2010年03月02日

読解力のない人々の魔女狩り裁判、としか見えん

竹原市長に謝罪要求決議 ブログ発言めぐり阿久根市で集会

 阿久根市の竹原信一市長が、ブログ(日記風サイト)に障害者を差別するような記述をしたことに対する「撤回と謝罪を求める県民集会」が28日、阿久根市のグランビューあくねであった。県身体障害者福祉協会や県議、市議ら約20団体計約600人が参加、障害者や関係者、県民への謝罪を強く求める決議文を採択した。

 決議は「市長のブログ記述などが障害者らに悲しい思いをさせ、障害者基本法の精神にも背いている」と指摘。市長宅へ同日届くよう郵送したという。

 同協会長で主催者の戸口田三千尋代表世話人は「人の命という非常に重いものへの倫理観を軽く語る人が市長でいることが許せない」と批判。障害者団体からは、竹原市長が姿を見せなかったことに「誠意が感じられない」との声も上がった。

 同市議会の浜之上大成議長は「市長の行動は市民の総意とみなされる。市長を選んだ市民にも責任がある」と話し、竹原市長に全国の障害者や家族への謝罪を求めた。
改革のゆみちゃんブログ!

県民集会&講演会

 グランビューあくねに於いて11:00より開催の「竹原阿久根市長の差別発言撤回と謝罪を求める県民集会」に参加致しましたが、予定参加人員300名をはるかに超える(500名超)方々で会場は椅子席以外周りを囲み立ち席、会場に入りきれずローカまでも溢れていました。

 鹿児島県内外こんなにも多くの方々の思いに、竹原市長の参加は無いどころか、議長の参加要望に対し「ふざけている」と暴言まではく始末。(誠意も勇気もない)決議文が読み上げられ参加者賛同のもと市長へ提出となりますが、これまで阿久根市議会決議文も県議会決議文も出されていますがまったく無視状態ですけど。

 14:00より横峰吉文氏の後援会、そこにはしっかり市長お目見えでした。「阿久根で横峰式を強行に取り入れます」の市長発言もありましたから内容を聞いて賛同できる点、出来ない点もありますが最終的には保護者の方の判断でしょうね、質疑応答の時間が上手く取られず一人の方の質問で終わったのは残念ですね。
 ま、一人の人間を公的な言葉でもないのにつるし上げるという愚行というか、魔女狩り裁判というか。これに600人集まりましたか。そうですか。逆に、600人ぐらいしか、今回のこの件に対して怒っていないわけですやね?おいらはそこまでの団体が集まるのであれば、2000人単位と思っていたのですが。

 文章の一部だけを取り出して、それを糾弾する魔女裁判、かたやこれからの子供の未来を左右する教育についての話。どっちが前向きで素晴らしい集会なのかは、分かるだろう。それに、福祉関係者がみんなこの市長に対して反対なわけではない。少なくともおいらがいる。だからが故、この発言に敏感に反応した福祉協会には呆れてものも言えない状態だ。ホントに市長の言いたいことの真意を知っていてのこの行動であれば、組織としての有り様すら疑わずにはおれません。

 そもそもこの反市長派って言うのは、市長を追い出したら阿久根市が本当に良くなる、と言うのか、鹿児島の夕張、の状態が一気に改善できるのでしょうか?ただ、未来なんぞ関係ない、自分たちの地位が、収入が・・・が失われるのが怖いだけじゃないのかね?反市長派のスポークスマンである牛之濱由美議員のブログをどう読んでも、阿久根の未来についてどう考えているのかすら見えない状態。こういう学級委員会のような魔女狩り裁判、そう長くは続かないだろうし、逆に続けようものなら議員としての品位すら疑う。

 南日本新聞もこういう死人も何も出てない、ただ気に入らない人間への糾弾擁護記事をアホのように作ってるんじゃねぇぞ。うちのブログのこの記事では、少なくとも人が死んでるんだぜ・・・最も、これまで一回も取材していないことを考えると、マスコミとして信頼すら出来ないけどね。

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posted by y-burn at 20:22| 鹿児島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

出入り業者にこんな扱いをするようなデパートの商品を買ってはいけませんよね?

 twitterでのRTであったネタです。弥生焼酎の4代目の怒り、ごもっともだと思います。


毒吐いて、よかですか???
テーマ:ブログ
すみません、今日は毒吐きます。怒りで寝れないんです。

気分悪いと思うので、これ以降は見ない事をお勧めします。

でも、万が一読んでしまったら、ご意見・ご批判などなど若旦那への提言を是非お願い致します。

未熟者故、ブログに書いてしまいました事を反省しつつ、皆様のご意見も頂戴したいです。

そして、ココだけの話と胸にしまっておくんなせぇ。

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



いま、某H急百貨店で物産展をやっとるんですよ。

Hという百貨店では、入店許可に講習とテストを受けるんですね。

それが、昨日の朝だったんです。私。

8時45分からなので5分前に到着。

書類は、Hの酒売り場→問屋さんを通じてFAXが弥生焼酎にあったんですけど、

私は、書類に名前しか書かないで行ったんですよ。(これは私に非があります)

FAXだから会社名とか消えてるのかな?って勝手に思ったんです。

でもね、講習の受付に行ったら、講習の受付の人(恫喝社員)

恫喝:「お前はこんな書類(会社名が入っていない)をだすんかぁ?」

こちらは業者の立場です。

私:「すみません、FAXだったので、原本はHさんの方にすでに届け出られてると勘違いしました」

恫喝:「誰がFAXしたんだ?今すぐに、ここで電話しろ!そして書き方教えてもらえ!」

えっ?書類に会社名と日付入れるだけでしょ?書き忘れなんだから書かせてよ(心の叫び)

でも、業者の立場です。仕方がないので、その人の目の前で問屋さんに電話をさせられます。

心の中では、頼むから出ないでぇ。

でもね、でちゃった。

私(電話):「すみません、××酒販の○○さん。Hさんの所に会社名を書かずに書類を持って行ってしまいまして、こちらに記入すれば良いんですよね。(中略)ハイハイ、大変ご迷惑をおかけしました」

私(恫喝社員に):「すみません、FAX頂いた方にも、書き方を教えて頂きました」

ここで、日付と会社名を追記します。

私:「これで、お願いします」

しかし、

恫喝社員:「なんじゃ、書けばいいと思うのか?お前は社会人としてそれでいいんか?」

もうすでにイチャモンです。でも、業者の立場です。

私:「この度は、記載を忘れてしまって、すみません。お願いします。」

もうハラワタ煮え繰り返ってます。でも、業者の立場です。下手に下手に。

し・か・し・

恫喝社員:「だめだ、お前の名前は登録されてないわ」

私:「はい?すでに登録されてるはずですよ、だから講習受けに来たんですけど」

恫喝社員:「だめだ、こんな書類(さきほど私が書いた書類)は無効だ、貰い直して来い」

それは、Hさんの内部の事でしょ?

売り場と講習の部署の行き違いの問題じゃないの????

もしくは、総務なのか???

文句も言いたかったのですが、売場や問屋さんにこれ以上迷惑かけたくありません。

でも、入館証がないと入れないんです。私。。。

研修センターから追い出され、問屋さんに電話です。

問屋さんを通じて、お酒売り場の担当者に連絡してもらったら、
ちょうど駅を降りたばかりの酒売り場の責任者がきてくれました。
泣きそうです。

警察につかまって、身元引受人に来てもらった未成年のようです。

よしよししてもらって、百貨店にいれてもらいます。

そして、経緯を説明。

売場の説明では、書類は出している、講習を受けれなかったのは、その恫喝した社員の責任ってことで、

無事に、入館証をゲットクラッカー

でもね、その恫喝社員は、最近配属された人だから、後から講習する部署の責任者が謝罪に来るって聞きました。

そしたら、責任者追い返して、恫喝社員を呼び出して、

その場で、上司に電話させて経緯を説明させて、

「君は、出入りの業者にそれだけ嫌がらせをして、社会人としてそれでいいんか?」

って言ってやる。キィーーーー。

と思っていたのですが・・・・・・。(あは、私は意地悪でしょ?)


21時の閉店まで、責任者が謝罪に来ることはありませんでした・・・・(`×´)

どこまで業者を舐めてるんだ、H急百貨店サンよぉぉぉぉ

私の朝の時間を返しておくれよぉ。8時45分に行ったんだぞ。

追い出されたんだぞぉ。

百貨店に入れずに、君たちのビルのテナントでコーヒー飲んでたんだぞ。

いったい責任者の謝罪はいつなんだよぉ。

言った事を守れないのかよぉ。

何のために、講習やってるんだ????

CSを上げる為に、出入りの業者にまで講習するんだろう。

まずは、君たちが言葉使いを学び、

出入りの業者は共に利益を上げる為の共同体として考えた方が良いのではないか?

でないと、いくら合併しようが、21時まで営業しようが、CSは上がらないでしょう。

もち、利益も上がらない。売上高なんてどーでもいいんだよ。利益を考えてよ。


まず、奄美大島の1個人は、Hさんでは個人的な買い物はしないと心に決めたのでした。
もちろん、系列ホテルにも宿泊はしませんし、歌劇団などもってのほかです。
でも、石橋の大好きな串揚げ屋さんに行く時は、しょうがないから電車に乗りますよ。
電車はしょうがない\(*`∧´)/


しかし、個人的な怒りと、ビジネスは別ぢゃ。

今日も焼酎を楽しみにしているお客様の為に、頑張ってお酒の説明をして、飲んで頂いて気にいったら購入して頂きます。
それが、H さんの酒売り場の為であり、問屋さんの為であり、弥生焼酎の今後に繋がるからです。

恫喝社員に対しては怒りがこみ上げますが、酒売り場の担当者の皆さんは大好きだもの。

よっしゃ、気合い入った。

一眠りしたら、仕事行ってきます。

未熟旦那@
逃げちゃ駄目だ
逃げちゃ駄目だ
逃げちゃ駄目だ

 おっかしいなぁ?大阪というのは商業の街であり、こういう出入り業者を大事にする風潮がないと、商売すら出来ないのでは?こういう社員は配属すべきでもない。いい加減にした方が良いんじゃないですか?阪急デパートは?

 しかし、この風潮は鹿児島の商業とも通じる点はありますね。新しい業者が入る場合は、すべての関係機関や南日本新聞や県庁に挨拶しないと駄目、な風潮あるし、基本的に鹿児島人は商売下手なんだよね。鹿児島なら出入り業者にこれだけの暴言を吐く人間がいてもおかしくないと思うけど、大阪、しかも阪急ですか。あまり関係はないけど、大阪行く機会があったら、阪急関連は基本的に避けよう、と思いますね。こんな社員を使っているなら、足下すら見えている。

 弥生焼酎ですか・・・自分自身、鹿児島県人なのにアルコール一切受け付けない体質なんですが、凄く飲んべえで某ホテルの調理員をしている弟は「奄美の黒糖焼酎はすっきり飲めて、とても美味しい。何でこれが全国で売られないのか不思議だ」と常々言っています。味にうるさい人間がそう言っているから間違いないと思いますよ。

 奄美の黒糖焼酎の全国普及のため、このような嫌なことがあっても、負けずに頑張ってください、4代目。
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posted by y-burn at 16:07| 鹿児島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

南日本新聞のお役人至上主義に辟易しています

〜「金がかかるから」、若者が新聞を読まない理由トップに--M1・F1総研調べ

 若者層のマーケティング調査機関であるM1・F1総研は2月25日、若者と新聞の関係性に着目したレポート「若者と新聞」を発行した。調査対象は1都3県在住のM1層(20〜34歳男性))1000人とM2層(35〜49歳男性)200人。

 普段からよく新聞に接している人は年代が低くなるほど減少し、20代前半では34.9%。同様に、積極的に新聞を閲覧している人も若い層ほど減少し、20代前半では21.1%だった。

 ただし、若い層の「活字を読むのは好きな方である」とする割合は、上の年代と比べて決して低くなく、「雑誌」や「フリーペーパー」、「インターネットニュースサイト」といった活字媒体を読む頻度はむしろ上の年代よりも高かった。

 普段新聞を読まないM1層が「新聞を読まない理由」としては、「料金がかかるから(62.6%)」が1位。また、「他のメディアから得られる情報で足りているから(24.5%)」も上位に挙がっており、M1・F1総研は「他で間に合う情報に対してわざわざお金を払うことに抵抗を感じている様子がうかがえる」と分析している。
 うちも南日本新聞は取っていますが、全体をしっかり読むというよりは、その日のチラシが目的、と言う感じ。テレビ欄ですら、いまやデジタルTVなら一週間分の番組表がある時代ですからね。出来れば日経あたりに新聞を変えたいぐらいです。

 ネット、特に2chやtwitterを読みこなせれば、正直新聞は読む価値は無い、と思います。全国紙にも地方紙にも記事に付いての特色がありますが、左傾化した朝日、右傾化しすぎな産経、全世界にネット上で恥をさらした毎日、野球記事ばっかの読売、日経連のファンクラブ的な日経はこれらより少しはましかな、と言うレベル。南日本?全国の地方紙ナンバー1と言う自負はあるかもしれませんが、その実態は「鹿児島県県庁や鹿児島県の市町村役場職員向けのお役人の為の」新聞にしか過ぎません。赤旗も良いんだろうけど、あまりにも左過ぎるし、聖教新聞は池田さんFC会報誌(他宗派の攻撃記事は新聞どころか、2chよりも酷い)。これではねぇ。

 ただ、これは「読む、そして考える」という事を否定しているものではありません。むしろ大事なことだ、と思います。ただし、新聞とかマスコミ報道と言うものには、以上のような方針や偏向がある、という事を最初に頭の中に入れておかないと、記事を鵜呑みにしてしまいかねない。「Informationを自分の中でintelligence」に変化させる事が出来ない、という方がよっぽど怖いわけです。例?ナチス。「報道の鵜呑み」と言うものについての怖さ、は認識していないと。

 これからの新聞、というメディアはその大きさについては縮小傾向でしょうね。日本のマスコミの慣例、というものが崩れない限り、新聞は最終的にはメディアとしての意味すら無くなるのでは無いか、と思います。悲しい事?そうでもないかも。

 南日本新聞について。「お役人におもねる紙面づくりは、われわれ一般企業にいる人間としては見たくありません。事件の本当の裏までしっかり取材する精神があれば、購読者も増えるんじゃないでしょうか。今のままでは難しいでしょうが」

 ということで、個人的に今、読むに値する新聞は、「東京スポーツ(鹿児島では九州スポーツ)」だけですね。プロレス記事の充実さという事で。コラム関係も結構面白いし。

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posted by y-burn at 14:13| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月25日

これまでのN女史の教諭らしからぬ行動の流れ その4

 本当に人を殺すだけ出なく、精神的に人を殺す事も出来る。その事実だけでも恐ろしい事ですが、それが齢10代前半の子供に行われたとしたら?それが自分の娘だったら?しかもそれが自分の学校の教師からの行為だったとしたら・・・

 そういう事が現に行われています。しかも、上部組織が問題がある教師を見逃したが故に。

 Mさんが傷ついた言葉(聞き取り・本人テープより)

 N教頭からの度重なる人格を否定するような言葉の暴力から、教頭が恐くなった。と言っています。

 教頭が赴任後の1学期、当時中2のMさんは教頭を信じていた。明るい、元気な先生だなと思っていた。1年生や3年生は1学期間もない頃「教頭は言うことが酷い」「教頭は嫌いだ」とMさんに言ってきていた。その相談にものっていたMさんはその度に「そんなこと無いよ、教頭は良い先生だよ」とかばっていた。1学期は本当にそう思っていた。それが2学期になり、Mさんも教頭との理科の授業(筆者注:小規模校なので、教頭も学科を持つそうです)が説教の場になり出し、他の生徒にどなる時の言葉を聞いて、いくら先生でも言い過ぎではないかと思い始めた。少しずつ教頭先生の言う言葉は酷いなぁと感じる様になってきた。Mさんは「教頭先生に怒られる時、話しを聞いてもらえずに一方的にいじめと決めつけられ、一生懸命やった劇をけなされ、教頭先生が私の何か気に入らない所を見つけたのかな」と不思議だったと言う。「教頭先生からひどく裏切られた気持ちになった。怒られたときの威嚇や剣幕、言動から教頭先生が恐くなり、信頼出来なくなった。」と言っている。今までの先生からは言われたことが無いような人格を否定される言葉を言われた、すごくショックで傷ついた。と言っている。

H19,2学期
・音楽祭の練習時(音楽教諭もいる中で)、教頭からMさんは「あんたの笑顔は邪魔だ」と言われる。Mさんは音楽教諭の笑顔で歌いましょうという指導を実践。何も思い当たる事の無い中で大勢の中で言われたため、わけもわからずショックだった。音楽教諭に後から、「あの言い方は無いよね、ひどいね。」と慰められる。

・理科の授業の時 (学年に1人のMさんは教頭と1対1の授業になる)毎回が説教のようだった。授業はほとんどしない。教科書が進まなくてMさんは心配だった。遅れているのは理科の時間に説教しているからなのに「あんたのせいで遅れている」と言われる。理科室だけ離れたところにあり、教頭と1対1になるので、何をされても、どんなに酷い事を言われても、美貴さんには自分の証言は他の先生達は信用してくれないとの思いがあり、いつも恐かった。

・他の学年の理科の授業時、教頭が生徒達に対し、文化祭の時のMさんが書いた脚本で行った劇を非難する発言をする。本人にも直接言った言葉。「あんな劇で泣いた人の気が知れん」「あんなのは劇では無い」「あん劇のどこが良いのか、先生には理解できん」「あの劇は全然良くなかった」などと言われる。Mさんは、徹夜して作りあげた脚本で下級生と力を合わせて完成させた劇をけなされた。 講師の先生も涙し、講演前に「先ほどの劇で感動し、涙しました」とコメントされてから講演に入られた劇だった。見ていた親の方々も劇に感動していた。保護者達は「感動したね、これでMさんも自信がつくね」と口々に言い合っていた。Mさんは分かって下さる大人もいるのだと喜んでいた所に理科の授業で教頭から劇の事をけなされたため、今もその心の傷は消えず、深く残ったままである。


文化祭が終わった頃  
・当時の3年生が、1年生を集めて日頃の掃除態度が不真面目なのを注意しろとMさんに頼む。Mさんは3年生に自分達で言えばいいよと断ったが、3年生が自分達は小心者だからあなたが言ってよと頼まれた。美貴さんは1年生を集めて注意した。


数日後
1年生の親からMさんに注意をされた事で苦情があったと教頭からMさんは呼び出される。教頭から「あなたがしたことはいじめだ!!」と決めつけられ叱責される。Mさんは「3年生に頼まれて注意することが、何故いじめなんですか」「1年生にはきつく言いすぎたところは悪かったし謝ります。それに1年生とはすでに仲直りしています。」と言った。N教頭から「1人で下級生を集めてこういう事をするのは不良がすることだ!!」「あんたも不良だ」「あんたに下級生に言えるような資格はない!」と言われる。(Mさんがいくら3年生に頼まれたと言っても教頭はなかなか信じてくれない。)

・N教頭が
「あんたの言うことは信じられん」
「あんたは一生誰からも信用されんで生きていくのよ」
「あんたなんか最低だ」
「あんたのせいでうちの学校が乱れる」とMさんに言う。    
(もっと色々言われたが、この時ほんとに恐くて断片的な記憶しか無いとMさんは言う)Mさんは1年生とは仲直りしていたので、今なぜ、教頭にここまで言われないとならないのか不思議だった。いじめと決めつけられ、酷い言葉を言われ、すごくショックだった。

・この時の教頭に叱られる様子を見ていた在校生が帰宅して親に話した言葉(当時の1、3年生から聞く)・・・ 
「あの言い方は酷いよね。教頭先生が言いすぎ。」
「あれは教頭先生が悪いよ。」
「Mさんが可哀想だよ」
と親に話していた。(保護者談)


数日後のPTAの時
Mさんが下級生に注意した件で父親が呼び出される。その部屋には教頭・校長・担任・副担任が同席していた。N教頭以外はMさんを諭すように話していた。
教頭は
「下級生へのいじめを謝れ!!」
「いじめだがね、謝れ」
と強い口調で執拗に責め続けた。

・教頭はこういう事を生徒に直接言うのか?と父親がびっくりするほどの、人格を否定する言葉を娘に直接平気で言った。

・(父親の証言)教頭は父親に対してもMさんのことをどうしようもない生徒のように言い、父親は泣いた。当時、父親は娘から詳しい経緯を聞かないまま呼ばれ、教頭から一方的に娘が悪い、諸悪の根源だみたいに言われ泣いた。泣いているお父さんを見てMさんは本当は自分は悪くないのに、詳しく話しも聞かずに教頭にそこまで、人格まで否定される酷い事を言われ、絶対に謝りたくないと思った。(父親はこの時は娘から教頭からの今までの言葉の暴力の事を聞いていなかったので何も知らず教頭に言われるまま、ただ娘が悪いのかと思い謝るしかなかった、何故娘が頭を下げて謝ろうとしないのかもこの時はわからなかったと話している。)

・教頭が「これからPTAだからあんたは体育館で全部の親と生徒の前で謝れ!!」と言う。「もう1年生と仲直りも出来ているし嫌です」と言うと「それなら今度の朝礼の時、全員の前で謝れ!!」「3年生に頼まれたのになぜ3年生にも謝らないと行けないんですか」Mさんが納得出来ずに居ると、N教頭が側にあった机をバンバンと打ち付け、更に持っていたノートを机に激しく打ち付けながら威嚇し、Mさんに            
「あんたが居ると、みんなに悪影響だ!」
「あんたなんか邪魔だ!」
「あんたがいるとこの中学校を汚すが」
「あんたはこの中学校にふさわしくない!」
「出て行け!!」
と言う。

・教頭がMさんに殴りかかろうとして、担任と副担任の先生が教頭を止めに入った。(この時の教頭の剣幕はMさんに取って非常に恐怖だった。父親は教頭のあまりに酷い態度、言動に驚いた。唖然としたと話す。)いくら3年生に頼まれた、先輩だから逆らえない、いじめじゃないと説明しても、ウソだと決めつけられた。N教頭から、出て行け!!と言われMさんは部屋を飛び出した。この時の教頭の剣幕は本当に恐怖だったとMさんは言っている。


3学期
・N教頭はMさんを施設に入れるように言い出す。保護者は施設に入れるなど全く頭に
ないのに教頭は会うたびに「Mさんを施設に入れろ、施設に入れるしかない」と言ってきた。そして、施設のパンフレットを数々持ってきた。(Mさんのお父さんはこの時初めて教頭の言動に対して、不信感を持ったと話す。)Mさんは教頭から何度もすすめられるので自分は施設に行くしか無いのだろうか、施設に行った方が良いのだろうかと思い詰めるようになる。また、家族と離れて遠くにある施設に入れられるのかと不安になり、お父さんに聞いた。「施設とかお父さんは全然考えてないから、教頭がそうさせようと勝手に決めつけてい
るだけだから安心しなさい」と言った。

・ある時お父さんはN教頭から「Mさんも施設に行こうと言う気になっているから、後はお父さんが申請書を書くだけですよ」と言われたので,「自分の娘が家庭内暴力をしているとかならまだしも普通の娘だから、そんなことは全く考えていない!」と言って、拒否した。(娘は料理を作ってくれたり、朝早く起きて私に弁当を作ってくれるなど優しさのある娘だ。施設など毛頭なかった。娘から教頭からの言葉の暴力を聞いてからは、娘に無理に登校を押しつけることはしなかった。)(父親談)


青少年センターに行くようになって
・センターにN教頭が面接に来たとき、Mさんには威圧的な言動や態度で接するのに、そのセンターにいる他の生徒に対しては、すごい笑顔を見せるのでMさんは自分と教頭と2人だけの時との態度の違いの差に驚き、教頭のその笑顔が気持ち悪くさえ思うようになった。


H20,4月 
・新学期になり、Mさんが久しぶりに登校出来たとき、髪の色が黒くなかった事で教頭からきつく叱られた際
「あんたは、この中学校にふさわしくない」
「あんたが居ると悪影響だ」
「学校に来なくていい」  
「あんたみたいな子は学校に来る必要ない」
と言われる。

・その後、Mさんはまた学校に行かなくなる。(髪を染めたりしたのは教頭が恐くて学校に行けなくなってから、弱い自分やありのままの自分に自信が無くなり、みんなから強く見られたくてしたんです。間違ってるのはわかってます。だけどもう、それでしか自分を表現出来なくなってしまったんです。人格を否定されて自分に自信が持てないんです。来なくていいと言われて行くのをやめました。)とMさんは言っている


8月末
・2学期から学校に行くように周りから言われる。また、校長の自殺は彼女のせいだ、と言うデマも流れ始める(Mさんは本当は学校に行きたい、だけど教頭が恐い、教頭さえ居なければ行けるのにと悩む)。デマのの発信源は教頭である、という情報もあり。


9月5日
・Mさんから「リストカット癖が止まりません」と自殺した校長の奥さんに連絡が入る。学校に電話すると教頭につながるため、小学校の校長奥様に電話をしMさんの家に急いで行ってもらう。大事に至らず、Mさんのお母さんも在宅中の事だったのでお母さんと話しをする。(リストカット癖はN教頭の人権侵害・言葉の暴力があってから始まったと言う)

12月末
・昨年末の冬休みにN教頭がMさんの家に来て、
「卒業式だけ来ようとしても駄目やっでね!」
「早く学校に来なさい!」
と言う。

H21,1月8日
・担任がMさんに会い来て、早く学校に来るように言われる。(先生達は教頭先生が恐くて学校に行けなくなっているのは知っている。)この日、Mさんリストカットする。学校は教頭の問題に取り組んでくれず、対策もないままただ教頭のことは我慢して、乗り越えて来るようにすすめる。

・Mさんは自分が、卒業生という事、今年は学校にとって記念になる卒業式となる事、親の気持ちは勿論、地域の人たちがMさんに期待する気持ちもよく分かっている。よくわかっているだけに行きたくても行けない事でまた悩み、苦しんでいる。
 
・Mさんは、まだ学校には行けませんが頑張って、自分の目標に向かって進路を定めようとしているところです。辛い時を乗り越え、将来に希望を持とうと前向きに努力しつつあります。

・お父さんのことば『学校に行けない理由がわかってからは娘を信じ、登校を無理強いはしなかった。料理も作ってくれる、朝は弁当も作ってくれる優しい娘です。最近、前に向かって1歩踏み出せるかなというところまで気持ちが明るくなってきた』と言われた。

最近
・N教頭が幾度も来て「いつから来るのか」「日にちを決めろ」「はっきり、いつからと
言いなさい」「あなたがいなければ卒業式はできないんだからね。地域や市長さんなどの期待を裏切るの!」などと言われ本当に苦しい。他の先生も「はっきり決めなさい」と言われる。Mの気持ちは聞いてもらえない。

・教育委員会の人も「Mちゃんだけじゃなく地域の人や先生達、市役所関係も関わってくるんだからね」と言われた。と言っている。

1月
昨年は教頭や先生がMさんに会いに来るのは少なかった。3学期になり頻繁に来るようになる。勤労青少年センターや自宅にも来る。N教頭から
「いつから来るの」
「来る日を決めなさい」
「日にちをはっきり言いなさい」
「地域の人や市のことを考えなさい」
「地域や市長を裏切るの!」
と言われる。

その後について・・・

・卒業式にN教頭は、「自律神経失調症」という仮病(自分が被害者だ、という芝居をする厄介な性格も持ち合わせている人間です。生徒を自殺寸前まで追い込む自律神経失調症患者はいないだろ、普通)を使い、参加せず。Mさんは何とか参加出来た、との事。で、校区の人間に「あの件で私は精神をわずらった」と嘘を吹き込んでいた。真実は逆ですからね。

・N教頭は、卒業式直後に教頭の任を解かれ、降格的人事を受けてはいますが、来年、ひょっとしたら現場復帰もあり得る状態である、という。

・Mさんは調理師、という夢があり、公立で調理科のある高校への進学を望んでいたのですが、それも教頭のせいで駄目になりました。卒業後は一旦地元のスーパーで働き始めたのですが、N教頭と似た性格の上司がおり、辞めてしまい、結局現在は鹿児島のある飲食店で働いているそうです。しかし、学歴も無く、守る人間も近くにはいない状況であり、彼女の今後には不安で、将来の希望もない生活を送っているようです。

 この事件以外にも、鹿児島県教育委員会には、ありえない人事や、教員の子息への教員採用優遇(高校時代、『お前はどんなに成績悪くても教員免許取れば、県の教職にはつける』と担任に言われた事が自分にはあります)、パワハラ、生徒への暴力を隠蔽している・・・など、本当に公正な組織とは言えない状況があります。今回のN教頭の事件は、あくまで、その氷山の一角に過ぎません。

 阿久根の件でつい最近ここや関連ブログ上でごたごたがありましたが、これもその根本は同じ、と個人的には考えています。弱者を幸せにしない公僕がのさばる社会が果たして正常なのかどうか・・・?

 被害者に本当の幸せはいつ来るのか・・・このままでは、ゴネただけで人生ばら色、というふざけた社会が出来上がってしまう。マスコミ(取材していただいたNHK鹿児島放送局やTBSの方々には感謝しています)や国会議員(市や県では対して問題にもならなかっただけに)の皆様は、この事を国民全体に伝えて欲しい、そして考えてほしい、と思います。日本の教育の現場がこれで良いのだろうか、という事を・・・。

 ・・・もうこの馬鹿教頭の本名出してしまおうか?これでも何のリアクション無ければ?

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posted by y-burn at 08:30| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これまでのN女史の教諭らしからぬ行動の流れ その3

 事務主査に対してのパワハラや上司である校長を夫と共に恫喝し、死に至らしめた罪を、彼女は反省する事は今の状況では全く無い、と思っています。反省する状況作りが本来必要なのですが、それを本人はしないし、管理者で有る県教委はさせようともしない。義理の兄が県教委の幹部だから。

 この件について思い入れが有る理由の一つが、この校長とその奥さんと、自分との関係が深い事にあります。この校長は自分が中学時代にお世話になった、当時技術家庭の先生。その奥さんは自分とは40年からの付き合い(お袋の小学校時代の教え子で、なおかつ中学校では親父の監督していたスポーツの選手でもありました)のある人で、姉、と云ってもおかしく無い存在です。そう言う事もあり、結婚式では媒酌人を頼んだのですが、快く引き受けてくださいました。

 自殺なんてする人じゃなかったのに、と、ずっと思っていたのですが、以下の事実を聞いて、このNと言う人間を許せないということと共に、これを許している鹿児島県教委に対して怒りを覚えざるを得ません。

 読んで見てください。どちらが間違っていますか?
(注:※、については自分自信の事である)

 H19,4月
N教頭は赴任後(、自己申請である所の各種手当申請書を出された。その際児童手当申請書は出されていなかった(筆者注:N教頭にはまだ義務教育中の小さい子供がいます)。

4月中旬
事務主査は教頭に「児童手当認定のための書類を早めに集め提出して下さい」
と伝える。

4月19日〜5月23日
事務主査は教頭に書類提出の催促を数回した。(事務主査)

5月25日 
教頭が児童手当請求書及び関係書類を提出。その後 校長室で校長・教頭・事務主査の3人で児童手当認定会を開く。H19年6月からの支給を認定・決定した。6月からになったのは必要書類の提出が遅れたため。校長は認定通知書を教頭に渡す。この時点では、認定に関して教頭及び教頭の夫からの不服申し立ては無かった。

7月中旬
教頭の夫が校長住宅に妻(教頭)と事務主査の事で抗議に来る。校長が不在で妻が応対。(筆者注:教頭の夫は既に郵政省を退職しています。で、奥さんであるN教頭と一緒にこちらに来ている)

週末
教頭の夫は「事務主査は事務職として怠慢だ」「自分が郵政で事務職をやってきたのでそういう中で部下や職員から苦情があれば謝罪したり上司から叱られたりしてやってきた」「事務主査は教頭が女だと思って馬鹿にしているんだ」「私の兄はK町の教育長だからこの事を兄にも言う」と言って帰る。

1週間後
N教頭が夫を伴い校長住宅に来る。事務主査との事務手続き上の問題の事で来る。

週末
近所の事務主査に来てもらう。4人で話し合い。(話し合いの中で教頭から事務手続きとは別に事務主査の態度についての話も出た)教頭夫妻が帰った後「職員は守らないと」と校長は一言つぶやいた。

2学期週末
自宅にいるとき教頭夫から,校長の携帯に電話。何の用だったか聞くと「事務のこと」。事務主査に直接聞けばいいのにねと言うと「もう事務主査の顔を見たくないらしい。自分が聞いてやらないと」と言っていた。

12月
年末調整の事でも教頭夫妻からクレーム。


H20,6月6日
教頭の児童手当の現況届けに基づき,校長・教頭・事務主査で審査を行う。教頭の所得超過により教頭の児童手当が消滅する。

6月9日
教頭が教頭の夫からの書簡を校長に渡す。書簡内容<昨年(H19)の児童手当4,5月分の未支給の理由について>

6月16日 
校長は教頭に教頭の夫宛の回答を渡す。
       
6月25日 
学校に教頭の夫からの書簡が校長宛に郵送で届く。
書簡内容
<知人現職校長の意見(学校の長である校長に責任がある)・知人元高等学校事務長の意見・実兄の意見(校長に責任がある,その辺校長はわかっておられるだろう)も添えた学校の事務手続きで不利益被った事に対する抗議・全ては校長に責任があるという内容>

6月26日 
教頭と教頭の夫からの2回目の書簡の事について話し合おうとするが、N教頭は「この事については、夫に任せてあります」「夫と話してください」と言って席を立つ。

6月30日 
校長は教頭に教頭の夫宛の回答を渡す。校長の回答<昨年、児童手当遅延により不利益を講じさせた事に対する謝罪・H19,4,5月分(2万円)の弁償をしますという内容>解決をはかるため、事を荒立てないためもあり、校長と事務主査と話し合い真摯に回答した(事務主査談)

7月25日 
教頭の夫が「教頭の児童手当その他事務手続きの件」で事務主査の事を県知事に陳情書を提出。

30日 
教頭に作成する書類内容確認のため話をしたいと頼むが、教頭に「この事については夫に任せてあります」「夫と連絡して下さい」と断られる

7月31日 
教頭の夫からの電話(夜9時30分)でマスコミや関係機関への報道を示唆される(校長室で文書作成中)(事務主査談)校長と事務主査が校長室で報告書の作成や話し合いしているとき,教頭夫から校長の携帯に電話。1時間に渡り,一方的に事務主査の悪口,「事務員は免職だぞ,免職だぞ」「校長お前も免職だぞ」と何度も言う。このような電話が2人でいるときだけで3回あった。(事務主査談)

8月6〜8日
事務所課長・委員会課長・校長・事務主査で県に出す報告書・謝罪文の作成

9〜10日
清書・郵送

8月11日 
校長が教頭に今後の事(謝罪)で電話。「夫に連絡して下さい」「夫と話してください」教頭夫 何度か電話するが不在「このことで,これから会うつもりはない」「他のことでも動いている(報道関係)」
           
8月12日深夜〜明け方
校長自殺。朝方近隣の住民に発見される。
※なお、自分は家族全員と祖父の一周忌で夜勤明けで末吉日帰りを行っていた。校長の奥さんは自分の親父と密な交流がある為、この末吉帰りを知っており、「先生がたや、y_burnらに心配を掛けられないから」と、この日には連絡をしてこなかった。

8月13日
※自分は5時過ぎに起床し、朝刊で校長自殺の一報を知るが、この時はまだ誰が自殺したのかは知らなかった。8:00過ぎに両親より「先生が自殺した」という話を聞く。即通夜の準備のため、子供二人を嫁さんの実家へ預け、その後葬儀場へ向かう。校長の嫁さんはもちろん、子供達三人(自分にとっては甥っ子も同然な存在でもある)は落ち込んでいたが、ここでくじけるな、と親父と一緒に激励する。通夜や葬式には職業柄何度も参加する機会は有るが、泣くのをここまで我慢した通夜は久しぶりだったのを覚えている。

教頭の夫が事務主査に仮通夜の席で「可哀想な事をさせたな」「お前はいつ辞めるんだ」と発言。

8月14日
※校長葬儀。自分の同級生からもお悔やみの電報が届いていた。教頭も参列していたが、校長の長男ににらまれたら、目をそむけただけで、謝罪も何も無かった、という。
 
児童手当などの事務主査との手続き上の問題に関する、教頭の対応への疑問

(1)自らの教頭としての立場を理解していたのか。 
(2)学校現場において教頭としてのサポートが正しくなされていたのか。
(3)校長並びに教育関係機関に文書を出したのは自分(教頭)の夫であったにも関わらず、何故校長や事務職員と夫との間に入り解決へのパイプ役にならなかったのか。
(4)学校経営を円滑に運ぶための責任の一端は、同じ管理職として教頭も担っているのではないか。
(5)事務主査の職務内容に疑問が残り、問題視するのであれば何故教頭として自ら指導しなかったのか。
(6)教頭自らの書類提出遅延については責任を感じないのか。
(7)教頭としての理念を知りたい。その理念を全うしていると考えているのか。
(8)教頭自身の手当支給申請の問題であり、自らの夫が起こしていることに対し何らかの対処を施している校長や事務主査に対し、協力の気持ちを持ち合わせなかったのは何故か。教頭職である前に人間性を問いたい。
(9)教頭が教頭で居ることの意義があるのか。また、教育関係機関において管理職選任の基準がどこにあるのか。知識だけでなく協調性・人間性・柔軟性など。
 客観的に見ても、校長や事務主査に非がある、とはとても思えません。最初はN教頭自らの書類提出不備の為の未支給であり、明らかにN教頭に非がある。しかし、その夫は・・・これは明らかにクレーマー体質としか言いようが無いでしょう。教頭本人もそうですが、夫も、郵政の仕事以前に、社会人として失格者です。

 自分がブログ上で「ゴネ得は絶対に許すべきでは無い」と常に言っているのは、こういうことです。これから20年以上生きていくはずだった大事な人間を失ってしまった、更にごね得をする際には、その回りの人間が想像以上の不幸を受けてしまいかねない、それを身を持って知っているから。このケースも、このまま謝罪も無く、許すわけにはいきません。

 覚えておいてください、「ゴネ得」で人は殺せるんです。

 で、これとほぼ同時期に、N教頭は一人の女子生徒に「精神的な殺人」を試みて成功させている、という事実もあります。それは次の項で。

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posted by y-burn at 08:18| 鹿児島 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これまでのN女史の教諭らしからぬ行動の流れ その2

 以下の文章は読みやすいように改行していることと、個人特定(はっきり言って本当はこの馬鹿教師だけでもしたくて仕方が無い)できないようにしているのみで、ほぼママの文章です。これで良く教頭にさせたなぁ、とあきれてしまったということと、ここで教頭にならなかったら、今の悲劇(自分にも関わっている事です)は無かった、と悔やまれてなりません。

 M中学校教師暴力事件の詳細について

H18.4月  
S中・N教諭中3担任(学年主任)となる。当時、それを知った子供たちは自分のクラスじゃなければいいと心配していた。N教諭は生徒が言うことを聞かないと暴力をふるう先生であるという噂は生徒達の間で広まっていた。


5月  
クラスの男子生徒3人を、学校に隣接の畑(当時はN農園という教諭の名前がついた畑があり、そこは死角になり学校や道路から見えにくい場所にある)に正座させ木の枝で叩き、頬を3回平手打ちした。その後その畑にクラスの男子全員に正座を命じた


9月 
クラスの男子2人を朝の学習時間にしゃべっていたとの理由で、その男子2人をテニスコートから見えない場所に連れて行き、正座を命じ、蹴りを1回、頬に平手打ちを3回、拳で頬を2回殴打、両手で頬をはさみ、2回叩いた。更に横にあった箒で頭を2回叩き、胸を2回突いた。もう1人には同じ箒で頭を2回叩き、胸を2回突いた。

・叩くとき、「女だからっち、なめっせえー」と言いながら叩いた。

・N教諭による男子生徒への暴力は日常的であった。平手打ちするときは手を振りかぶって思いっきり叩き、叩いた後は「先生も手が痛いがぁー」と時にはうす笑いながら言う。
・心の教室(密室)で畳の上に正座させ、そこにおいてある机にN教諭が乗り上がり、足で生徒の胸を蹴りあげた。


H19.2.2(高校入試の次の日、学年朝会の日)
・学年朝会でN教諭が3年生全員の前で、「入試の日にK君に「ネタをやれ(面白い事)」と言った者は手を上げろ!」と言って手を上げさせたが、G君は手を上げなかった。その後、教室で野村教諭が3人を正座させ、G君以外には「もう、言っちゃダメだよ。」と言ったが、G君には「お前が一番悪いだろーがっ!!卑怯もんがー!!」と怒鳴りながら、足蹴りをG君の胸に加えた。G君は吹っ飛んだ。何人もの生徒がそれを見ていた。 

・全く関係のない生徒も殴打された。「僕は何もやっていない。」とその生徒は言った。


H19.2.16 
・N教諭が「大変なことになった。5人の子供たちが下校中、人家の庭先に入り込み、警察から学校へ通報があった。」と野村教諭からそれぞれの保護者に連絡がいった。   

・保護者は「大変なこと、警察の通報」という言葉を聞き、不安に思い、どんな悪いことを子供たちがしたのだろうか?と思った。警察への通報については、一人の保護者がN教諭から連絡があった直後に、地元の警察署に確認したところそのような通報は受けていないとの説明を受けた。


H19.2.16
・昼休みに5人がN教諭に心の教室(指導室・密室)に呼ばれた。家人は,子どもたちが謝りに行った時「体をわなわな震わせ、怒っていた。」とN教諭が子どもたちを脅した。生徒が「はぁ〜???」というと、N教諭は「はぁ〜じゃねえが〜!!」と言った。 


H19.2.16
・N教諭はY君を指導室(密室)に入れた。他の先生も中にいた。他の先生からも怒られ
叩かれた。Y君は指導室(密室)で給食を食べた。それから教室には帰らなかった。指導室から帰ってきたとき、Y君の頬が赤くなっていた。左の頬。(子どもたち確認)

・給食時間に3人が順に呼び出され、「あんたが入ったんじゃないの?」と言われ、生徒達は「違います。」とそれぞれが答えた。

・残りの1人(庭先で踊ったK君)が昼休みに呼ばれた。5時間目の途中、N教諭から再度3人が指導室に呼ばれた。K君に対して、N教諭は「K君は言わされてやったんでしょ。(人の家に入り込んで、何かやれと言われ、無理やりやらされた。という意味)名前を挙げろ」と言われた。K君は本当はI君とY君に「何かやって」といわれただけ。だけど、I君だけを呼んだらI君がかわいそうなのでみんな(3人)をよんだら大丈夫だと思ってN教諭に言った。(このことは、そのあとK君がみんなに謝った。)

・K君は、N教諭は勝手に決め付けるからうざいと言っている。N教諭のことをあまり好きじゃない。

・「日頃K君が面白いことをやったりしているけど、あんたたちがそれを強要している。嫌がっているのにあんたたちが無理やりやらせているんじゃないね。」とN教諭が言った。生徒達は「違います。」とみんなが言ったが、何度も何度も執拗に繰り返しN教諭から同じことを聞かれた。
N教諭「そういうことはいじめじゃないの?」
D君「それは違います。」
N教諭「じゃ 何なの」
D君「K君は嫌がっていない。嫌がっていないからいじめじゃないです。」
N教諭「・・・・・・・」そしたら、先生は黙った。
K君「僕は嫌でやっていない。みんなが笑ってくれたりするから楽しくてやっている。別にいじめをされているわけではないです。」
それを聞き、N教諭は、(K君に向かって)「あんたがこの事件で一番悪いのよ!!本当だったらあんたが捕まるのよ!!」と叫んだ。


H19.2.16夕方
・理科室に保護者が呼ばれて行った。保護者の後に3年の担任の先生方がぞろぞろ入ってきた。保護者は「何事だろう?」と思った。

N教諭は、「先生方は自主的に来られています。(私が呼んだのではないという言い方。)何か事件があった時には学年全体で対応するのが学校の伝統ですから(学校のせいにする)」と言った。その後、子供たち5人がぞろぞろ入ってきた。その手には反省文らしきものを持っていた。

・反省文を読む前に、N教諭は保護者に対し、「子供たちの方を向け」と言った。子どもたちは、保護者と、3年の担任の先生方と対面で反省文を読まされた。その内容は心からの反省ではないことは保護者にはよくわかった。言葉が足らない子供には、N教諭が「もっとあるだろうが?」と子供たちの前に立ちはだかって反省を強要した。

・保護者は、N教諭や3年の先生方が、なぜこのようなやり方をされるのかは最初はわからず、ただ、腹が立って仕方がなかったこと。そして、つるしあげられている感じがしたこと、警察の取り調べのような感じの屈辱感を今でもはっきり覚えている。また、保護者は何のために理科室に呼び出されたのか?と疑問をもった。

・3年の学年の先生方は、それぞれの意見を述べられた。その中の、副担任は「4人がK君をいじめていた。友達関係を見直す必要があるのでは?」というようなことを言われた(3年生の先生方の中では、4人がK君をいじめていた。という結論になっていると、そ  の時気がついた。)

・その後、保護者の一人がいたたまれなくなり、家人の家に入り込んだことのお詫びを述べた。(その保護者は気が動転していたようだった)仕方なく、次々と保護者もお詫びを言わせられたが、保護者らは「子供と話して事実の確認がしたい」「後日、父親を交えて話をさせてほしいこと」も述べた。その後、3年の先生方は教室を出て行かれた。

・N教諭は、保護者に対し「子供たちが入り込んだ家人の人への対応を考えてください。」と言って理科室を出て行った。残った保護者は、納得できない気持ちをおさえながら、家人への対応について話し合った。7時半ごろ、「もう時間になったので帰ります。」と突然N教諭が入ってきて、そのまま帰っていった。


H19.2.19  
・5人の保護者は家人に子供たちが庭先に入り込んだことのお詫びを言いに行った。家人からは子供たちも謝罪に来てくれたことが話された。その足で警察署にもお詫びにいくつもりであることを家人に話すと、「自分は警察には通報していない」と話された。謝罪に対しては、好意的であり、理解していただいたものと判断した。

・N教諭が保護者を呼び出したとき、実際は警察の通報は無かったのに、さもあったかのように偽りを言った。しかも、入試間近の生徒にもその偽りを直に言い、生徒に心理
的ショックを与えた。具体的には(落ち込み・怒り・悲しみ・不快感・不安・緊張)がそれぞれの生徒に見られた。

・生徒のうち1人は「もう受験しても駄目だと思う、落ちる、やめる」と発言した。

・鬼ごっこをしながら他人の家の庭に入ってしまった事を「集団いじめ」にして生徒達
を執拗に問い詰め答えさせた。生徒が「1回だけ庭に入った事があります」と答えると
叱責・殴打した。

・N教諭はそのほかの事件(20人くらいで家人の庭先を突っ切っていったこと、自転車突っ切って行ったなども,5人の子どもたちの仕業であると言い張った。(もちろん子どもたちは濡れ衣なので認めなかったが、そのことが気に入らない様子だった。)

・N教諭はその叱責の中で、全く別のことを持ち出し、「今朝の読書タイムもしゃべってたんでしょう?」と言い、生徒が「しゃべってません」と答えると頭部を1回、頬を平手打ちで2回殴打した。

・N教諭は当時一番暴力を受けていた生徒に対し「反省しない限り、卒業式には出席させない」「あんたの親がなんと言って来ようと私は引かない」と言った。


H.19.2.19 (今日は珍しく4人とも叩かれなかったが)
朝、8時前に5人の生徒がN教諭から順番にローカに呼ばれ、土、日に反省した内容を聞かれた。(これはその中の一人の生徒の証言)
        
N教諭:「あんたはこんどの事件で一番反省したことを言いなさい。」
D君:「(この事件の)話をしている途中なので完全に反省は出きていません。」
N教諭:「それは、わかったからあんたが反省したことを言いなさい。あんたはこの件で自分がした悪いことは何?」
D君:「K君(他人の家の庭ではしゃいだ子供の一人)を止めなかったことと、鬼ごっこをして帰ったこと。歌を歌って帰ったことです。」
N教諭:「D君、あんたは一番わかっているんだから・・・わかっているんだったら
言っても聞かない馬鹿な子とはつきあいなさんな!!」
(N教諭の態度は僕にはこの程度だったが、Y君には違っていたと思う。なぜなら、Y君の声があまりにも大きかったのでそう思った。)


日時不明   
・指導室(畳の部屋、背の低い机が置いてある密室の部屋)内でのこと

・クラスにN教諭に対して反発し、髪を染めたり眉を剃ったりしている女生徒がいた。当時N教諭はその女生徒を指導室に入れ、往復ビンタをし蹴りあげた。(密室であった。)
そしてN教諭に「お前は生きている価値はない!!」とぼろくそに言われた。


H19.2.20  
・Y君とW君がでこペンをしていて,ペンのキャップが取れて,W君のおでこに傷がついた。掃除時間にそのことに気づいた野村教諭は、Y君に「Y君がW君をいじめていた。」と執拗に言ってくる。Y君の言い分には全く耳をかさず怒鳴り、頭と顔を平手で何回も殴られた。

・N教諭の声があまりにも大きかったので、O先生は隣の教室から飛び込んできた。また、S先生は外から教室に入ってきた。しかし、野村先生を止めることをしなかった。

・N教諭はY君の頭や顔を何度も平手打ちしながら、「先生はお前が嫌いだ〜!!」と怒鳴った。


H19.2.21  
・Y君が、朝学校に行くと、野村教諭に「Y君 こ〜い〜!!」と言われ、Y君は「ああ、また、何かされると思った」。そのまま指導室に入れと言われた。そして、反省するように言われ、夕方まで指導室に入れられた。

・給食のときにだけ副担と一緒に食べた。N教諭は朝と夕方に説教のために指導室に来た。2時間目英語,3時間目家庭,4時間目数学は受けられなかった。(受験前だというのに受けられなかった)教室の朝の会で,N教諭は皆に「Y君はいろいろあって反省しているので別室にいる。」と言った。そのとき,副担はローカにいた。その日から,授業を受けさせてもらえず、別室(指導室)に隔離された。       

・その日は指導室の外に出ることもなく、トイレに行った記憶もない。


H19.2.22
・次の日も心の教室に入れられ1日過ごした。給食のときに副担がくるだけで、夕方までN教諭は来なかった。前日と同じ。

・その夜、野村教諭からY君宅に電話があり、「明日、ご両親揃って校長室に来てくれ。」と呼び出しがかかった。

・Y君は2学期のころから、「N教諭を訴えてくれ、教育委員会に訴えてくれ」と母親に言っていた。母親には、「まさかあの先生が・・」という思いが強くあったのでY君の言葉には取り合わなかった。(今考えればあの時きちんと子供の言うことを聞いていればという残念な気持ちでいっぱいである。)(Y君の母談)

・当時一番暴力を受けていたY君が、とうとうたまらずに保護者に対し、Y 君:「先生のことを訴えてくれ」と言う。


H19.2.23
・D君の父親が学校長宛体罰に関する文書を提出しに行く。S中校長室にて、N教諭、校長、教頭が同席し、N教諭は1年間に渡る一連の体罰の大部分を事実と認め謝罪する。

・教育委員会へは、当時一番暴力を受けていたY君のご両親が体罰に関する文書を提出し、至急対応を取っていただきたいと訴えに行った。

・その時に聞いた教育委員会の言葉
「以前この中学校が荒れていた頃、その子供たちを抑えるために数名の先生(暴力教師と判断しました。)が送られてきたが、N教諭はその中の一人である。まだ、それが残っているんですね・・・」

(学校では)
・その日もY君は指導室に入れられ教室に戻ることはなかった。Y君はN教諭から生活の記録に反省文を書けと言われていたが、2日間書かなかった。それを見たN教諭は「反省の色が見られない!!」と叱責するので、Y君は3日目には適当(先生が満足する様に)に反省文を書いた。            


H19.2.23
・Y君の保護者は、このままでは子供が危ないと思い次の日から登校させなかった。


H19.3  
・高校合格発表後、校長とN教諭は今回の事件の当事者に対し、それぞれ謝罪をして回ったが、事件に対する説明は全くなく、「すみませんでした。」という言葉と、校長は「全然知らなかった。」という言葉だけで、保護者たちは誠意のない謝罪行為であると認識した。N教諭はただ校長の後ろに黙り込んでいるだけで、主には校長が謝罪した。(この校長もN教諭と同時期に異動していった。)


H19.3月末
・異動発表(N教諭、教頭に昇任しA中に異動がきまる。)


H19.3
異動発表後保護者がS市教育委員会に抗議に行く。

保護者  :「人事に驚いた。N先生が教頭に昇格し島に行くのはどういう事ですか。私たちが訴えたことに対する処分はなかったということですか?」

教育委員会:「教育委員会と校長とで強く指導しておきました。」:「人事に対しては時期的に遅かったです。お母さんたちが教育委員会に話を持ってくるのが遅すぎました。人事は2月初めに決まっていたし教頭試験にも何年か前にとおってましたから。」

保護者  :「こんな大変なことをしでかした先生なのに、人事をひっくり返すことは
できなかったのですか?」

教育委員会:「ちょっと無理ですね。」(真剣な感じではなく・・・)「学校が謝罪に行ったということで納得されたんじゃなかったですか?」

保護者  :「納得できるはずはない」と食い下がったが教育委員会は保護者の不満を聞くだけで、それをどうこうしようという感じではなく、言うだけ

以上は今までの事実のほんの一部であります。
 本来、これだけの事件を起すような教員はこの時点で昇進抹消のはずなんですが、これが無かった理由が実は他にもあって。それに関わる話は次項で。

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posted by y-burn at 07:56| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

これまでのN女史の教諭らしからぬ行動の流れ その1

 以前からこのブログで問題にしているN教諭の件、そろそろまとめる時期ではないか、とも思います。未だに、この女史の被害者で救われた人間は誰も居ません。S中の親御さんも生徒さんも、A中の事務職員や校長の遺族、PTSDになってしまった生徒さん・・・。これでは日本という国は、「ごねた人間だけが得をする」くだらない社会になってしまいかねません。

 twitterでこの事件の一部を公開したのですが、「詳しい事件の流れがわからない」という話もあり、この事件(生徒への暴力・事務職員へのパワハラ&校長への逆パワハラでの校長自殺事件・ある生徒に対してPTSDを発生させ、進学の夢を絶った事件・それに対しての県教委の女史への指導の甘さなど)の詳しい流れを、一旦此処で整理すべきだ、と思い、今回の記事になりました。詳しい事の知りたい方(特に国会議員やマスコミ等)は、私に直接メールください。

 今回は陳情書としてかかれた文章をベースに、事件全体の流れを読んでください。この陳情書は、いろんな部署をたらいまわしにされて、未だに大きな問題になっていないのが現状のようです。

 「まず、S中で起きたN教頭(当時教諭)の生徒への人権侵害・体罰事件。

 N氏本人も当時の学校長も認め、これまで新聞紙上で見てきた体罰の数々をはるかに越えるような内容とも思える、この体罰事件をS市教育委員会は鹿児島県教育委員会に報告することなく、重要視することなく口頭で注意・指導した(H20年12月16日親からの開示請求に対するS市教育委員会の回答)だけに過ぎないとしたら、現在A中で起きているN教頭の言葉の暴力から不登校になっている生徒の件に対し、どう弁明されるのですか。

 当時、S市教育委員会は生徒・保護者らからの訴えがあったにも関わらず、その後すぐ教頭に昇格させました。

 昇格人事を知った保護者らがS市教育委員会に抗議に行った際の委員会の答えは「体罰に関する陳情書が2月に提出されたのが遅く、人事は決まっていた」の一点張りでN教諭の管理職としての資質に真剣に目を向けられたのか、どこをどう見て、適格と判断されたのだろうか。

 現実に起きていた体罰事件に対し、S市教育委員会の上辺だけでない誠実な対応がなされ、県教育委員会がこの事件を知っていたら簡単に昇格できていただろうか。

 生徒や保護者らの精一杯の訴えを教育委員会が親身に取り上げないで、どこに生徒は助けを求めたらいいのですか。
 
 N教諭の体罰事件に対し、この時点での判断が異常に甘くはなかったか。

 その後、H19年4月A中に赴任してきたN教頭は、PTA歓迎会の席で「私は、生徒への体罰で2度始末書を書いた。ここではおとなしくしようと思うがどうかなぁ」と誇らしげに発言しているのを保護者達が覚えています。それを受けて男の子の親が「自分ちの子も悪さをしたら叩いて良いからなぁ」と応じました。

 N教頭は真に反省できていたのか疑問です。

 更に、児童手当申請書に関する事務手続きの不備(ただし、不備の原因は本人にある)により、事務主査と校長を夫と共に恫喝し追い詰め、最終的には校長の自殺を招いた点。教員以前に組織の人間としても失格と言わざるを得ない言動に対しての、遺族や被害者に対しての明確な謝罪も未だになされていません。あれから2年以上が過ぎ去ろうとしているのに。

 十分な見極めのないまま昇格させたために再び同じような人権侵害・言葉の暴力を行い、校長の自殺や不登校生徒を作ってしまったのではないでしょうか。

 誰がN教頭に対し反省させられるのですか。保護者は誰ならそれが出来るのかという不信感・無力感でいっぱいです。

 私達はS市教育委員会での反省からN教頭に対し厳しく処分・反省させられる人がいるとしたら、もう県にお願いするしかないという思いに至りました。

 S市でN教頭が厳しく処分され真に反省し、再教育されていたなら、その後の生徒への被害は無かったでしょう。

 Mさん(A中での暴言の被害者)は皆と同じように学校に通い、悩み迷いながらも楽しい思い出を沢山作れていたと思います。

 まだ14、5才の少年少女達に,一生忘れる事のない恐怖とダメージを与えたこの教頭を,私達は絶対に許す事は出来ません。教育者として失格だと思います。

 これらのことから今後出会うであろう多くの生徒へ及ぼす影響を考えると、このまま見過すわけにはいきません。これまでの生徒が受けた深い心の傷を考えたとき、教育現場から退いてもらいたいほどです。

 このままでは今後も被害を受ける生徒が拡大し、いずれ取り返しのつかない事が起きると思います。校区内の学校への期待が裏切られ、県民の教育への信頼はますます損なわれるでしょう。

 県教育委員会はこの件を十分調査し把握され、真剣に誠実な判断をしていただきたい。
 しかし、今の状態は、S市に対しての親御さんの苦情はクレーマー扱いという状態です。更に、自殺した校長の家族は泣き寝入り状態。言葉の暴力を受けた生徒さんはPTSDと進学の夢を絶たれ・・・

 N教諭は現在、懲罰的な人事を受けてはいるものの、解雇という処分にはならず(身内に教育長がいる事も原因らしいが・・・)、おそらくあと1〜2年で現場復帰する危険性は否めない状況です。

 さて、文章が長くなるのでこの辺で一旦切ります。次の項では、「S市某中学校で起こった生徒への暴力事件」について語ろうと思います。

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posted by y-burn at 07:47| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

クマーがこういう形で活躍しない社会作りを

〜「それは偽装サークルだクマ」 福岡市消費生活センターの「クマー」新作は「新生活編」〜

 「クマー」のAAを2次創作した「消費生活グマ」が活躍する福岡市消費生活センターのパンフレットに新作「新生活編」が登場した。

 大学進学や就職で一人暮らしを始めた人などが悪徳商法などではまりがちな「ドツボ」を5つの具体的なケースで紹介。消費生活グマがドツボを回避できるようアドバイスしてくれる。

 例えば若者を狙った悪質な訪問販売の場合、妙にノリのいいお兄さんが販売員として現れ、一人暮らしを始めたばかりのさみしさからついつい話が盛り上がってしまうことがある。だが消費生活グマは「初対面でなれなれしい話し方をするような社員のいる会社は、社員教育も満足にできないような会社だクマ。契約しちゃダメクマよ」ともっともなアドバイス。契約してしまった場合はクーリングオフも可能なことを教えてくれる。

 大学に入って勧誘されたサークルで宗教ビデオを見せられてしまい……という普遍的な相談では「それは、偽装サークルだクマ。速攻やめないと、さらなるドツボにはまるクマよ」と喝破。「サークルで宗教的な話やビデオ教育が始まったらアウトだクマ」という実践的な知識に加え、しつこい勧誘で困ったら学生課などに相談するようアドバイスしている。

 「下半身の改造手術」や投資商品の勧誘などのドツボ回避策も解説。それでもドツボにはまった場合は「一本の電話が一生を救うこともあるクマ。困ったことがあったら、まずは消費生活センターに電話してほしいクマ」と呼び掛けている。

 パンフはWebサイトのほか、同センターや同市の各区役所で配布。今後、市内の高校や大学でも配る予定。
 受験シーズンたけなわで、それが終わると新生活。そこで待っているのは、楽しい一人暮らしや友人作りだけではありません。貴方の懐にあるきらきら光る物をどういう理由でがめようか、と手ぐすね引いて待っている愚かなるペコポン人ども、もとい悪徳商法や宗教団体が存在しております。

 おいらは基本的にこういうのに騙されてはいないんだけど、勧誘はありましたね、大学生時代。どう言う事で名前がばれて勧誘が来たかは良くわかんないけれど、伊集院駅前の喫茶店で待ち合わせで。その内容は「この会に入れば海外旅行は割安だし、テニスサークルで女の子とも知り合えるし、会員権を買えば永久に使えますよ」的な物。当時からバリバリのヲタクだったおいらは「え?興味ありませ〜ん」と断ったのだが、それでもぜひ一回合いたいと。

 ・・・海外旅行は好きではない(この頃だけじゃなくて、今でもですけどね)し、当時はもてると言う事に無頓着だった(火が付いたのは、結構自分が考えているよりもてるかも、と自覚したその5年ぐらい後だった)し、テニスなんか全く興味なかったし。

 ええ、当日すっぽかししました。で、その後は誹謗中傷の電話ががんがん。「貴方は社会人としてふさわしくない方です!」「すまん、社会人としてではなく、立派なヲタクとして認められたいから、いいんじゃね?」って返したら、「・・・死ね」の一言。その後は電話ありませんでしたが。この方々の言う社会人は、自分の営業になびき、お金をどんどん使ってくれる方の事だったのでしょう。その当時こういう仕事していた馬鹿な兄ちゃんや姉ちゃんは、今頃どう言う生活しているのか、気になりますねぇ。死んでませんよ、あしからず。しかも今は嫁と子供二人、金はないけど幸せに暮しています。ざまみろ。

 警察や消費者省も後手後手に回らずに、こういう詐欺的な勧誘や宗教団体、どんどん取り締まればいいのに。貴方達の給料の一部になる税金を払わなくなる原因の一つなんですよ、こういうのって。社会的弱者ではなく、こういう悪徳な業種にどんどん突撃して、一般市民が本当に安心出来る生活を送れるようにするのが仕事じゃないの?クマーだより、じゃ駄目だぜ。

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posted by y-burn at 10:38| 鹿児島 | Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

竹原市長は許せない、だけで阿久根が変えられる、と思っている人々の妄想の生んだ・・・

〜竹原市政への批判相次ぐ 阿久根市民が「考える会」結成〜

 混乱が続く阿久根市政を検証しようと、若手市民でつくる「阿久根の将来を考える会」(川原慎一会長)が28日発足し、市民会館で市議会議員と語る会を開いた。出席者からは、竹原信一市長の障害者差別的なブログ(日記風サイト)記載や職員の懲戒免職問題への批判が相次ぎ、「市長はすぐ辞職すべき」との意見も出た。

 会には青年会議所関係者ら約50人と、市議16人中15人が参加。竹原市政の是非や問題点、今後の市政のあり方など六つの質問について、市議がそれぞれ見解を述べ、市民と意見を交わした。

 出席した40代自営業男性は「無責任な言動で阿久根は日本中から笑いものにされている。市長の資格はない」と発言。このほか「(報道取材拒否や議会対応など)説明責任を果たしていない」などの意見が出た。

 一方、市長支持派議員は「市政は停滞していない。不妊治療助成などいろいろな施策を行っている」と反論した。
「阿久根の将来を考える会」に参加して
2010.01.28 Thursday

 阿久根の商業、農業、水産業、教育関係、各団体の青年団体の皆様が「阿久根の将来を考える会」を発足され、本日発足会の運びに伴い阿久根市議会議員全員参加の下、第1回目の意見交換会が開催されました。事前質問書に沿って、挙手により各議員の考えを述べさせて頂きましたが、つい興奮してしまい声を荒立てて発言してしまう場面もありましたが、議員同士の議論は議場でやるべき事でした。

 主に今日の会は、現在の竹原市政についての意見交換会でしたが、これから先さまざまな分野での討論会を重ねて行く事こそが、市政の番人としてこの会を立ち上げられた大きな意味があると思います。

これからの阿久根を作り上げていく若い世代が立ち上がってくれた事に大きな拍手とエールを送りたい。一緒に新しい阿久根を作っていきましょう。

牛之濱由美 * - * 23:43 * - * - * pookmark


 市議会議員への質問書

1、竹原市政の問題点について

2、竹原市政へなぜ賛成なのか

3、竹原市政へなぜ反対なのか

4、今の市長の態度(賛成ばかり取り上げて、反対には相手にしない)
これにどう思うか。

5、賛成議員へ・これからの竹原市長の政策は何なのか。

6、反対議員へ・これからの阿久根市政はどうあるべきか

以上を大きな柱の質問に考えていますが、他にも質問を受ける予定ですので
議員の方々に聞きたい事があればご提出下さい。

川原慎一氏を発起人代表として上記の質問書を事務局から配布された。
表の挨拶文は、各青年団体、及び青年代表者殿となっている。
(挨拶文一部抜粋)
>私達が、竹原市政に対して番人となり意見を言い、それでも現状のような
態度を市長が取るようであれば、リコ−ルも持(辞?)さない強い態度で
望むべきとおもっております。終わり
(まーちゃん日記 怒涛の阿久根市議会議員 石澤正彰 より抜粋)
 何を考えるのかが良く理解出来ないのは、おいらだけでしょうか?

 いや、実際結論はわかっているんだよ。「竹原市長は敵だ。敵だからメンツを集めて大きな声でもって竹原の市長職を剥奪しよう」ということなんでしょ?でも、これって、小学校のクラス委員会で「スカートめくりとかの悪戯ばっかりするから、○○くんはいけないとおもいま〜す!」レベルの話なんじゃぁ・・・。ゴネ得狙い見え見え。ま、出来るのであれば、Webでもブログ(コメントやトラバ許可の奴限定)でもツイッターでもどうぞデビューしてください。そんなにレベルの低い会に全国から同意が集まるかな?それに、どういう「損得勘定」がこの会の中にあるのかな?本当に理想を追い求める会なんでしょうかね?

 「阿久根の将来を考える会」のメンバーがどういう構成かどうかはしらないし知りたくもねぇ(自治労と反市長派に担ぎ出されただけだろ)が、竹原市長降ろしが阿久根市民の市民を守る為の「手段」ではなくて、それ自体が「目的」であるのならば、批判の対象にならざるをえないだろうね。質問状を見ても、竹原降ろしが目的らしいし。逆にこれが竹原市長関係なしで市を良くする為の「手段」なら批判はやめるが、まぁ、100%それは無いだろ(つーか、最近手段と目的の取り違えで混乱するケース、何と多いことか・・・)。

 こんな「考えることは竹原憎しだけな会」も、それに喜んで尻尾を振って近づく阿想会のおりこうさんな議員さん方も問題だが、この南日本新聞の記事にはもっと問題がある。相変わらず記事の内容が「竹原バッシング」に偏向していることだ。

 鹿児島の殆んどのマスコミがマスコミ、ととても言えない理由がある。

 「大きな組織や団体には良い時には提灯記事、悪い時には極小記事(書かない事すらある)を書くが、一般市民や中小企業・団体が良い時には小さな記事、悪い時には鹿児島に住めない位大きな記事にする」ということ。もっと簡単に言えば、「お役所目線の記事しか書かないし、書けない」所。

 竹原市長はお役所の人間ではあるが、それ以前に阿久根の古株議員や阿久根市自治労とのつながりが大きいんだろうね。在鹿マスコミは、「市長派=悪の枢軸・反市長派=正義の志士」という図式を作り、それを記事にしているようだが、そういう決まりきった視点だけで物事を語るのがマスコミの仕事なんだろうか?考える会に問題は無いんだろうか?という事すら考えられない思考停止に至ってのこの記事なんだろうか?物事に裏表がある、という事すら理解していないおりこうさんなのだろうか?以前、志布志事件で失敗している事の教訓を何も学んでいないようだし、芳草園事件や某教頭パワハラ&生徒虐待事件とか、それこそ全国レベルなら、ぶるーくろす事件という、過去の間違った報道を反省しないうえに、もう取り返しのつかない過ちもあるのに。

 双方のいいところと悪い所を比較し(勿論竹原市長にも全く問題は無い訳では無い、とこのブログでは再三言っているのにね)、考えて意見を述べるのが正しいマスコミのやり方。つまり、在鹿マスコミは、どんなに良い大学を出ている記者がいようが、このブログにすら勝てない、という事すら出来るのではないか?と思う。少なくとも今の流れではね。「竹原降ろし」だけやっていたら、阿久根は鹿児島の夕張になりかねない、そういう危険をはらんでいる事すら、この会に参加している市民にはわかっていないようだ。悲しいことだが・・・。

 今回の出会い系メールも、そういう偏向記事を読んで、うちのブログと読み比べもせずに「y-burnも悪だ」と思った真っ直ぐくんの悪戯だろうけど、思考停止した馬鹿の所業、としか思っていませんので。あと、今回の出会い系の女性?・・・からの会いたいコメントが、携帯小説レベルで凄くいいストーリー展開しているので、もう少し溜まったらここで紹介しようかな、とも思ってます。

 転んでもただじゃ起きません、この兄さんは。

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posted by y-burn at 14:35| 鹿児島 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダークな企業が多すぎ

〜「別れさせ屋」野放し、ヤフーが広告掲載中止〜

 探偵業者が離婚工作などを請け負う「別れさせ行為」について、業界団体の社団法人・日本調査業協会(東京)が調べた結果、非加盟の約270業者がインターネットで依頼を募っていることがわかった。

 「別れさせ屋」と呼ばれる業者には、人を陥れる手口に批判が強く、ネット検索サービス最大手「ヤフー」は2月から、別れさせ行為に関する広告の掲載中止を決めた。

 東京地裁では、昨年4月、別れさせ屋の元工作員の桑原武被告(31)が、五十畑里恵さん(32)を離婚させた後、交際がもつれて殺害したとして、殺人罪などに問われ公判中だ。

 警視庁などによると、桑原被告は2007年6月、IT企業に勤める独身の「ハジメ」と名乗り接近。2人でホテルに入る写真を別の工作員に隠し撮りさせて夫に渡し、離婚を成功させた。桑原被告はその後も交際を続けたが、探偵社を解雇されたトラブルがもとで里恵さんに離婚工作を知られて別れ話となり、激高の末、殺害したとされる。「人をもてあそぶ商売は許せない」と里恵さんの父親は憤る。

 別れさせ屋の問題に詳しい高江洲歳満(たかえすとしみつ)弁護士は「民法には、だまされて行った意思表示は取り消せる規定もある。刑事、民事両面で違法性が高く野放しにしてはいけないビジネスだ」と話す。

 日本調査業協会は別れさせ行為を禁止しているが、探偵業法には規制する法令はない。しかし、警察庁は「個別のケースで法令違反があれば厳正に対処する」としている。

 同協会は2月9日午後1〜4時、被害相談電話(03・3865・8371)を開設する。 
先週の「相棒」が、丁度これを扱った話でしたね。手品師が奥さんと別れるために雇った別れさせ屋に逆に脅されて、ショーの事故に見せかけて殺人を犯す、それを特命係の2人が追い詰める、と言う。

 こういう商売が法的に許されているのか、という事については、上の記事でもあるけれど、本当は駄目らしい。だからこその広告掲載中止なんだろう。でも、批判が多くても、違法であっても、こういうニーズがあるからこそなんだろうけどね。

 別れさせ屋に限らず、グレーゾーンの商売って言うのは結構まだまだこの日本には存在していると思う(サラ金やパチンコなどはその最たるもの)。そういったものを一つ一つ吟味するような機関は、政府主導で作らなければいけないのかもしれないね。利権がからんだり、天下りの温床になりそうだけど。

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posted by y-burn at 13:54| 鹿児島 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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