2011年09月29日

久しぶりの天文館で...

 今回のもんじゅ鹿児島前夜祭の話は、以下のブログでも取り上げられている(と言うより、書き始めるの遅いよ俺)ので、この辺りの話はリンク先を読んでね。

・古瀬 徹・鹿児島古稀日記「A0449 財津幹三郎・飯塚裕久・藤田英明氏らが集う夜」
・古瀬 徹・70歳の音楽「M0520 天文館の夜は更けて」
・最新福祉脳!?夢想転生:「鹿児島もんじゅ 前夜〜準備」
・特養のケアマネの施設介護ブログ。〜It's my job to keep care professional〜「鹿児島もんじゅ始動!(裏)」

 最初、メンバーの中に財津先生は入ってなかったのに、何故?と思われた方もいらっしゃるだろうので、説明。 

 みんなが最初の飲み屋に集まる数時間前の出来事。ちょうど財津先生の音楽レクがあり、機材の片付け(司会だけじゃなくて、そう言うのも私の仕事なんです、はい)後に少し話をしたのがきっかけでした。

「今日は古瀬先生や福祉の仲間と飲み会が天文館であるんですよ」

「そうですか...じゃ、そこにお邪魔してもいいかな?古瀬先生とも話ししたいこともあるし」

 ...いや、ビックリですよ。普段私的に飲み、とか行くこと無いんですから。とりあえず現地連絡することにして、業務に戻りましたが。

 あと、少し嬉しかったのは飲みの席でも何回か話ししたんだけど、財津先生の音楽レクには高齢者福祉の考え方として役に立つことも結構入っているのでそう言う意味でも刺激になるのかな、と思いつつ。

 結果的にはやはり凄かった。結構今回の鹿児島もんじゅのメンバーにはジャンル関わらず音楽好きが多いが故に、先生が質問攻めに遭ってたのは面白かったですね。特にryyohrさん、君だ。

 で、問題は二次会ですよ。 

 「天文館の知り合いの店にもう一年以上行ってないので」とおっしゃっていたら、まさか加藤さんのお店でしたか...。

シャンソニエ ソワレドパリ Soiree de paris

 加藤さんは、それこそ結婚前だから8〜9年前かな、良く自分の職場に財津先生と一緒に来られて、シャンソンや歌謡曲をボランティアで歌われておられた方で、自分自身も本当に久しぶりの再会と相成ったわけ。いや〜、以前と変わらないわ、あの美しい歌声は。

 あと鹿児島のCCR親父バンドで有名な松村さんやryyohrさんの歌やギターが聴けたり、と。結構凄い夜になった気がします。

 今回の飲み会に参加した皆様、本当に熱い夜をありがとう、と言いたいですね。特に財津先生、いつもは短い時間でしか話できてませんでしたが、今回ゆっくり話を聞けて本当に良かったです。

 で、その中で先生に言われたことでここまで残っている言葉がいくつかあって...それを紹介して今回の記事のまとめにしておきましょう。ちなみに財津先生の音楽療法に対する考え方については、こちらのPDFファイルを読んでみてください。

実践 音楽療法.pdf

「音楽療法は音楽を演奏する側の力量もあるけれど、それを進める司会者の力量もある。曲の背景が分かっていない状態では療法を進めることも出来ない」
「後進に受け継がないと行けないこの音楽療法を出来る人がいないかなぁ・・・あなたの奥さん(確かにピアノの先生ですが)辺りが受け継いでくれれば良いんだけど・・・」(ちなみに翌日これを嫁に伝えたところ、「私に?出来るかなぁ?」とまんざらでもない返答が...)

・・・で、翌日の「もんじゅ鹿児島」本番に続くわけですな。


blogram投票ボタン



posted by y-burn at 16:48| 鹿児島 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日々の仕事のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まことに
先日の二次会の顛末は
貴記事でさらに経過がわかりましたが
参加者のエネルギーが
音楽を媒介として燃えましたね。

かくいう私は
楽器類はもちろん
カラオケという方もアウトという
男ですが
そういう問題ではない何かが
あの二次会にはありましたね。

私も
「70歳の音楽」といういかにも
無理なブログを
続けるかどうか
ともかく放置状態でしたが
あの夜の記事をアップした日のアクセス
は大幅な伸びでしたね。
Posted by 古瀬 徹 at 2011年09月29日 17:58
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。