2012年07月28日

ま、そういうことで。

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2012年03月18日

谷山の老健フェニックスの2回目のストライキについて...

 またフェニックスでストライキが始まったようだ、と言うニュースが今週初めに流れました(南日本新聞紙面のみの記事で、ニュースサイトでは取り上げられていないようですが)。

 Twitter上で「またですか...」と言う内容の呟きをしたところ、まさに現場にいらっしゃる方からのメッセージがありました。

 以下、関連施設職員であるリジー@salt1412さんから、今回のストライキに関してのTwitterと爆サイ!からの情報及び彼女の個人的見解です。


・フェニックス(老健)またストしやがった…。夜から老健の夜勤。

・マジあり得ないから。医療界の恥さらしだわ。老健で二回もストライキするとか、信じられない。

・今ストライキを起こしている鹿児島の老健の事ですが、本当に新聞記事やニュースに惑わされないで欲しいです。確かに体制やら、不足している部分は沢山あるけれど、綺麗事を並べて居ても結局は金が目当てなんです、あそこの職員達は。一度ストライキが終わって、帰ってきた時も謝罪の一つもなかった。

・確かに、ここは医療界でも底辺の施設、病院です。しかしそこにも患者様がいます。本当の看護、介護の精神を持っているならば、ストライキなどあり得ないと、私は考えます。言いたいことはわかります。ストする側の言い分も聞きました。しかしやはり生命を預かる職業に就いている人間の行動ではないです

・私は一度目のストライキの時は老健に勤めていたので、ストライキの期間日勤夜勤を続けました。ストライキが終わった後、同じ系列の病院で働いています。ストライキをした人たちの態度を見て嫌になったからです。今日の夜は、老健の方に夜勤の助っ人です。利用者様がどれだけ不安か、考えて下さい。

・情報化社会です。でも、お願いですから、新聞やニュースの偏った情報に惑わされないでください。ストライキは仕方のない事ではありません。私にとっては人殺しと一緒です。何があろうとどんな理由だろうと、前回と今回の事は許せません。

・っていうか、お金に不満があるなら金良い所に行けよ。仕事辞めろ。まぁ、ストライキに参加した時点で、医師会系には就職無理だけどね。

・悔しい、老健フェニックスの事調べたら、ストライキした事に対して勇気でたとか好意的な意見が多いのが、凄く悔しい。自分の親がいる施設がストライキして親が不安で鬱や体調不良になっても許せるのか、ちゃんと考えて欲しい。悔しい。結局当事者以外は他人事なんだよね。医療人の立場から見たって同じ

・偏った見方しかしていない癖にさも正論の様に振りかざすな。

・あー、怠い。あたしが夜勤してる階の人達だけ殆ど残ってて、他の階は徳洲会とかが何人か引き取ってくれてるらしい。おい、マジでか。こっちも引き取ってくれ。特に

・…いや、やめとこう。言うのは。取り敢えず明日も何人か減ってくれたらいいな、正直一人で四十人近く見るのは辛い。

・ふー…風呂はいってすっきり。ちょっと仮眠取って、また今日夜勤だー\(^o^)/今回は長期戦になるみたい。組合の人が見るかもしれないので詳しくは言わないけど、凄いよ。まぁ、今の従業員にもスパイはいるだろうけど。小金を稼ぐぜ。

・医師会と二分するような力を持つ機関が協力してくれたからこそ、今日の夜勤は少し救われる…

・【拡散希望】介護老人保健施設フェニックスの組合員のストライキの要求には決定的な嘘がある。『夏季ボーナス三ヶ月分』。お前らは何処の国家公務員だ。『決して無理な要求はしていない』どこがだ。君達は仕事時間にも関わらず、勝った時の賞与を何に使うかを楽しげに話していたよね。医療従事者失格だ

・すみません。下のツイートで皆さんに事実を知って頂きたいです。拡散RTをお願いします。施設側も嘘ばかりですが、だからと言って組合側が綺麗事だけでやっているわけではないのです。ツイッターをこう言う事に使うのは、間違っているのかもしれません。でも真実を知ってもらった上で、考えて貰いたい

・…と思います。今回のストライキは長期戦になると思います。組合側の要求が『決して無理な要求ではない』のか、今一度考えて頂きたいです。

・南日本新聞に載ってるんだ……恥晒しだなー…。びっくりした。

・今日は、夜勤ないみたいだから、寝る。予定は未定なんだけど…。組合側が中で割れてるとか、暫くはストは収束しないとか、色んな情報が飛び交ってる。憶測とか、噂とか、信じない方だけど、どういう結果でもいいから、早く終わって欲しい…。

・ぶっちゃけね、組合側が勝とうが、会社が勝とうがどうでも良いのよ。あたしやめるし。誤魔化しや嘘や隠し事が嫌いだから情報を流してるだけに過ぎないし…。だから一刻も早く解決して欲しい。どんな結果になろうと。取り敢えず患者様が安心するし、ちゃんと『介護』ができるようになって欲しい。

・そう言えば、あたしは新聞もとってないし、テレビも無いからわからないんだけど、人不足もストの理由に入ってるのかな…?でも、前にストを起こした所に、新しい人なんて中々入らないと思うんだよね…。あと会社側も一番渋ってる理由は例の『三ヶ月分』みたいだし。うーん、マジでどっちもどっちだわ。

・ずっと引っかかっているのですが、わたしがやっている事は批判なのでしょうか…?
わたしは情報を提示して、正しい事なのかを皆さんに問いかけているだけのつもりです。
・正しい情報もないのに、世間が組合側に好意的なのが疑問なのです…。個人的な意見が、批判に取られてしまえば、集団でストライキを起こす事も立派な事業批判ではないのかなと思います。個人的に色々思う所はありますが、この掲示板で誰々が悪い。と一方を責め立てているつもりはないのです。といっても言い訳になってしまうのでしょうが…。取り方次第です。と、わたしは思います。どんな意見であれ、こうやって皆さんの意見が聞けて嬉しいです。ありがとうございます。

・わたしが『夏季ボーナス三ヶ月分』に拘っているのは、新聞などでは患者様の為に、など唱っているのにも関わらず公開されていない所で自分達の為の要求をしている所です。当事者ではない41さんに説明する為に少し話させていただきますが、仕事時間にも関わらず組合員達は『ボーナス三倍でたら何に使おう〜』とか話していました。患者様の呼び出しが鳴っても走らずにです。一度法人側は条件をのむという調印を押しました。しかし、その背景には世間的に悪い噂を流すぞと言う組合側の脅しに屈したということがあります。しかし法人側の対応に問題があったのは事実です。でなければそもそも組合というものは作られなかったと思います。しかし医療に関わるものが、ストライキという事を起こしたこと。これは医療従事者としての自覚、誇りは欠如、あるいはないと考えられても仕方が無いと思うのです。人の命を支える仕事です。他の業種なら代わりになるものもあると思います。見切りをつけて、他へ行くという方法もあったはずです。一年近く組合の活動を続けているということは、結局は医療従事者としての誇りがないと、わたしは思います。患者様のことを同じように捉えてくださり、ありがとうございます。早く終わって欲しいですが、わたしには残された患者様の手助けをすることしか出来なくて、とても歯痒いです。


 ...ある意味当事者に近い第三者からの意見。なかなかこういった意見は普段出て来ないので凄く貴重です。

これらの情報をまとめてみると...

 前回と今回のストライキはある意味質が違うのでは無いか?ということ。前回のストライキは施設側の不備もあっただろうし、かなり従事者の疲れもあったことを個人的には知っているので「こういうのもあるかもしれないな」と言うスタンスでしたが、今回はねぇ...

 うちらの業界、いや、全ての業界が一番やっちゃいけない「ゴネ得狙い」ですか。

 今回このストライキをバックアップしている組織が「全労連」なんだけど、そこが自分達の存在感を示す(基本どの組合も鹿児島は強くない。ただし阿久根などの地方都市は除く)為にこのストライキを画策したのでは無いか?と邪推してしまう。Facebook上でもそうなのでは無いか?と新潟の福祉系の方が言っておられたが、まさに...。

 ストライキ回避条件がボーナス三か月分?現在の介護報酬の仕組みを熟知しているなら、それは経営的にかなり困難なのは知らないとは言わせないよ。しかもその話でコール対応すらしないのは、プロとして恥だと思え、とはっきり言いたいよね。


 しかもこの施設のデイケアの受入数、以前ここで働いていた友人に聞いた事あるんだけど、全く企業努力の足りないレベル(1日10人も来ないようだ...)だと。老健併設のデイケアはある意味施設の稼ぎ頭(4月からは下がるけどね)なんだから...前相談員やっていた施設ではデイケア利用者をいかに増やすか?また定着していただくかデイケア担当職員(施設の方の相談員でしたが、おいらも送迎や職員養成など結構関わってました)全員血を吐く思いで努力してたがなぁ。

 ただ、施設側にも大きな問題はある。何で昨年10月のスト終結からより良い方向に経営のベクトルを向けなかったのだろうか?最も組合作られる時点で既におかしかったんだろうけど。

 これについては福祉施設や事業所経営者は他山の石、と構えているべきじゃないよね。この間の講演会でも「強制的にボランティア業務を押し付ける事業所がある」と言う話があっただけに、労働基準的におかしい施設や事業所はかなり多いと思う。ここを直さないと第二、第三のフェニックスが出てきてもおかしくないんだから...。

 今回のストで被害に逢う方もいる。施設の入所者やデイケアの利用者、またそれらの家族は今回相当な被害なんじゃないのか?在宅で生活できない、または在宅復帰に向けてリハビリを頑張っているから老健に入所されているわけだろ?機能的に止まっていたら在宅復帰は遠のくわ、家族負担も並大抵じゃないわ、2回のストで施設自体の信用はガタ落ちだわ...

 利用者置き去りで何が争議だよ。ふざけるなって。彼女のコメントにもあるけど、「気に入らないなら辞めなさい」ですよ、全く。それとも3か月分のボーナス貰って辞めるのか?申し訳ないが元フェニックスで労働争議しました、で再就職先が簡単に見つかる、と思わない方がいいよ。経営者はそういうのを一番嫌うからね。そもそもそういう「事業所内政治」好きがまともな介護が出来るとも思えないのだがな。なんか爆サイ見たらそういう方が彼女を誹謗中傷していたようだが、負けるなよ!リジーさん!

 色々書きましたが、まとめましょうか。

 まず、そういう労働争議起こされるような上層部のいる事業所といい、ごね得狙いの従事者と言い、お前らどちらもプロじゃないだろう、と。逆に今回内情を明かしてくれた彼女の方がよっぽど介護のプロだよ。

 雑念にも負けず、自分の置かれている連続夜勤という大きな試練にも負けず、組合からの邪魔にも負けず本来あるべき利用者の為に働いている...。思わず我が施設にスカウトしちゃったじゃないか(条件合わなくて流れちゃったけどさ)。代わりに鹿児島笑福会に加入してもらおう、と思い、Facebookでお友達になってます。

 何はともあれ、ストの早期終結を望むばかりです...かなり難しいでしょうけどね。

 なにしろ、ただの「二匹のモンスターの食い合い」なんだから。

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2012年03月10日

衣食足りて礼節を知る、というのは嘘で、実際は飽食絶って礼節を知る、と言うのが正しいのかもね。

〜お金持ちほど人をだます傾向あり、米研究〜

【2月29日 AFP】社会的地位の高いお金持ちはそれ以外の人々よりも、交通ルールを守らず、子供のキャンディーを横取りし、金銭的利益のためにうそをつく傾向があるとする研究結果が、27日の米科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences、PNAS)に発表された。

 米カリフォルニア大学バークレー校(University of California at Berkeley)とカナダ・トロント大(University of Toronto)の心理学者チームは、米国で行った人間行動に関する7つの実験を分析した。

 ある実験では、メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)やBMW、トヨタ(Toyota)のプリウス(Prius)などの高級車のドライバーは、カムリ(Camry)やカローラ(Corolla)などの大衆車のドライバーに比べて、交差点での交通ルールを守らない傾向があることが分かった。高級車ドライバーはまた、大衆車ドライバーよりも、道路を横断しようとする歩行者を優先しない傾向があった。

 サイコロを使った別の実験では、サイの目が大きいと50ドル(約4000円)の賞金をもらえるというゲームを行ったところ、社会経済的な地位が高いと自己申告した人では、実際の目よりも大きい数を言う頻度が高かった。「50ドルなど大した金ではない階級の人々がうそをつく頻度は(低所得者層の)3倍だった」と、論文の主執筆者であるカリフォルニア大バークレー校のポール・ピフ(Paul Piff)氏は言う。

 また、自分を雇用者と仮定し、近く廃止する部署であると知りながらもその部署を希望する求職者と面談するという設定では、高い地位の人ほど事実を隠す傾向があった。

 別の実験では、キャンディーが詰まったポットを「近くの研究所の子供たち用」だと言って渡し、「好きならいくつかとっても構わない」と言い添えた場合、お金持ちほど多くのキャンディーをとる傾向があった。平均して、お金持ちがとったキャンディーの量は(お金持ちではない人の)2倍だった。富裕層の施しの量が貧しい人よりも少ない傾向があることを見出しつつあるピフ氏も、お金持ちが子供のお菓子を横取りするというこの事実には驚きを禁じ得ないと言う。

 さらに、自分の社会的地位が高いと思い込ませる実験では、社会的地位が他の人より高いという認識が、貪欲さを増し、例えば、実際より多くのおつりをもらっても黙ってとっておくなど、倫理的な行動規範も薄れる可能性があることも明らかになった。

■富と自立が他人への感受性弱める

 以上の実験結果は「上流階級の個人の間で文化的に共有されているいくつかの規範」を浮き彫りにした、と、論文は述べる。

 例えば、富裕層は貧しい人よりも自立し、財産も多いため、「他人が自分をどう思うか」が貧しい人よりも気にならないかもしれないという。

 ピフ氏によれば、お金を持っている人ほど、貪欲さを肯定的にとらえ、ピンチの時には家族や友人を頼らない傾向がある。こうした「気高さ」が自身を社会から切り離した存在にしているという。「日常生活の極めて異なるレベルでの特権が自立性を生み、自分の行為が他人の幸福へ及ぼす影響への感受性を弱めると同時に自己の利益を最優先させる結果を生んでいる」(ピフ氏)

 だが、論文は、慈善活動を行っている億万長者、ビル・ゲイツ(Bill Gates)氏やウォーレン・バフェット(Warren Buffett)氏などの例外が存在することも指摘する。また、貧困と凶悪犯罪の関連性を示した以前の研究は、貧しい人が必ずしもお金持ちより倫理観が高いわけではないことを示している。

 ただし論文は、「私利私欲は社会のエリート層のより根本的な動機であり、富の蓄積と地位の向上に関連したもっと欲しいという欲求は不正行為を助長しかねない」と指摘する。

 なお、実験はそれぞれ100〜200人の米国人を対象に行われたが、「結果は米国外の社会にも当てはまるだろう」とピフ氏は言う。これらのパターンは、特に、格差の大きい社会で顕著に表れることが予想されるという。
 う〜ん...

 これ、逆に考えられないか、と思う。つまり、「どん欲であるからこそその結果金持ちになったのではないか」と。

 ただこれは日本にそのまま当てはまらない面もあるけど、倫理観の違いもあるかもしれないですね。今も日本には「金は汚いもの」と言う倫理観が少しだけ残っている。特に高齢者にはそれが顕著に表れている場合もある(介護従事者は自分の価値観と利用者の価値観は基本乖離していることは知っておくべきだと思う)。貧しくてもプライドを持つことが大事だ、と教える親もいる訳なので。ただ、今の日本の状況はアメリカとも近くなっているのかな...。

 ちょうど今、菜根譚の文章を紹介し、自分なりに解釈するブログをやっている(こちらです。読んでくれたらありがたいかな)のですが、前集11項にまさしくこのことを表した文があります。紹介すると

藜口筧譌腸者、多氷清玉潔。
袞衣玉食者、甘婢膝奴顔。
蓋志以澹泊明、而節従肥甘喪也。


 どん欲に取り付かれた輩は下衆な根性で生きているが、志を持つ人間は透明で清潔な者が多い、と言う意味です。最もすべてがそうである、と言う意味ではないことはご理解ください。

 最も人間の本質は「欲に手足のついたもの」ですから、本能としては凄く正しい。しかし、その本能を押さえるべき理性と言うものが存在するのもまた人間です。宗教や倫理、哲学はそのために生まれた訳ですしね。

 最近はその倫理観が大事な職業に就いている人間が率先して悪事に手を染める、しかもたいした罰も与えられない、と言ったケースがままありますが、それは悪事を行った人間を幸せにはしないこともまた覚えておくべきではないかなと。

 これから考えると、衣食足りて礼節を知る、というのは嘘で、実際は飽食絶って礼節を知る、と言うのが正しいのかもね。衣食足りて更に求める、どんな汚い手を使ってでも、と言うのが正解なのかもしれません。

 下衆な欲望に取り付かれない、地に足のついた生活を送ること、それが今の世界にとって正しい生き方なのかな、とぼんやり考えたりします。

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2012年02月23日

従業員を大事にしない飲食店の料理は食いたくない。

〜ワタミ元社員の過労自殺認定に言及した渡邉美樹氏のツイートがネットで炎上状態〜

 21日、共同通信をはじめ報道各社は、外食産業大手「ワタミ」の社員だった26歳女性の自殺を、過労が原因だったとして労災認定されたと報じた。

 共同通信は、自殺した元ワタミ社員の過酷な労働環境を思わせる生々しい日記も公開している。
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体が痛いです
体が辛いです
気持ちが沈みます
速く動けません
どうか助けてください
誰か助けてください

 この日記がネット掲示板やツイッターで紹介されると、「2ヵ月でここまで追い込めるってスゲーな」「やめるって選択肢に辿り着けてないって、もう完全に精神を病んでるよな…どんだけ追い詰めてんだよ」など、ワタミへの批判が殺到した。

 また、ワタミ株式会社取締役会長の渡邉美樹氏が、この報道について言及したツイートも物議を醸しており、炎上状態になっている。
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労災認定の件、大変残念です。四年前のこと 昨日のことのように覚えています。彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理 できていなかったとの認識は、ありません。ただ、彼女の死に対しては、限りなく残念に思っています。会社の存在目的の第一は、社員の幸せだからです

 ネット掲示板やツイッターでは、渡邉氏のツイートに「100時間残業させといてみんなでケアしてたとかよく言えるよな」「こんな人間が都知事になってたらと思うと恐ろしい」など、批判を通り越した“呆れ声”が相次いだ。さらに、「人件費ケチった結果が信用と莫大な金を落とすことになるんだよ」といった批判も、この報道を機に噴出している。

 なお、22日朝には、バングラデシュで学校を作る事業と、過労自殺を認定された社員を結びつけるツイートを投稿した渡邉氏。

 バングラデシュ 朝、五時半に、イスラムの祈りが、響き渡っています。たくさんのご指摘に、感謝します。どこまでも、誠実に、大切な社員が亡くなった事実と向き合っていきます。バングラデシュで学校をつくります。そのことは、亡くなった彼女も期待してくれていると信じています。

 ツイッターでは「彼女が期待することは働きやすいワタミの環境を作ること」「『亡くなった彼女も期待してくれている』というのがどうしようもなく独善的」「日本企業の経営者なら、バングラデシュで学校作る前に社員が自殺しないようにすべきでしょう」など批判は止まず、火に油を注いでいる状態だ。
 非常にワタミらしいと言うのか何というのか...だから和民には行きたくないんだよね。最もあそこは一度行ったけど高くて美味しくない。その辺のあまりぱっとしない郷土料理をつまみに出す店の方が全然ましです。鹿児島、特に天文館ってとこは。

 なんで、福祉と飲食業はこんなに労働環境が似ているのだろうか?とこう言う労災系のニュースを見るたびに思います。つか、職業モラルをトップが全く認識していない。「トップが傲慢」と言うのも共通しているような気がしますね。

 労務管理が出来ていなかったとは思いません、と言う渡邉美樹氏の発言も実際おかしい話で、出来ていれば最初っから死を選ぶような行動は取っていない。逃げることも実際大事なんだけど、そう言う思考さえ出来ないレベルまで追い込んだのは誰ですか?そう言う意味で責任取るべきは渡邉美樹氏なんだろうが、

「彼女が期待することは働きやすいワタミの環境を作ること」「亡くなった彼女も期待してくれている」

 ...多分違うわ。彼女はおそらくワタミを呪いながら死んだのだから。加害者のコメントでも何でもないだろ、こんなもん。

 彼女のコメントは県教委に殺された久留恵さんや未来を潰されたMちゃんの言葉とも被る。本当に許すべきではない。

 ...決めました。

 ワタミグループの飲食店は絶対利用しない。また、いざ転職(ま、今のところ無いけど)の際、ワタミグループは完全に転職リストから外す。また、関連事業所の利用は絶対しない(最も鹿児島には施設はなく、タクショクのみですが、それもね)。

 この状況を見て一般の利用者が駄目、と言う判断してこの会社のサービスや製品を使わないようにすることが渡邉美樹氏を反省させる唯一の方法ではないか、と思うんですけどね。

 傲慢な経営者は悲惨な最期を迎えるもんですよ。覚えておいた方が良い。

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2012年02月16日

なんか今のネット社会やうちの業界を見ている様で...

〜帰りの会〜

小学生の頃、「帰りの会」なるものが毎日放課後にありました。 その日の授業を全て終え、ランドセルに荷物を詰め込み帰る準備をします。一通り、帰る準備が整うと、日直が前に出て帰りの会を始めます。まあ、帰る前のホームルームですね。通常、帰りの会は、朝の会で立てた「今日の目標」を守れたかどうか確認したり、先生からの注意事項の伝達 ぐらいしか内容はなく、別にあってもなくてもどっちでも良いような存在でし た。

しかし、これはあくまでも平和な日の帰りの会メニューです。 実際は、こんなに滞りなく帰りの会が進行するのは稀でした。原因の一つに、全てのメニューの終了後、司会である日直が、 「他に連絡のある人はいませんか?」 と皆に尋ねることが挙げられます。大抵、でしゃばりな婦女子などが、どーでもいいような連絡事項を伝えるため に手を挙げたりします。

生き物係の女の子が、「みんなで飼っていた亀の太郎が死にました。みんなで黙祷しましょう」 などと、とんでもないことを言い出したりしやがるんです。早く帰って遊びたい僕らはたまったもんじゃありません。しかし、もっと僕らの帰りを遅くする魔のメニューが帰りの会には存在しました。 「今日の困ったこと」というコーナーです。

なんでも、その日困った体験をした人が、皆の前でその体験を赤裸々に告白し、その困った体験がクラスの誰かが原因で引き起こされているならば、皆でその原因である人を告発し、正す。というなんとも有難いやら迷惑やら分からないコーナーでした。誰かが困ったら、皆で議論し誰もが困らないようなクラスを作ろう。そういう趣旨があったようです。

「今日、昼休憩の時に、赤井君と坂本君が廊下を走っていて私にぶつかりそう になりました、とっても困りました」

でしゃばり女子が、待ってましたとばかりに手を挙げて告発します。大抵このコーナーで告発する人物は決まっていました。いつだって告発するのは女子で、告発されるのは男子なんです。女子達は一丸となって赤井君と坂本君を攻めたてます。 違う女子が

「赤井君は昨日も走っていました」

などと追い討ちをかける。 赤井君と坂本君はバツが悪そうに苦笑いである。 それでも女子は止まらない。

「ちゃんと謝ってください!」

とヒステリックにまくしたてる。 それを受けて、赤井君と坂本君は少し照れながら立ち上がり、

「廊下を走ってすいませんでした」

などと頭を下げる。 そこで担任の先生(40代女)の登場である。 先生は廊下を走った彼らに再度注意を促し、告発した女子をそれとなく誉める。 そして、皆も廊下を走らないようにしましょう。 などと言って話をまとめ、終了である。 これで晴れて帰りの会は終了し、家に帰ることができるんです。

さて、少年時代はとにかく暴れん坊だった僕。 この帰りの会でやり玉にあげられないはずがない。 というか、帰りの会の告発コーナーは、ハッキリ言って僕のためにあるような コーナーでした。

「今日、pato君が廊下でプロレスゴッコをしていてとっても困りました」
「今日、pato君が掃除をサボっていて、とても困りました」
「今日、pato君が黒板を引掻いて嫌な音を出していてとても困りました」

確かに僕が悪い。素直に謝って早く帰るに限る。とっとと謝ればそれで終わりなのだ。実際、告発された男子はアッサリと謝ってしまい、なかなか議論まで発展することはありませんでした。 しかし、たった二回だけ、このコーナーで激しく議論が交わされたことがあったのです。 なんとも残忍で、理不尽な思い出です。

「今日、ドッジボールをしているときに、pato君が中山君の顔にボール を当てていました」

とんでもない告発です。 それで俺にどうしろと?といった感じですよ。 中山君とはクラスの女子に大人気のナイスガイで爽やか小学生でした。 確かに僕は中山君の顔にボールを当てました。ええ、バッシリと当てました。 けれども、狙って当てたわけではありません。不可抗力です。大体、その場で中山君にも謝ったんです。それを何故、無関係な女子に帰りの会で告発されなければいけないのでしょうか。中山君以外、誰に迷惑をかけたというのでしょうか。女子一番人気の中山君が被害者ということで女子達もいつも以上にヒートアップしています。このクサレマンコめ。

「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」
「はやく謝ってください」

もう女子達は謝れの大コールです。ウェーブしそうな勢いなんです。

「ちょっと待て、俺は確かに中山君の顔面にボールを当てた。ああ当てたさ。 けれどもそれでお前らに迷惑かけたか!?」

挙手するのも忘れて立ち上がり、女子達に反論しました。
ざまーみろ、反論できまい。 女子一同は、少し困った表情を見せた。
確かに・・・私達は迷惑してないわ・・・。 勢いでコールに加わっていた大半の女子達は、困惑の表情です。 我ながら説得力満点の反論です。ナイス俺。

「迷惑かけてるわよ!」

告発した女子が再度立ち上がる。

「由美子ちゃんはね、中山君のことが好きなのよ。中山君が顔面に当てられる の見て、由美子泣いちゃったんだから!!由美子ちゃんに迷惑かけてるのよ!!」

そんなこと言われても困る。 完全な逆恨みじゃねーか。
しかし、これで女子達には大義名分ができた。 「そうだ!そうだ!謝れ!謝れ!」 の大合唱である。 由美子ちゃんなんて惨劇を思い出してか、再度泣き出す始末。 このブスめ。もはや手におえる状態じゃない。 謝ってしまって終わりにしたい。でも、中山君には謝っても由美子ちゃんに謝る義務はない。というか、絶対に謝りたくない。僕のプライドが謝罪を拒みつづけた。そして激しく交わされる議論、 もはや収拾がつかなくなった。そこで日直が、

「じゃあ、pato君が由美子さんに謝るかどうか多数決をとります」

バカなこと提案しやがる。多数決で決める問題じゃねえだろ。しかし、「議論が割れた場合は多数決。結果には従うこと」という鉄の掟が帰りの会にはあった。

もはや逆らうことはできない。 結果は41対3の大敗だった。 こうして、僕はわけもわからず由美子ちゃんに謝ることになった。女子達は大喜び。 その他の男子達も「やっと帰れる」とばかりに大喜び。 もはや拒める状況ではなかった。

「中山君の顔面にボールをぶつけてごめんなさい」

なんで僕はコイツに謝っているんだろう・・・。 今思い出しても悔しい、口惜しい思い出である。

もはや帰りの会は、民主的な裁判ではなく、魔女裁判のように機能していた。 告発されたら道理に外れていようが、なにしようが有罪である。 そして、もっともっと残酷な事件が起こるのだった・・・・。あの惨劇が。

  帰りの会、 また、いつもの女子が手を挙げる。告発タイムである。

「最近、松井君(仮名)の周りが臭いです。松井君はちゃんとお風呂に入ってください」

とんでもない告発である。クラス中がざわめいた。こう言ってしまっては失礼かもしれないが、 松井君の家は貧乏だった。 松井君はいつも汚らしい服を着ていた。しかも毎日同じ。確かに風呂にもちゃんと入っていなかっただろう。少し垢っぽい感じがいつもしていたし、髪だってボサボサでフケだらけだった。松井君の住んでいる借家には風呂がなかったのだ。銭湯に行く余裕もあまりなかったようだった。

しかし、いくら松井君が汚なく、臭いとはいえ、 それは人として言ってはならないことである。松井君にだって事情というものがあるのだ。しかも、帰りの会という公の場で声を大にして告発してよい内容ではない。

とはいえこの当時、帰りの会で謝る男子に気を良くした女子達は、暴走気味だった。毎日、なにか告発して、男子をへこましたかったのだ。 しかし、男子かて、帰りの会でやり玉に挙げられるのは嫌である。次第に男子は品行方性になっていき、告発する内容がなくなったのだ。男子が良い子になって困ったのは女子である。告発し謝罪される快感は麻薬のようで、一度味わったらやめられない。

告発したい告発したい、男子に謝らせたい

そして、この非人道的な告発である。何度も言うが、松井君だって家庭の事情があってのことだ、人として言っては いけないことである。しかし、女子達の暴走はとまらない。
「そうよ、くさいわよ!」
「それに汚いし!」
「謝ってよ!」

謝れって・・・。汚くってごめんなさい、とでも言えというのだろうか。なにか間違っている。それを受けた松井君は悲しそうにうつむいているだけだった。僕は松井君が好きだった。彼は無口な方だったが、心優しいし、ギャグセンスは抜群。たまに発する言葉の一つ一つが面白いし貴重だった。それに松井君は絶対に人の悪口を言わなかった。そんな素敵な松井君を「汚い」というだけでここまで攻撃する女子達。 「汚い」だって家庭の事情で仕方ないのだ。 誰だって毎日風呂に入ってお洒落できるほど裕福なわけではないのだ。

お前らの血は何色だ?と彼女達に訊いてやりたい。

松井君は今にも泣き出しそうだった。このままでは松井君が傷つきボロボロになってしまう・・・・。どうすれば松井君を救えるのだろうか・・・。そうだ!先生だ!こんな非人道的な告発を先生が見逃すわけがない。その内、この議論を先生が止めてくれるだろう。その上、女子達を叱りつけてくれるだろう。松井君を救えるのは先生しかいない・・・・。

期待イッパイに先生に目をやる。 「うんうん活発な議論だわ。青春だわ」 とでも言いたそうに微笑みながら議論を見守っていた。

だめだ、このババア。松井君が今こうして傷つけられているというのに、まったく気づいていない。 先生までもが狂っている。ズレている。 こんな先生に何かを期待した僕がバカだった。大体、帰りの会に告発コーナーを設け、密告社会を形成させたのもこのババアだ。 こいつは人間として間違っている。

「早く謝りなさいよ!臭いのよ!」

女子達はもはや集団ヒステリー状態だ。 男子だって、面白半分に「臭い!臭い!」とはやしたてる 「はやく謝っちまえよ、帰れねーじゃん」と言っている奴だっている。もはや松井君に味方はいなかった。この広いクラスに独りぼっちである。その理不尽さ悔しさ悲しさといったら、経験した者しかわからない。松井君はついに泣き出してしまった。僕は心が張り裂けそうだった。

松井君は悪くない、なのに僕には何もしてあげ られない。悔しい、悲しい。こんな道理があるはずがない。みんな狂ってる。

しかし、慣例どおり、無常にも多数決が始まる。

「松井君が不潔過ぎるので、謝るべきだと思う人は手を挙げてください」

一斉に女子達の手が上がった。 男子も手を挙げた。 手を挙げなかったのは僕と松井君の友人、それに松井君だけだった。大敗だった。

松井君は、不潔というだけでクラス中に謝ることになった。教壇に立ち、皆の方を向く松井君。涙が頬を伝う。

やめろ、謝るな。松井君は何も悪くない。悪いのは女子なんだ。みんな狂ってるんだ。
どうしようもない自分がそこにいた。

「僕が不潔で皆に迷惑かけてごめんなさい」

彼がどういう気持ちでこのセリフを言い、頭を下げたかわかるだろうか。

「聞こえません!」 後ろの方で女子が叫ぶ。聞えているはずである。 ワザと聞こえないと言って何度も謝らせるのだ。これを「聞こえません攻撃」という。国語の時間などによく見られる陰湿な攻撃だ。もうやめてくれ、これ以上松井君を傷つけないでくれ。何度も何度も泣きながら「不潔でごめんなさい」と謝る松井君を見て、僕も涙 が出てきた。

「ほんとに臭いよね」 「そうそう、死にそうなぐらいに臭いよね」 戦いに勝った女子達が勝ち誇ったかのように言う。 さぞかし気分の良いことだろう。そこで担任のクソババアが出てくる。

「はい、今日は活発な議論でしたねー。松井君も清潔にしてこなきゃだめよ。 皆もちゃんと清潔にしてくるようにね」

などとまとめる。 コイツはほんとにバカである。

次の日から、松井君は学校に来なくなった。僕は何度も家まで誘いに行ったが、会ってはくれなかった。彼にしてみれば、何もすることができなかった僕も、よってたかって彼を傷つけたクラスメイト達と同罪なのだ。そのうち、僕も松井君を誘いに行くのをやめた。クラス中、担任までもがよってたかって彼を傷つけるのなら、そんな学校行かなくて正解だ。結局、松井君は卒業するまで学校にこなかった。自分の無力さを悔しいと思った出来事だった。 そして、まかり間違った学級民主主義および集団ヒステリーの恐ろしさを知った事件だった。
 うちらの世代だったらこういった形の学級会やってました。自分自身も経験あるし、80年代前半の学級経営の本にこのやり方載っているのを(小学生の癖して親のこの手の本読んでクラスメイトに暴露してた自分も教師にとっては嫌な生徒だったんだろうが...)見てますから良くわかってます。これがいじめの原因にもなったもんでしたが、基本担任は放置。「自分の意見のいえる子供になるのがベスト」と考えていたからでしょうが、その内容まで吟味しないのは問題大ありでしょうね。

 悪い(と思われる)人間を見つけ出して複数で攻撃し、非を認めさせる。これは人にとってカタルシスになりえる行動で、過去の人類の歴史を見ても「魔女裁判」はまさしくそれだし、労働組合が経営陣をつるし上げる行動などもそれに当たりますよね?最も後者に付いては正当な理由で行われたものもあるので状況も読まずに善悪の区別をつけてはなりませんが、人と言うものはそういう生き物である、という事。

 で、その年代の生徒が良い大人になった現在、この「○○くんは××なのでいけないと思います」的な論法、言うなら集団ヒステリーが社会に蔓延しているのがまさに今なのでは無いか、と思うんです。

 例?いくらでも挙げられますよ。

 2chやTwitterでよく見るカキコミをものすごく単純化してみると...

「竹原くんは法律の隙をついて自分に有利な議会運営をしたり、勝手に著作権無視(実際はそうでは無いことが清田先生本人が知り合いの弁護士を通じて確認している)して絵を描かせたのでいけないと思いま〜す!」

「橋下くんは独裁者です。日本のヒトラーです。公務員をいじめているから良くないと思いま〜す!」

...これらには実はしっかりした根拠も何もない。仮にあったとしてもそれは自分で調べた事ではなく、マスコミや周囲の人間の受け売りだけ、もしくはそれをやられることで自分の利益が犯される場合、そのくらいですよね。そこを指摘すると「法的にどうだこうだ」「人権がどうだこうだ」と言い出すわけ。大体集団ヒステリー患者のやり口のパターンは決まってます。

 日本の革新否定論者の言葉がどれも似通っているのは、この時代こういう教育を受け、それが正当である、正しいんだから公に人を攻撃してもかまわない、先生はいないけど自分の言葉を信じる仲間がいるはずだから同意をもらえる(また貰っているのが笑えるんだが)、と思い込んでいるからでしょう。

 ネット上のそういう言葉を選んでFacebookを初めとして色んな場所で公開しているけど、だいたいうちの友達は「こいつおかしいよ」と言う感想(ちなみに思想的には右から左まで色々居ますが)ですからね。

 こういったつるし上げは、実際社会人になってからは通用しません。そこまで甘くない。通用するのはある特定の職種の世界ぐらいじゃなくて?

 そんなことしているぐらいなら銭に繋がるよう動け、または知識を増やせ。普通の会社や企業、事業所はそれだけですからね。

 自分の幼児性を肯定する事や、自分自身の成長を拒否してまで「いけないとおもいます」、こういう言葉を吐くもんじゃないよ。お里が知れます。

 こういった「いけないとおもいます」ヒステリーがネット上だけならいいけど、これが実際の仕事でもあったりするから嫌なんですけどね...

 福祉の仕事の場合、ある程度のマニュアルは存在するし、絶対してはいけないこと(虐待とかそうですよね)も勿論存在します。しかし人相手ですから、マニュアルから逸脱する件だって結構出て来るものです。そうなった場合、さっととっさの思いつきや工夫で対処し場を収め、後で上司に報告するか、その件を放っておいて「報・連・相」だからと言って上司に泣きつく(勿論事態は悪化し続ける...)のか、何とか対処した後「いけないとおもいます、○○さんは謝ってください」と言うのか、どれかに分かれるんですが。

 正直言えば、後者二つの「逃げ」の行動をとる福祉職員は使い物になりません。その場から逃げるのは最悪だし、逃げた後に責任の無い他者に判断をゆだねる、と言うのは自分で物が考えられない、と断言しているのと同じですからね。最後のはもっと悪い事に責任を他者に擦り付けている。こういう人間は成長しません、と思われても仕方ないですし、現に成長してません。

 それに「良くないと思います」と言われた人間の気持ちになって考えられない。これは福祉と言うサービス業以前の問題で、いい大人としていかがなもんだろう?いわれた方は傷ついた心を引きずって生きる、これはつらいだろうし、そのつらさに対して言った自分が責任を取れるのかどうか、考えてからやるべきですね。最もそういう考えの無い人間がこういったことを言うものですけど...。

 これ、戦後教育を語る上では、無視できない話では有ります。洗脳されていると感じるのなら今すぐやめた方が良い。

 旧態の考え方でこれからの世の中、渡っていけるもんじゃないぜ。

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2012年02月05日

地元で起こっている「独裁」

〜鹿児島・住民無視の傲慢行政 県営住宅問題に見る伊藤県政の現状(1)〜

 「夢のマイホームは最高の住環境で!!」という言葉を信用し分譲用地を購入、終の棲家ができたと考えていたら、突然、周辺地域の分譲計画自体が大幅に変えられる。

 約束された商業施設もできない。周辺の戸建て予定地を含めすべての土地が賃貸住宅に変更。分譲主体に説明を求めても問答無用で計画変更を押し切る・・・。

 そうした事態に巻き込まれた住民はどうするだろう。

 街づくりの未来図のみならず、自分たちの将来設計まで狂わされるのだから、悪徳業者を相手にした反対運動に火がつくのは当然のことだろう。

 これは、鹿児島県で実際に起きている出来事なのだが、悪徳業者が「県」だったのだから始末が悪い。鹿児島市松陽台地区における伊藤祐一郎県政の暴慢ぶりをシリーズで追う。

〜守られぬ「約束」〜
 問題の分譲地は鹿児島市松陽台町にある「ガーデンヒルズ松陽台」。下は、鹿児島県に情報公開請求して"やっと"入手した鹿児島県住宅公社がばら撒いた土地分譲を宣伝するためのチラシの一部である。

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 赤い矢印とアンダーラインで示した土地は「住宅・施設等用地」と記されている。県はこの土地をはじめ右の図面にある3区画を公社から購入、建設地Aに県営住宅約30戸を建設するほか、Bには"集会所"を予定している。Aの土地5,775uは平成22年に約3億2,000万円で、@およびBの土地4,283uは昨年2月に約2億7,000万円で取得したものだ。
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 一方、松陽台で分譲が開始された当初に公社が配布したチラシが次のものであるが、@の土地は「店舗等用地」と明記されているのがわかる。公社側は分譲開始当時からこの土地に商業施設を誘致すると明言していたとされ、地元住民が「話が違う」とするひとつの要因になっているのだ。
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県営住宅事業を所管する県建築課住宅政策室や公社は、松陽台町で開かれた地元説明会で、「店舗等用地」と記されたチラシはないと説明したというが、後にこのチラシの存在が明らかとなっている。
 
 地元住民らに話を聞いたが、平成15年の分譲開始からしばらくの間は、たしかに「商業施設ができます」という説明があったという。

 「最高の住環境」には、周辺の自然とともに子どもの通学や日常生活における買い物などの利便性が入っているはずで、県の計画変更は、それまでの約束を反故にするものとしか映らない。住民が怒るのは当然と言える。

 県の住宅政策室は「確かに県として土地は購入したが、商業施設の誘致を諦めたわけではない。誘致は続ける」としているが、具体的な動きは見えていない。

〜大幅に変えられた分譲計画〜
 松陽台の住民が反対運動に立ち上がったのは、分譲計画自体が大きく変更されたことによるのだが、住民にとってその内容は、述べてきた3区画の問題以上に深刻だった。
 
 県側はそれまで、約11haの予定地に戸建用地470区画を販売する計画だったが、思うように売却が進んでおらず、現在までに170区画程度しか捌ききれていない。
 公社の経営を圧迫していたことから考え出されたのが、ガーデンヒルズ松陽台で最大の面積を占める区画約5.6 haを「県営住宅」にしてしまおうというものだった。
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 県側は、「まだ決定したわけではない」としているが、地元住民へは「県営住宅」の建設を行なうことを既定方針として説明しているのだという。

 事実、県は10年かけて300戸の県営住宅を建設する計画であることを認めている。1年間に30戸程度を造るため、その都度公社から土地を購入していくことになるという。

 取材に対する説明とは裏腹に、計画は強引に進められているのである。

 土地購入時の説明とあまりに違う県側の方針変更に、怒りの声が上がるのは無理からぬ話だ。
 
〜隠蔽と暴政の裏に知事の意向〜
 住民の反対意見を無視して、県営住宅建設を進める手法には大いに疑問がある。
 
 取材を開始した昨年9月、HUNTERは鹿児島県に対し「鹿児島市松陽台町に移転・建設を予定している県営住宅に関するすべての文書」を情報公開請求した。

 これに対し県は、同時に提出した薩摩川内市の産業廃棄物処理場に関する請求も含め、開示決定期限を遅らせた上、「開示、不開示のいずれの判断もしない」としていったんは情報公開を拒否していた。

 隠蔽と暴政の裏には、少数意見を踏みにじる伊藤祐一郎知事の傲慢な県政運営の姿勢が存在する。松陽台問題については、さらに詳しく報じていく。
 これね、うちの近所でも有り、身内が住んでいる場所でもあるんですよ...。元々ただの山林だった場所が10年前に開墾され、駅上団地などと一緒になって今に至るわけですが。

 ここに住んでいる方々、上伊集院駅も近いし結構便利な場所では無いか、と思ってもらっては実は困るわけで、現在さまざまな問題が起こってます。その問題の一部を挙げて見ましょう。

 1.此処の小学校区は歩いていける春山小学校でも石谷小学校でもなく、上伊集院から薩摩松元まで電車で通わなければならない松元小学校になっています。最も上伊集院駅の周辺が元々春山小と松元小が混在していた地区であった歴史も有りますが。そもそもこのニュータウンの売れ行き次第では上伊集院団地や仁田尾地区を含めて石谷小学校が団地近隣に移転、もしくは松陽台小学校新設の可能性もあったし、それを見越して家を新築した方もいたはずですが、現状それもない話です。

 2.現在松陽台ニュータウン内には病院が一軒と旧松元町の物産館の支店があるのみで、コンビニは上伊集院駅まで行かないと無い、大型店舗で一番近い所迄車で数分(Acoopか、個人でやっているスーパー。もう少し走るとタイヨー松元店がある。中学校前のスーパーは昨年閉店)。ここに山形屋ストアが出来る、と言う話は平成15年ごろ、確かに自分自身聞いてました(ガセとか言う輩もいるでしょうがそれはは直接ここの住民に聞けば解る事です)。基本車を持っている方々が住んでいる団地ではありますが、やはり最初の売り文句と話が違う、と言う不満は有るようですね。もっと人口が増えれば、と言う事もあるのでしょうが、それにしてもこの団地、商業施設がないがゆえに殺風景というのかこれまでの鹿児島の大型団地である紫原や武岡、桜ヶ丘や星ヶ峰、皇徳寺とは全く違う顔を見せているような気がします。なんか暗いというのか...大型の商業施設のない(とはいえ団地から降りていくとグラード伊集院店や大型ドラッグストア、今年中にはニシムタとイオン系のスーパーが出店予定)妙円寺に似てますね。

3.実は、旧松元町には松陽台ニュータウン以外にもう一つニュータウン構想がありました。妙円寺参りで有名な伊敷街道を伊集院方向に進み、チェスト館を過ぎて2〜3kmほど進むとわかると思います。妙に整備されてはいるものの行き先がわからない道路の入り口が左側にありますが、これがその名残。ここにもニュータウンを作ろうと県の住宅公社が動いたあとです。最も計画倒れで広大な中途半端に整備された土地のみが残る結果になりましたが。

 旧松元町は鹿児島市と日置市の中間に位置しているうえに、車を使えば鹿児島中心部と谷山の工場や事業所などからの時間も同じくらい、JRの駅も通勤に使えるバス路線もあると、ベッドタウンとしてはかなり良い場所(東京で言うなら30年前の多摩ニュータウンあたりを想像していただければわかりやすいと思う)。人気もでるのでは、と言う公社の読みは外れではなかったのでしょうが、計画後の世界的な経済不安までは読みきれなかったようで。

 それに伴う計画変更はあってもかまわない、とは思いますが、住民にしっかりした説明はなされていませんよね?まさしくこの記事どおり、県営住宅になると言う情報は個人的に入ってますからね...出来ないなら出来ません、すいません、でもフォローはしますので、としっかり説明すればいいだけの話なんですが、県の住宅公社(県庁からの天下り組織でもある)には其の気は無い様で...。

 この松陽台ニュータウン問題、旧松元町時代から見ている話ですので、これからも見続けていくし、できる事なら独自に調べてFacebookなどで公表していこうと思っております。

 人には独裁だ、法に触れるんだ、とさんざん抜かしておきながらこのていたらくですか...反竹原派の皆さん、現在独裁しているのはむしろ伊藤知事なんで、あっちを攻撃すればいいんじゃねぇか?自分達で断言してるけど、竹原信一はもう叩く価値もないんだろ?だったら叩く価値のある鹿児島県庁やその天下り先、伊藤知事を攻撃しろって。たぶんやらないだろうけど。

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2011年05月20日

まっとうなことができない国や大企業。だから批判する目で見ざるをえない

〜東京電力を破産させられないような国ではベンチャー企業は育たない〜

 ウォールストリート・ジャーナルは、「自由主義経済の国であれば、東電は破産させた上で被害者を救済するのが当然なのに、東電という会社を救済しようとしている日本はやはり社会主義」と痛烈に批判している。

 私自身、昔から「日本は自由主義経済の衣をかぶった社会主義」だとは思って来たが、この何かというと「大企業や既得権者を守る」姿勢が、「大企業の正社員とそれ以外」という社会の二重構造を生み、経営陣の「逃げ切りメンタリティ」を助長し、本来ならば国の発展の原動力となるべき「ベンチャー企業」の活躍を阻止していることは注目に値する。

 日本政府は、ときどき思い出した様に形だけの「ベンチャー支援」のようなものをするが、ベンチャー・ビジネスを活性化するのに最も大切なものは、国からの支援なんかではなく、「自由競争」である。日本では、既得権者が官僚と癒着して、さまざな規制や免許制度で市場への参入障壁を高くしてベンチャー企業の進出を阻んでいる。競争力を失った大企業をいつまでも延命するから、資金や人が潤沢にベンチャー企業に流れない。そしてそんな競争力を失った大企業ばかりが幅を利かせているから、日本のビジネス全体がグローバルな戦いに取り残されてガラパゴス化してしまう。

 マスコミは何かというと現政権を批判するが、もっとも批判すべきは、この「大企業・既得権者を優遇する仕組み」を作って来た日本の官僚組織である。

 今回の原発災害に関して、もっとも大切なことは、
(1)被災者をキチンと救済すること、
(2)電力の安定した供給を確保すること、
(3)国民の負担(税金+電気料金)を最小にとどめること、
である。電気料金の値上げなど、今の段階で口にしてもいけない。それよりも、これを機会に送電ビジネスと発電ビジネスを分離し、発電ビジネスに競争原理を導入することにより、危険な原発に変わる自然エネルギーの開発を民間の力で強く押し進めるべきだ。

 手続きとしては、ウォールストリートが書いている様に「東京電力の破産手続き」がもっとも公平で、かつ、国民の負担が最小になる。

 まずは100%減資により株主に責任を取らせ、次に経営陣をすべて解雇する。そして債権者(債券の所有者、貸付金を持つ銀行、年金受給者である社員と元社員)と政府との協議で債務の減額処理をした上で、東京電力を、送電ビジネス、配電ビジネス、そして廃炉・被災者救済のための法人の三つに分割する。後に送電ビジネスと発電ビジネスを別会社として上場させ、その上場益を廃炉・被災者救済の財源とする(もう少し具体的な提案は「東京電力、解体・再生プラン」を参照)。

 結局のところ、「東電の破産」という「自由主義経済の国として当然の手続き」ができるかどうかが、「日本がベンチャー企業を起業するのに適した国かどうか」を知る良いリトマス試験紙になる。財界や官僚たちの反対を押し切って「まっとうなこと」ができるかどうか、日本の未来がかかった重要な局面だ。
 日本が本当の意味での民主主義ではなく、ソ連末期の「赤い貴族」が国政も経済も握っていたバイオハザードの状況に近いのでは無いか?と言う疑問は常に持っていました。名古屋や大阪や阿久根、桐生の状況、またケアマネ、と言う職種を通じての市町村の状況を見ることでおそらくそうなんだろうな、と言う気はしてましたが、今回の東日本大震災や福島第一原発の事故、またその後処理の動きを見て、確信せざるを得ません。

 なんのことはない、日本は社会主義国家、もっと詳しく言えば「官僚主義国家」なんだ、と。

 例を挙げればきりが無いんだけど、一例として介護保険法を挙げるのならば、「一般企業やベンチャーも自由参入できると銘打って始められたが、成功例があまりなく、介護保険施行前の社会福祉法人や医療法人がそのまま勝ち組になっている」「介護保険法がケアマネージャーという資格を作り、その資格取得や更新の為の特殊法人や研究所に国庫や資格取得希望者からの金が入るようなシステムを形作った」「介護保険全体のシステムは、保険者である市町村から各事業所に対し『最低限のサービスで最高のパフォーマンスを行う様指導』され、完全に利用者本位で手厚い介護を受けられるものでは無い」...民間参入といっても、厳しい監査や少ない報酬などで結局廃業せざるをえない事業所も多いですからね。

 東電問題もまさしくその流れで説明できる。武田先生の話を転用すれば、こんな会社なんですが・・・
「東電は、原発で収入を得て年俸4000万円を取っていたのに、東電は、60京ベクレルを漏らしてもバスを用意しません。東電は、水を汚してもペットボトルを用意しません。東電は、土地を汚しても元に戻すこともしません。東電は、児童が被曝していても疎開の学校を用意しません。東電は、それでも重役が報酬を受け取っています。最近では見ることができないほどの悪質な会社です・・・・・・・・・」

 こんな会社を救うのが国益、というのであるならば、最初にあるようにウォールストリート・ジャーナルから痛烈に批判されて当然。これだけじゃない。過去に核惨事を何度も起こしているロシアからも痛烈な批判が出ている。公務員や大企業のお偉いさん達、それに2chの公務員板に張り付いている粘着厨どもはこの動画を見て、己を恥じるべきではないのかな?




一般市民から批判されても仕方ないし、恥じるどころか居直る姿勢だもん。

 日本のお役所や大企業には本来民主主義としてなければならない「民主・自主・公開の3原則」(原発に限った事では無いですよね?これ?)が無い。実際前述した市町村では衆愚主義やそれをよしとするマスコミに邪魔されているし、今回の事故でまさしく三原則が無い事が証明されている。また、無いからこそまっとうなことができないし、やろうとしても現状維持が好きな輩どもに潰されるわけだ。

 でも、今回東電を潰すことはおそらく無い。国際的に「やっぱおかしいわ、日本」といわれても仕方が無い道をこのまま選ぶのは間違いない。一般市民の為?いいえ、官僚や公務員、天下り先の大企業の為、です。

 ただ、そういう道を選ぶのなら日本と言う国はこのまま先進国としての地位は保てないだろうし、市民は今以上に「お上」を信用しない国になるだろう。何しろ、国から自分達の存在を守られないわけだから。

 最後に言う。こんな情けない国、誰が望んだのだ? 
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posted by y-burn at 11:27| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月13日

スウェーデン、ああスウェーデン、スウェーデン、と言っているどこぞの業種と一緒だな。

〜ドイツ好き・・・ドイツ、ドイツ〜

 私の友人にはドイツに生活し、ドイツ語が堪能な方が多くおられる。その方々は決して心が狭くないし、全体を見る力も持っておられる。どこから見ても立派な人格者だ。

 ゲーテ、ベートーベン、そしてヘーゲル・・・私の人生に大きな影響を与えた偉人にはドイツの人が多い。その作品や思想は素晴らしく、人類の至宝でもある。

 しかし・・・

 今から60年間に起こった太平洋戦争。その前夜、日本はドイツを尊敬した。時あたかもヒットラーが登場してヨーロッパを席巻していた頃である。

 「民主主義などは劣った制度だ。全体主義こそこれからの国家体制に違いない。ドイツを見れば判るじゃないか。フランスも占領されたのはグズグズ理屈をこねているからだ」と主張し、日本の文化人はドイツを褒め称え、政治ではヒットラー政権と連携を深めた。
 第二次世界大戦が始まり、緒戦こそはドイツが勝ち進んだものの、やがてソ連戦で躓いていた頃、日本は情報統制が行われ、局地戦におけるドイツの敗北はほとんど報道されなくなった。

 一度、偉そうに言ったこと・・・「ヒットラー・ドイツが正しい」ということを訂正することができなかったのである。そして日本は戦争に突入し、310万人の犠牲者を出し、多くの子供たちがその将来を失った。

 現代、またそれが繰り返されようとしている。

 環境というと必ずドイツが出てくる。時にはこの世界にはドイツ以外の国はないのかと思うほどドイツである。

 リサイクルと言えばドイツ、デポジット言えばドイツ、そしてペットボトルのリユースと言えばドイツである。

 「それではフランスは?スペインは?」と私が質問しても、専門家すら口を開かない。戦前と同じように、日本の知識人がすっかり「環境ドイツ病」にかかってしまったからだ。

 ドイツは閉鎖的な海域である北海に面していて、河川も国際河川が多い。原子力発電所は動いていないが、フランスから原子力発電の電気を多く購入している。ドイツの環境はまったく日本と異なる。

 環境が日本と似ていると言えば大西洋に面し、比較的気候が温暖なスペインなどであるが、環境関係の専門家は見向きもしない。日本の九州や沖縄県はスペインよりまだ気候が温暖だから、環境を考えるときには、ドイツはもちろん、スペインすらあまり参考にならないのだ。

 環境とは「気候、風土、地形」と切っては切り離すことができない。月の基地でリサイクルしていようと、風車で電気を起こそうと、それは四面を海に囲まれた温帯の島国である日本とはまったく違うのである。

 ドイツに罪はない。でも、なんで日本人は「ドイツ、ドイツ」というとひれ伏すのだろうか? 私は一種の「茶髪主義」だと思うし、白人コンプレックスの用にも感じられる。
 自分のことは自分で考えればよいのだ。「ドイツはリサイクルしている」、「ドイツはデポジット制だ」、「ドイツは製造者責任だ」、「ドイツはリユースしている」、「ドイツは風力発電だ」、「ドイツはビールだ、ワインだ」、「ドイツは・・・」。網いい加減にしてもらい、「なぜ、ドイツなのか」を説明して欲しい。

 今、ドイツはリサイクルを反省し、ゴミの焼却に向かっている。もともとヨーロッパには「焼く文化」はなく、それは日本の物だった。そうなると、戦前と同じように情報は統制され、ドイツのリサイクル率の実態すら報道されない。 (平成20年4月5日 執筆)

 え〜と、twitter上で「竹原尊師のお抱え学者、武田邦彦氏が...」とか抜かしつつ中傷していたどアホう(おはよう21みたいな名前の輩)がおりました。テレビではちょくちょく見かけるけれど、あまりこの方に詳しくないと言う事もあり、武田さんのネット上での論文をいくつか読んでみたんだが、逆に考えさせられる事や同意する事(もちろん同意にはほど遠い論調も有った事は言っておく)もあったので、いくつか紹介したいな、と思って。

 ネット上では結構批判されているようですが、まともな事言っているじゃん。Wikipediaの記事がよっぽどあれです。

 日本と言う国は長い歴史の中、それなりに独自の社会システムが機能していたのに、歴史的にも浅い欧米から持って来たシステムがすべて良い、と言う勘違いを明治維新以降やらかしてます。例えば旧陸軍はプロイセンの真似、旧海軍はイギリスの真似、戦後なら社会保障はスウェーデンの真似...というのが目立つ状況です。で、まさに今エコロジーはドイツなんだ。

 環境、と言えばドイツが出てくるように福祉、と言えば北欧、特にスウェーデンが出てくるのがうちらの業界では一般的です。もちろん参考にすべき事が全くない(ラホヒタイヤとかは是非参考にしたいもんです)、とは言わないし、その概念を取り入れている面も現状ありますよ。でも、どうなんだろ?貧しいながらも近所や村で互助してきていた江戸時代や明治時代辺りも参考にするなら納得もするけど、「北欧大好きです〜真似します〜」で果たして日本の高齢者は幸せになるのかな?それともそう言う疑問すら全うなケアマネは持ってはいかんのかね?

 個人的にはスウェーデンの福祉システムは経済の成長と高負担の税金が必要不可欠である、と判断しています。もし北欧型福祉を続けるのであれば国が経済をバブル期レベルまで回復させなければならない。もちろん現状ではそんな事はできないわけで、別記事でも書いたように大震災の影響がおそらく医療保険や介護保険にも何らかの影響を与えていくでしょう。

 スウェーデンと言う国は、家庭崩壊、経済悪化、犯罪の増加で自国民が苦しんでいるのに、移民は大切にして誰の国なのかわからない状況、言わば社会的弱者が強者となり、自国民の労働者に高負担の税金負担を強いている、で抑圧された若者が自殺に走ったり犯罪に手を染めたりネオナチとして社会運動を起したり、というのが現状だったりするのですが。これを理想とするのが果たしてまともなのだろうか?

 「気候、風土、地形」に加え「歴史、宗教、国民性、文化」まで加味して考えたシステムとして現在の日本の社会保障は機能しているとは思えません。「北欧のシステムが一番」で思考停止すべきではないし、それをもっと改良すべきです。そもそももともとあるものをもっと良い物に改良するのが日本人の長所であったはず。今の介護保険法はまだその枠から抜け出している、とは思えないんですよね...残念な事に。

 武田先生のネット上の論文、まだまだ良い物が沢山あるので、少しづつ紹介していきたい、と思ってます。じっくり読んでいると、ある意味大学で授業受けているような感覚になることもありますけどね。

 これに批判コメントを書きたい方は2ch上じゃなく、コメント欄にしっかり書き込んで欲しいもんだね。シャイなのか内弁慶なのか一度もそう言う勇気ある輩は出てきてませんが。

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2011年04月14日

偉くなるほどバカ、なのが日本の組織...?

〜チェルノブイリ級、先月には認識=レベル引き上げは求めず−安全委〜

 福島第1原発事故が国際原子力事故評価尺度(INES)でチェルノブイリ事故に並ぶレベル7に引き上げられたことについて、放射性物質の放出量推計に当たった原子力安全委員会の代谷誠治委員は12日の記者会見で、レベル7相当の非常に高い値となる可能性を先月下旬には把握していたと明かした。

 安全委は同日、推計放出量は63万テラベクレル(ヨウ素131換算)と発表したが、代谷委員はこの数値も「1週間ぐらい前に分かっていた」と述べた。この一方で「レベル設定は原子力安全・保安院の役割。レベルが上がったからといって対応が変わるわけではない」と話し、レベルの引き上げを急ぐよう保安院に求めることはしなかったとした。
 今回の震災の指揮系統があまりにも・・・なケースの一つなので、この記事を取り上げてみたんですが・・・酷い話ではある。もうこれで原子力発電に対する信頼感は消えたも同然だろうね。今はまだ原子力は必要ではあろう(人的ミスが完全に無くなる、と言う前提での話)が、これからは新しい発電法への転換が必要になる。又、それが絶対できるのが日本の底力だろう。

 ただ、TEPCOといい、原子力安全委員会といい、官僚といい、地位が上になればなるほど醜態をさらしている今回の状況って一体何なんだろう?と思うのですが。

 古瀬先生やsandanshikomiさんがこの間音楽療法の見学に来られた際、財津先生との話で出たあることを思い出しました。最もこの話はこのときだけでなく、先生と話している際に時たま聞くのですが。

 財津先生は80歳前半の方で、太平洋戦争では士官として戦争を体験している方です。その方が言われた言葉をいくつか。

「日本という国はあの戦争で士官や兵士は自分の命を投げ出す覚悟で頑張っていた。しかし東京にあった参謀本部では、参謀どもが何をしていたかご存知ですか?毎日酒と芸者に明け暮れていたんですよ。物資の無い最中自分達だけ贅沢三昧だったわけ。負けるわけですよね、日本が。」

「実際、まともに兵士や下士官と共に働いていた人間はそれ以上に出世しなかった、という状況も有りましたよ、当時。」

「敗戦で相当痛い思いをしているはずの日本が、終戦から高度経済成長、バブルを経て現在まで、実はこの「参謀が仕事をしないで、問題が起きたときに慌てふためく姿」というのは全くあの頃と変わっていませんよ。いや〜、成長してないな、と言うのか、呆れると言うのか...」

 いや、先生、本当に同意しますよ、この言葉。何の事はない、勝海舟曰く、「アメリカと言う国は我が日本とは逆で能力のあるものほど出世します」が江戸時代で終わったか、と思いきや今も続いているお国柄だとは。そもそも「社内政治」とか本来の業務にはあってはならない人間関係や「会議と言う名の暇つぶし」なんぞがあるから・・・。そんなもんより現場を見る、現場に参加して部下と共に汗を流す、そういう人間がTEPCOにもいたなら、レベル7という世界第二位の産業核惨事なんて起こらなかったんじゃないのかな?

 今回の震災で「兵士は一流 参謀三流」という日本の悪しき伝統が浮き彫りになったと言っても過言じゃないですよね。この状況を変えない限り、組織の健全化は出来ないだろうし、震災復興なんて出来やしないだろうに。

 勿論事態の終息の為に努力はしているし、それについて言うべきことは無い。頑張って一日も早く安全を取り戻してください、としかいえない。でも、こういった組織の状態を終息後も引きずるのであるのならTEPCOにも政府にも未来は無い、と理解すべきだろう。

 今回の震災は今までの日本という国のあり方を見直す機会にもなるのかもしれませんね。

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posted by y-burn at 10:38| 鹿児島 | Comment(1) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月20日

わかってないなぁ...

 阿久根市ブログ市長を斬る173

 他人の発言が妄言である、だから自分の発言は絶対に正しい、と言う訳じゃないんだがね。

 no-risuさん。

 逆にそういう風にしか返せないあなたの懐の小ささに呆れました。

 あなたのブログは突っ込みどころ満載だ、と言う事も理解できましたので。これからも突っ込み入れさせて貰いますよ。


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posted by y-burn at 06:05| 鹿児島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | モンスター達 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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