2012年02月05日

「偏食」は自らの未来を捨てる近道である。

〜“ほぼナゲット生活”を15年間、2歳でマックのナゲットに出会い虜に。〜


 最近は“食育”という言葉が広く使われるようになったが、自分自身の健康を意識するためにも、幼い頃から食事の重要性を知るのは大切なこと。それをあまり意識しなかったがために医師から命の危険を指摘される、17歳の少女が英国にいるという。彼女は2歳のとき、母親に連れて行ってもらったマクドナルドでチキンナゲットを食べ、その瞬間からナゲットの虜になった。以来15年間、ほとんどチキンナゲットしか口にしなかった彼女は、ついに先日栄養不足による貧血で倒れ、ようやく自分の問題に気が付いたそうだ。

 英紙サンやデイリーメールなどによると、この少女はバーミンガムにある工場で働く、17歳のステイシー・アーバインさん。「私の主食は毎日チキンナゲット」と言い切る彼女は2歳でナゲットと出会い、「ほかの食べ物を口にする気が起きなくなった」。野菜や果物はほとんど口にせず、マクドナルドやケンタッキー・フライドチキン、スーパーで買ったナゲットを食べ続ける彼女に、母イボンさんは何とかほかの物を食べさせようと努力はしたが、全く状況を改善できず、数年前にはその努力も諦めてしまった。

 ところが先日、彼女はそんな食生活の代償を身をもって知ることになる。突然貧血を起こし呼吸困難となったステイシーさんは、すぐに病院へ搬送。そこで検査を受けた結果、彼女の貧血は極度の栄養不足が原因と分かり、さらに舌の静脈が炎症を起こして腫れていた。幸い、ビタミンや栄養剤の投与で今回は回復したそうだが、彼女の食生活に驚いた医師は「こんな状態を続けていたら死ぬぞ」とハッキリ言い渡したという。

 17歳にして娘が命の危険性を指摘されたとあって、イボンさんの心配は募るばかり。病院から戻った後はさすがにナゲット以外の物を彼女に食べさせようとしたが、口にしたのは朝食のトーストとポテトチップスくらいで、やはり「ほかの物は食べられない」と拒絶されてしまった。そんな娘の変わらぬ意志に「途方に暮れている」というイボンさんは今、専門家にしっかり診てもらおうと考え、彼女の説得に当たっているそうだ。

 ただ、今回の病院搬送で、ステイシーさん自身の気持ちにも少しは変化が出てきた様子。今の食生活が「私にとって本当に良くないことだとはわかってきた」と話し、改善へのきっかけを探そうとの気持ちが芽生えてきているようだ。

 自分が「おいしい」と思う物を食べるのは、誰にとっても幸せなこと。しかし、体が健康であるからこそ初めて「おいしい」と感じられるわけで、健康の基本となる食事に気を付けるのは、幸せな生活を営む上でとても重要だ。ステイシーさんも「2人ともきちんと食べる」という5歳の弟と3歳の妹を見習って、少しずつでも必要な栄養を食べ物から摂取できるように頑張ってもらいたいものだ。

 これは凄く極端な例だけど(子供にこれを教えたら野菜を少しだけ食べるようになりました)、基本的にありえる話ですよね。

 人間の体と言うものは基本発生した頃と極端に大きく変わるものではない訳で、生物としてみた場合草食に近い雑食性です。植物だけ、また動物だけで生きていく事は困難。

 肉だけ、野菜だけ、魚だけ、といったような偏った食事は体に良くないばかりでなく、精神にも変調をきたす可能性も否定できません。例を挙げると。

 カルシウムが不足すると人間は怒りっぽくなり骨がもろくなるし、糖分や脂肪が不足すると肌はカサカサになり思考回路が停止する(考えると言う行動にはコレステロールは必須であるが故)。逆に過多だと太る(それわしや無いかい)。塩分が多いと血圧が上がりやすくなるが全く摂らないと生命維持に赤信号。ビタミンCは過剰摂取すると尿に出るだけだが不足すると壊血病...。バランスが取れていない食事は身体や精神に変調をきたし、自らの命を縮める結果に繋がります。

 よく菜食主義だから健康に成るとか言うけど、これも賛同できる代物では無いです。菜食主義者の一例としてなかなか上がらないけど有名な人はかのアドルフ・ヒトラー。溺愛していた姪っ子の自殺にショックを受けたのが原因らしいのですが、以後ほんの少しだけ肉を食べる以外は菜食主義を自殺するまで貫いたそうで...。

 菜食主義でああまでヒステリックになるのか?と言うとこれはYesです。動物由来のたんぱく質は精神を沈める働きもあるそうなんですね。この話を聞いてから、おいら菜食主義に興味持てなくなりました。

 ちなみにかの天皇の料理番である秋山徳蔵氏もこう言ってます。

「ご馳走で思い出したが、良く質素な菜食主義を唱える人があって、日本人が小柄でも戦争に強いのは(特に耐久力があるのは)、菜食が主だからだ--などの説をなすのをしばしば聞いたものだ。しかし、こういう論を鵜呑みにしては、とんでもないことになる。
 昔から、日本でも、ご馳走といえば、鶏を潰したり、魚を買ったりしたもので、それは古い文献にもちゃんと残っている。
 王朝時代の饗宴の献立を調べてみると、たいていの三分の二は動物性の食べ物なのである。
 後世、仏教の影響でだんだん動物性の食品を忌むようになってきた。これが、日本人の体格を小さくしてしまった原因の一つではないかとも思われる。昭和十五、六年の頃だったか、徴兵検査で甲種合格した壮丁の数を点々のグラフで地図の上にあらわしたものを見たことがある。それによると、海岸や、川や湖の周りに点々が真っ黒になるほど密集していて、純農山村はたいてい疎らであった。これは魚(すなわち動物性たんぱく質)を良く食う地方の若者は身体ががっしり出来上がっている事を歴然と示していたのであった。
 とにかく、昔からご馳走といえばとりや魚介類を用意していたその事実が、日本人も動物性食品のうまさと栄養価を尊重していた証拠であるから、神がかり的な菜食論に惑わされることなく、幼少年から青壮年にかけては、つとめて動物性蛋白質を取らせるようにしてもらいたいものだ。老年期に入れば、おのずとから菜食へ移ってゆくべきことは、いうまでもない。(秋山徳蔵著 「料理のコツ」1985年刊より抜粋)」


 秋山氏は基本的な栄養学は知っていただろうけど「天皇に料理を作る人」でありつづけて人生を全うした方なのです。が、こういう考え方をされていた、というのは尊敬に値します。最終的にこの考えを突き詰めると「色んなものの命を頂いて生きています」に繋がるのですが。

 あとこの話で考えたのは、独居の高齢者の食事のこと。行政の宅配給食サービスがあるならまだ良いと思うのですが、近所のスーパーで毎日同じお惣菜を買って来て食べる、とかありがちですよね?自分が在宅時代はそこまで見てヘルパーさんにバランスの良い食事を作ってください、と要請していたものです。

 あと独身で若い男性もこういった偏食に近い状況では無いのかな?とも思ったり。今はよくても数年後に恐ろしい結果として現れる可能性もあるので注意しましょう。

 ま、何でも美味しく腹一杯食べて、満足して寝てしまう。これが一番の健康法なんじゃないのかな?
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posted by y-burn at 10:44| 鹿児島 | Comment(0) | TrackBack(0) | まともな科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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