?国の存亡にも関わる防衛問題です。早急な対応をしないと、有事があった場合は・・・

 故中川議員の「日本が危ない」が何故現実のものになろうとしているのか?国民に綱渡りさせてどうする、民主党。

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posted by y-burn at 12:29| 鹿児島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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