2011年05月13日

目的と手段がごっちゃになった結末。

〜利益優先社長率いる焼肉酒屋えびす店員「休憩時間削られた」〜

 4人もの死者を出した『焼肉酒家えびす』の集団食中毒事件。同焼肉店チェーンを運営するフーズ・フォーラスの勘坂康弘社長(42)。1997年、28才のときに同社を開業した彼だが、その半生は倹約に次ぐ倹約の日々だった。まず開業資金調達のときには、

「地元の工場への派遣で2年半ほど働いて1000万円ほど貯めました。お金を貯めるのは非常に簡単なことで、使わなければいいんですよ」

 こうインタビューで語っていたほどだった。 当時の友人はこう証言する。

「勘坂くんは仲間で集まって飲むときも1、2杯飲むと“お先に”といって、ひとり帰るほど徹底した節約ぶりでしたね。食事もかなり無理をしていたみたいで、1号店を出したときは、かなり痩せ細っていましたよ」

 そんな勘坂氏は、会社を大きくすることだけにすべてを懸けていた。

「ひとつ店を出すと、“次の店、次の店”と、店を出し続けることに熱中してましたね。店にも出ないで売り上げデータと絶えずにらめっこ状態だったそうです。利益優先になってしまっていたところはあるんでしょうね」(会社関係者)

 焼肉酒家えびすでアルバイト経験がある大学生はこういう。

「6時間勤務につき45分間の休憩が定められていますが、えびすでは、実際に休憩はありませんでした」

 会社を大きくするために、人件費も“もったいない”と倹約していたのだろうか。
 介護の現場でケアプラン作る時にも結構ありがちな事ですが、目的と手段がごっちゃになった、という事なのかも。

 良くいるんですよ。長期目標や短期目標に「リハビリ」と書くケアマネ。リハビリはそれをやる事によって何が出来るのか?の手段であり、リハビリをする事が目標になってはいけません。最もケアプランだけじゃなくて、「市民の為に一生懸命働く」事が目標のはずである市役所職員が「一般市民より良い生活をするために労働組合でごねる」とかもあるしね〜。しかもそれが正当だ、と主張する方々もいるわけだし。

 実際、このフーズ・フォーラスの勘坂康弘社長も本当の目的は「美味しい焼き肉をお客さんに食べて貰い、満足していただく」事ではなかったのかな。でもどこかでそれを見失って「会社を大きくしていく」のが目的になってしまった。従事者に休憩時間を与えない、という事がそれを如実に表している、とも思うのですけどね。

 店を大きくする事や安い仕入先を探すのは後々の会社発展の手段として必要ですが、それに固執するあまり本来のサービスを忘れてしまう。う〜ん、これは実際うちらの業界でも考えればありそうな話ですね。「時間がないから」と言って介助のペースを本人の意思無視でやってしまったり、「一寸待ってね」と待たせたりと言うのも目的と手段の取りちがえだろうし。探せばまだまだありそう。しかもこれはもっと大きな目で見ればすべての職種に当てはまる事でもありそうです。

 今の日本には「手段と目的」について、ゆっくり考える時間が必要なのかも。

・・・で締めようと思ったら、それこそ武田先生のコラムに全く同じような文章がありましたので、こちらに掲載します。

〜手段の目的化はそろそろ止めたいものだ〜

「手段」はすぐ「目的」になる.

 「リサイクル」という手段はなにを「目的」にしているかはっきりしない.リサイクルした方がゴミも増えるし,税金も増える。でも,すでに目的化しているので,どのぐらいの資源の節約になっているのか,日本社会あまり関心を示さない.

 私は「リサイクルの目的は中国の子孫を利すること」と考えているが,なかなかそこまで議論が進まない.

 「ダイオキシン」もそうだった.ダイオキシンの毒性にはほとんど関心がなく,「規制値を4ピコから2ピコに下げる」ということだけに熱中しておられる運動家にひどく怒られたのだが,「ダイオキシンの毒性についてどのようにお考えですか?」とお聞きしても答えは無かった.

 もちろん「温暖化」も完全な手段と化している.

 ヨーロッパは「アジアの発展を押さえるため」という目的を持っており,中国は「日本からの技術供与を安く得ることができる」というのが目的である.

 「温暖化で日本は良いことが多く,被害は少ない」と私がいうと,マスメディアは相手にしない.リサイクルの時もそうだったが,「温暖化」という手段が目的化すると,本来の目的はどうでも良いのだ.

 次のステップでは,目的化した「温暖化防止」を利用して,いかに税金を取るか,排出権をどうするか,太陽電池で補助金を貰うかというようなことに夢中になる.そのような人たちをマスメディアは取りあげるのだ.

 でも,それは大きな被害を生む。

 金融崩壊も手段の目的化の一つで,倒産した多くの金融を取り扱う会社の首脳部は年俸1億ドル(100億円)をもらっていたとも言われる.

 年間100億円というと,一日2700万円も使わなければならない.年俸を10年で使っても,毎日,270万円だ.

 こんなにお金を使うためには,「お金を使うために人生を送る」ことになる.それも,本来は多くの人がもらってその人生を楽しむためのお金である.

 「お金の金額が目的」という手段の目的化が,金融崩壊を招き,日本はアメリカの強欲の犠牲になり,それでもアメリカは頭を下げない.

 考えてみると,先の戦争では広島,長崎,東京など多くの日本人が犠牲になったが,これも「戦争」という手段が目的化したことによる.

 だから,戦争を終わって「なぜ,戦争したのですか?」と聞かれると,時の首相も外相も答えられなかった.「みんなが戦争をしたいと言ったから」と今のリサイクルや温暖化と同じことを言った.

 もう繰り返すのは止めたい.

 ついでに少し話しを広げると,「柔道の世界選手権で金メダルを取る」というのは,手段であって,目的ではない.

 目的は何かというと柔道をスポーツとして自分の人生の大切なものにすることであり,金メダルというのは練習の励みにするための手段である。

 温暖化という問題を通じて,少なくとも私たち日本人は,手段を目的にする事を止めて,より本質的なことを考えたいと私は思う.(平成21年9月25日(金))武田邦彦
 日本人に限らず、世界中のお偉いさんがまだまだこういうこと繰り返しそうで怖いんですけどね...。blogram投票ボタン


posted by y-burn at 10:39| 鹿児島 | Comment(0) | TrackBack(0) | 事件・・・その後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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