2010年05月25日

ロニーさんが北島三郎なら、グラハムさんは森新一、ジョーリンさんは五木ひろし

〜「ヘビメタ界の北島三郎」 ロニー・J・ディオに追悼続々〜

 レインボー、ブラックサバスなどのバンドでボーカルを務めた米ロック歌手、ロニー・ジェイムス・ディオさんが米国時間2010年5月16日、67歳で亡くなった。ディオさんは、生前日本で「ヘヴィメタル界の北島三郎」と言われ、絶大な人気を誇っていた。ネットには、ディオさんを追悼する書き込みがたくさん寄せられている。

 ディオさんの死は妻によって、公式サイト上で発表された。死因は明らかにされていないが、09年に胃がんを患っていると公表されていた。

〜「青春時代のカリスマでした」〜

 ディオさんは1942年米国ニューハンプシャー州生まれ。70年代後半からレインボーやブラックサバスなどの有名バンドに参加したことで頭角を現し、80年代以降は自身のヘヴィメタルバンド「ディオ」を率いて活動。ヨーロッパや日本で絶大な人気を獲得した。特に日本では、ディオさんのコブシの効いた歌い方と、圧倒的な存在感から「メタル界の北島三郎」と言われ、30年以上に渡って親しまれてきた。

 日本で訃報が報じられた17日朝から、ツイッターや2ちゃんねるにはディオさんを追悼する書き込みが続々寄せられている。

「僕の青春時代のカリスマでした。謹んで合掌します」
「上手いボーカリストは数多かれど、ロニーに代わるボーカリストは今後出てこないだろうな」
「大ショック。CD聞きかえして追悼します」

 中には「嘘でしょ!」というものも。何度も来日し、60歳を超えてからも若いころと全く変わらないパフォーマンスを見せていただけに、信じられないという人が多いようだ。
〜演歌のように歌い上げるというのが特徴〜

 個人的にも親しくしていたという、ヘヴィメタル専門誌『BURRN!』編集長・広瀬和生さんは、
「私もロニーがきっかけでハードロックにのめり込みました。ロニーは特別な存在です。パワーがあるだけでなく、演歌のようにメロディーを歌い上げるというのが特徴で、日本のハードロックファンにとって『ロニーが最高のハードロックボーカリスト』といっても異論はないでしょう。レインボーで70年代に来日したときには、札幌公演でファンが圧死したこともありました。ヘヴィメタル界では年齢とともに衰えるミュージシャンが多い中、ロニーの声は衰えていませんでした。後5年は歌えると思っていただけに残念でなりません。がんであることは09年に公表されていましたが、ロニーのことですから、闘病してよくなっていると思っていました。もう肉親が亡くなったかのように悲しいです」
と話している。
この訃報は少し遅れて聞いたのだが、本当にご冥福をお祈りします、としかいえない。胃がんなのは知っていたし、それよりすこし前のライブ映像でも妙な痩せ方をしていたのは気になっていましたが・・・

 この脅威のボーカリストとの出会いは、おいらはレインボーでしたね。専門学校時代deeppurpleの関連ミュージシャンを聞き集めている時に、今はなき鹿児島市都通りのIMFで買った「銀嶺の覇者」。流石にあのターボボイスはびっくりすると同時に、こんなに凄いボーカリストがいたのか、と・・・。それまで邦楽メインで少しだけ洋楽、だったのが洋楽メインになったきっかけでも有ります。最も今、本当に好きなボーカリストを挙げなさい、といわれれば、グレン=ヒューズさんとかデーモン小暮閣下とかになっちゃいますけど。

 年をとっても殆んど劣化しないあのボーカルも凄かった。最も、イアン=ギランやロバート=プラント等の往年のハードロックのボーカリストの近年の劣化ぶりを聴いているだけになおさらそう思ったんだろうけど。パープルのロンドンフィルとの競演の際に楽しそうに「バタフライホール」や「スモークオンザウォーター」を歌っているのが自分が持っている唯一のビデオかな?歌詞を忘れてギランにガイドしてもらう姿が何故か可愛く見える、と言う。

 ここまでのロックボーカリストはこれまでも、そしてこれから先も出て来ないのでは?と思います。安らかにお眠りください・・・

 そのすばらしさを知らない方々の為に、動画載せときます↓


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posted by y-burn at 11:24| 鹿児島 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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